二回目の部活へ
水曜日。今日は二度目の部活、心理学研究部とは名ばかりの、なんだかよく分からないたまり場が開かれる曜日だ。
ちなみにこの二日間で俺の周りに変化は、またしても、ない。
あんだけ意味ありげに帰っていった立花は昨日、何事もなかったように登校していた。
寝不足気味な俺は半分寝ぼけた、間の抜けた声で
「おはよう、立花ー。」
とあいさつしたが、「ええ、おはよう」と、淡々と返されてしまった。
あ…、これあれだわ、夢だったやつだわ。昨日一日きっと夢見てたんだ。あー…、寝すぎて体だるいのかー。
んなわけねえだろ!マジイ飯食ったし空き缶踏んだしグロ画像見ちまったよ!これで起きない俺すげえよ!
教室を見渡す。後ろの方のバカっぽそうな集団にボンボンはいた。目が合う、がボンボンは何事もなくスルー。
なに、教室ではお互い話さない、という協定でも俺の知らぬ間に結んでたの?俺、ハブられてる?泣いてもよかですか?
などという火曜日。これにいつもの放課後の日課のようなものを組み入れて、俺の一日終了。
では水曜に入ってどうだろう。
なにも、ない。もう驚くほど、ない。あいさつもなし。二人と目が合うこともない。
結果として言うなら、現時点で俺の私生活に何ら影響なし。
なにが、俺の物語はここから動き出すんだ、だよ。なあんにも変わってないじゃん。
一昨日の自分に思いっきり脳天にかかと落とし食らわせたい。何なら高めのところからジャンプして空中で回ってムーンサルトとかしたい。
ふむ、冷静になって考えてみよう、何が原因だ?
俺の態度は?いやあ実に悪うござんしたねえ。笑顔の一つも見せないなんて。
俺の言動は?これも実に悪い。素っ気なさすぎでしょ。
俺の行動は?これもアウト。なんかもうブレブレでしたねえ。なにがしたいんだか。
ああ、これ、あれだわ、俺のせいですわ。俺がダメダメだもん、そりゃ何も変わらないわ。
いやまず俺よ、どうしたいんだ?変わりたいのか、それとも今のまま変わらずでいいのか。
……。変わりたい。少しでもいいんだ、俺は変わりたい、人並みとは言わない、今より少しマシになるだけでいいんだ。少しでも俺は、
「おい高師、この問題解いてみろ。」
「俺は変わりたい!」
ってやっちまった!唐突に呼ばれたものだから思わず考えていたことを割と大きな声で言ってしまった!
クラスから起こる笑い声。ムカッときて振り向くと一瞬で静まり返る教室。
判断力高えなーおい。笑ってるところ見られたら”シめられる”とか勝手に想像してんだろうなー。オレハココロヤサシイニンゲンダヨ?「クスクス」
ッとまだだれか笑っているようだ、ってああ、A君ね。この子なんか残念な子だもんね。俺と目が合ったA君はやっと周りが静まり返っているのに気づき、なんだかあわあわしている。いや別に何もしないけどな?安心してほしいな?
こいつあれだな、針谷に似てるかもな。なんていうか、雰囲気的な意味で。アニメとかそういうのコイツも好きそうだし、なんかあわあわうろたえているところとか。
「はぁー、で高師、これ解けるのか?ん?」
「いえ、まったく分かりません、というか授業聞いてませんでした。」
そう堂々と宣言して座る俺。いやあ授業中に考え事なんてするもんじゃねえな、こんな恥ずかしい目に合うなんて。真面目に授業受けよ。
先生は小声で「なんでこんなのがここに……。」とぼやいている。いやマジサーセン、俺不器用なんで。つかね、聞こえないようにしてくれませんかねえ?
その後の授業は、俺の存在をなかったことにした賢い先生様は授業をつつがなく進め、休み時間へ入る。
自意識過剰かもしれないが、この休み時間、なぜか俺に視線が集中している気がするなあ。もうね目を一切合わせようとしてこなかったA君ですら俺を見てるよ。一応君の事は視野に入ってるからね?気をつけようね?
「さっきのは何だったの?」
立花が俺の背中を何かでつつき聞いてきた。
「気にしないでくれ。というか忘れて、お願いですから。」
俺は振り向き両手を合わせて懇願するが、
「ちょっとインパクトが強くて忘れられそうにないわ。」
と返されてしまう。
みんなの記憶の奥底に、ディープにインパクトを与えた俺の一言は、きっと数年後、いや、数十年後の同窓会でも語られるんだろうなあと、心のなかで泣く。
将来のみんなの記憶から消えますように!むしろ頭殴って消して回ろうか?そうした方が、モシカシテイイ?
ああもう、この一件だけで同窓会の案内の手紙とか来たら破り捨てる自信、すごくある。その頃は完全に手紙とかなくなってるかもしれないけど。
「で、いったい何だったの?」
そう追及してくる立花。
「今は言いたくない。ほ、ほら、放課後の部活でさ、言うからさ。」
俺は今この場を切り抜ける妙案だと思った。
「へえ、楽しみにしているわ。」
にこっと微笑む立花。ふう何とか切り抜けられた。これで後で言うから後で、といって言わないではぐらかすことができそうだ。うむ、少し成長した気がするぜ。だが、
「約束よ?」
「へっ?」
なんて言われて間抜けな声を出した俺とは対照的に、立花は右手小指を突き出してニッコリしている。
ああ、これあれだわ、久しぶりに見たわ、指切りげんまんってやつだわ。嘘ついたらなにされるんだろう。
「あっはい。」
この間の部活で気弱だと言われた俺は、まさに気弱な人間らしくその指切りに応じていた。
おかしいな、コブシなら絶対負けないのに、俺はなにをそんなにビビっているんだ?
ああ、あれだ、なんつうか立花が放つ謎のオーラ、しかもなんか黒く危ないのを俺の感がひしひしと感じているからだ。
こいつRPGとかだと絶対黒魔法しか使えない人。シロマホウ?なにそれ?敵なんてさっさとやっつけちゃえばいいじゃん?みたいな感じのキャラ。怖い。よく言えば強い。でも使い勝手悪いし、言動も怖いからパーティから外しちゃう感じ。
「嘘ついたら、何しようかしら、うふふっ。」
俺の額から冷や汗が出てきたのが分かる。冷や汗が出るのなんていつぶりだろう。
「例えば、針千本飲んだらどうなるのか、とか、いっそ本当に指切るとか?ウフフ。」
怖い怖い!実は俺の勘違いで好感度なんて高くなかった!?もしくはやっぱりメンヘラさん!?
「そ…、そういう冗談はやめてくれ。」
俺は何とかその一言をひねり出した。
「あら、冗談じゃないわよ?」
ええ……。もう嫌だこ人と話したくないよ。いやでも無碍にするのもなんかなあ。
「あの、もういっそ今言うわ。」
そう提案するも
「いいえだーめ。そうだ部員のみんなにも知ってもらいましょう?ふふっ」
と即答されてしまう。
てゆうかあ、あれえこの子こういうキャラだっけなあ?なあんかだあんだんムカついてきたぞー?
「あのよー、そろそろ俺キレそうなんですけど。俺をからかうのやめてくれない?」
ハッとした表情の立花、その後頬を赤らめる立花。忙しいやつだな。
「ごめんなさい、私またタカシ君の機嫌損ねて。」
深々と頭を下げてくる立花。その姿を見て俺の怒りも静まる。
「いや、まあ…、もういいんだけどよー。」
どうも接しにくい。俺が接し方を知らないってだけでこうはならない、と思う。立花も彼女自身で人と話すの苦手と言っていたのだ、きっと立花も悪い。オレワルクナイ。
つかね、立花は他のやつに話しかけられることたくさんあったのに、全部無碍にしてたからなあ。
ちなみに、俺のクラス内噂感知センサーによると、悪い噂は俺と立花で二分しているぐらい悪い印象をクラスに与えている。
立花は無碍にした行為が伴っているから納得がいく、自業自得だ。俺だって立花に不満がある。でもよお、俺の場合何にもしてねえじゃん。ここ入ってから一回も暴力沙汰起こしてないよ?いやそれが普通なんだけどさ!
はあ、俺って不幸だわ。目つき悪いだけでなんで悪い噂立つよ?みんな知らないだろうけど、内面はとってもナイーブなんだぞ?「はあ。」
「どうしたの?」
心配そうな目で見てくる立花。ついうっかりため息をついていたようだ。
「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
そう取り繕う俺。
「そ、そう。その、私ならいつでも相談にのるから、ね?」
ありがたいなー、でもなー、ほんとなんで君そういう態度他の人に示せないわけ?そしてなんで俺だけにそんな態度示すわけ?何度も思うが、理由が分かんないからただただ怖えんだよ。
「お、おう、機会があればそうするよ。」
俺はそう無難に、多分無難にそう返して前に向き直った。
うん、恐怖の原因はやっぱここだよな。この間は乙女の秘密だなんてはぐらかされたが、もう一度聞いてみよう。聞き出せなかったら?いやいや、悪い方に考えるな俺!レッツポジティブシンキン!
そうこうしている間に授業開始のチャイムが鳴り、そしていつも通りの過ごし方で帰りのホームルームが終わった。
放課後。今日は部活、部活のようなものの時間。今日は荷物をもっていこう。
そう思い立ちカバンに教科書やらなんやらを詰めていく。
「一緒に行かない?」
そう立花に提案された。これはチャンスだ。
「ああ、いいぞ。」
即快諾。むしろ断る理由もないしな。ていうか立花、あなたちゃんと行くのね、謎の部活動。
何も考えないで俺と立花は横に並んで歩き出す。すると教室はなぜか少し色めきだった。
「もしかして付き合ってるとか?」「あり得るーチョーお似合いだよねー」などなど。
声のした方へ向くとおしゃべりをやめるクラスメイト。前に向き直すとまた始まるおしゃべり。
だるまさんが転んだじゃねんだから、そのままおしゃべり続けてろや。お前らにどう思われようが知ったこっちゃない。
つかね、どこがどうお似合いなんだろうか。立花を見やる。そして俺の顔を思い出す。
んー、そもそもお似合いとかの基準が分かりませんでしたわ。顔?背?性格?分かんねー。
俺たちは教室を出て部室棟へ向かう。部活前のこの間に俺の中の疑念を解消したい。
「つーかさ、やっぱり気になるんだけど、なんで俺にはそういう態度とれるんだ?」
質問の内容は違うが概要は同じようなものだ。
「だから、乙女の」
「はぐらかすなよ。」
前と同じことを言うようだったので食い気味に言葉を返す。
「しつこい男は、嫌われるって、世間じゃ有名よ?」
首をかしげる立花。世間がどうこうより、お前がどう思うかがここでは重要だと思うですけどね。
「嫌われることには慣れてる。」
即座に俺はそう返した。言ってから虚しい気持ちになる。嫌な人生だ。
「そう。」
そう返事をした立花のそのあとのセリフを待つこと数秒。
「って、何も言わねえのかよ。」
ついツッコんでしまった。
「ええ、だから、秘密です。」
改めて念を押すように俺の目を見据えて答える立花。
「そうかい。」
そんな立花を見て俺は、追及することをあきらめた。無駄だと悟った。
これはあれだ、立花なりのしかるべき時とやらが来たら話すのだろう。さて問題は、そのしかるべき時とはどういう時なのだろうか。早めだといいんだけどなあ。じゃないと立花アレルギーとかになりそう。
それとこいつに対する俺の感がささやく、最初から好感度アゲアゲな異性には気をつけろ、と。
あとそういうヒロインってあざといから人気でないんだぞ?
案外短い会話で終わってしまったためそのまま沈黙が流れる。いやあ、今日もいい天気だなあ。
「あ、あの、話は変わるけど、誕生日はいつ?」
おお、立花がなんか無難に会話切りだしてきたねぇ、最初の方に聞く質問としてはベタなんじゃない?だが残念俺の誕生日は、なんともう過ぎている。
「四月二日。」
「は?」
「は、じゃねえよ今月のふ、つ、か。もう過ぎてるんだよ。」
「そ、そう」といって顔を伏せる立花。少しして
「じゃあもうかなりすぎたけど、お祝い、しましょうよ。」
と顔を上げてこっちを見る立花。名案でしょ?とでも言いたげだ。
「いいよそういうの。恥ずかしいっての。」
俺は顔を背けてそう返答する。出会って間もない人に祝われるというのもなんか変な気がするし。「そ、そう」といってきっとまた顔を伏せて、ますね窓の反射で見えた。
というか誕生日に何かするという事が俺の中にない。あのクソオヤジに祝ってもらったことないし、祝ってもらってもうれしくない、だろうし。そもそも連絡の一本もないって親としてどうよ?
思い出すとムカついてきた。前のと合わせて二発殴ろう。
思い出したムカつきを隠すように俺も立花を見て尋ねる。
「立花は?」
目と目が合う俺たち二人。立花から出てきた言葉は
「えっ?」
えっじゃねえよ。こっちは、いや立花は悪くないんだが、虫の居所が悪いんだよ。
「え、その、二月二四日。」
もうこの会話の何度目だろうか、また顔を伏せて、でも今回は横顔を少し赤く染める立花。
それにしても
「遠いな!覚えてられるかなあ。」
ほぼ一年後じゃねえか。あ、これ絶対忘れる、俺の記憶力舐めるなよ?
「覚えてたらでいいわ、そんなの。」
そんなの、ね。なぜだか妙に引っかかる。なんでだろう。ムカムカとモヤモヤが混じり合って軽く頭痛してくるわ。
また訪れる沈黙。しっかし会話続かねえな。リア充の人たちの会話テク知りたいわ。ネットで検索したら出てくるかなあ。
出そうだけどそれ見たら負けな気もするなあ。
といっても会話が続く必要はそろそろなくなる。もうすでに三階から四階へ続く階段の踊り場。俺たちの目的地はもうすぐそこだ。
階段を上りきり部室へとつながる廊下を進む俺たち二人。相変わらず日の光があまり入ってこないため、ほんのり薄暗い廊下だ。
つかね、電気つけろよ。ああ、節電かな?昔より生徒数減って経費削減かな?大人って大変そうね。
などと考えていると目的地到着。心理学研究部と書かれたドアを開けると、相変わらず日当たりが無駄にいいこの部屋の明かりに目が眩む。そして幼女体系の金髪今日もツインテール、桜田が前と同じポーズで立っていた。
今回はあのボンボンがいない。やったなどと思っていると桜田は
「風の噂で聞いだぞい?少年、寝ぼけて授業中に大声出したんじゃってな!」
うわあ、耳が早いなあ、若干違うところがまたすごく噂っぽくなっているのがいいなあ、なんて無駄な感想を俺は抱きつつ、目が慣れ始めて桜田の顔が認識できるようになってきた。
ブラインド落としてくれないかなあ、毎回これされるの?もう嫌なんだけど。
そんなこっちの事情など関係ないと言いたげな様子の桜田。ニンヤリ微笑んでこう言った。
「少年!おぬしは寝ぼけて「俺は変わりたい!」と叫んだそうじゃの!ならばわしがその願い叶えて進ぜよう!がっはっは!」
そこの部分も変わっとけよ、風の噂さんよー。