入部、そして始まり
この椿学園というのはかなり、デカい。東京の中心からそれほど遠くないのにこの敷地面積は、土地代だけでいくらかかるのか分からない。そのデカい敷地に見合うそれぞれの校舎やスポーツ施設、グラウンド等。
まず本校舎。一部屋40人以上入る教室が1フロア10部屋。それが5階もある。1階が1年生のフロアで2階が2年、3階が3年という風になっている。
今はこれでも生徒数が減ったようで、昔は特別進学クラス(略して特進組)と呼ばれるスーパーエリート養成クラスは4階で授業を行っていたらしい。今はそれぞれ空き教室として放課後大人数の部活動で使われたり、他の特別授業等で使われている。ちなみに今の特進組は1組と2組で、俺には一生縁のない人間がそろっているようだ。
5階には化学室や家庭科室等の専用教室、あとは生徒会室がある。
本校舎の巨大さはこれで分かってもらえただろうか。そこにさらにほかの施設も連なっている。ちなみに中等部も他にある。詳細は知らんが、外見からして十分大きいといえるだろう。
で、本校舎2階の渡り廊下につながる部室棟が代表的付属施設の一つだ。4階建てで本校舎ほどの面積ではないものの、それでも十分すぎるほど大きい。1階には運動部の控え室、2階から4階は様々なサイズの部屋が入っている。2階は広め、3階は中ぐらい、4階は小規模の部屋、といったように、部活の人数に合わせられるように様々な部屋がある。
まあその他にも、武道館と呼ばれる日本武道関係専用の体育館だったり、ボクシングジムであったり、グラウンドも野球一面サッカー一面テニスコート四面等、アウトドアスポーツグラウンドもあるし式典や授業で使うデカい体育館もあるっていうんだから、もうこの学校は何がしたいのか分からない。
文武両道のエリートを育てるつもりか?あ、でもそんな事パンフに書いてたっけか、図書館も専用施設あるぐらいだし。
ちなみに俺たちが向かっているのは部室棟の4階、小規模の部屋が林立しているところだ。
2階の渡り廊下を渡り、4階を目指して階段を上っていると、立花が話しかけてきた。
「さっきの料理研究部みたいなのないですかって、どういう意図で言っていたの?」
俺の方を向きながら首をかしげきいてくる。
まあ怪訝な態度を取られるのも仕方あるまい。何せ俺の見た目的に料理なんてしなさそうだしなあ。見た目抜きにしても、男子高校生で料理っていうのもなんか変に思えてしまったんだろう。俺も料理なんて家庭環境が普通ならまだろくにしなかっただろうしな。
「まあその、なんだ…、少し恥ずかしいんだが…、俺ができそうなことって料理ぐらいしかなくて。その、昔から母親いなくて、俺が料理担当してたんだわ。だから、その、なんだ……。」
しどろもどろすぎる!いやでもよう
「いいじゃない、料理。将来役に立つし、料理できる男の人ってカッコいいじゃない。私そういう人、好きよ?」
とまた一人グダグダ考える前にすかさずの立花からのフォロー。
こいついいやつだな。いやでもね、前にも思ったけどさ、なんでこいつの俺に対する好感度MAX状態なわけ?隙あらば好きだよアピールが逆に、俺を冷めさせてしまう。
といっても前の様に無碍にするのは対応として間違っているのは分かっている。こういう時はそう、素直に。
「お、おう、ありがと。」
少し目をそらしながら、頬に微熱を帯びながら俺は答えた。おかしい、ありがとうというのってこんなに恥ずかしいものだったっけ?
それにしてもありがとうなんて何年ぶりに言ったんだろう。改めて自分の人生のしょっぱさを思い知らされる。軽く泣きたい。つうか、珍しく表情に出してた。いつも無表情の俺が。
俺、まさか立花に惚れた、とか?いやいや、まあ待て俺。確かに相手はどこか幸薄ながらも美人だし、なぜかわかんないけど好感度はいいみたいだし、惚れない理由はパッとは思いつかないんだけど、いやあでもよ?まだろくに話してないし、そもそもなんでこんなに好感度があるのか分かんないし。
「ふふっ、初めて表情を変えたわね。」
軽く微笑む立花。つうか、こういう表情もするんだな、こいつ。
「お前の方はあれだな。意外と表情が変わるよな。」
俺の方は踊り場を3階から4階への階段踊り場を曲がりながら正直な感想を述べた。普段はどことなく、というか露骨に人を避けている仏頂面の立花。でも俺に対しては表情があって。
その理由に心あたりがないから、捉え方によっては不気味なんだが。
それにしても返答がない。横を見ると俺を軽く睨みながら歩く立花がいた。
「えっと、何か気に障ること言ったか?」
「私はお前なんて名前じゃないわ、前にも言ったでしょ?キョーコでいいって。」
なるほど、呼び方が気に入らなかったのね。
「いや、つーかね、その…、いきなり名前呼びはハードル高いんじゃ、ないかなあ?」
「そう?私は構わないけど、タクマ。」
いやあ何とも自然に名前呼びしてくるねえこの子は!え、何、名前呼びし慣れてるリア充キャラだっけこの子!
でもさあ俺知ってるよ、お前もボッチじゃん!一週間以上君の前の席にいるから知ってるよ、俺!
「せめて、その…、立花、で妥協してもらえないかな?その、恥ずかしいし、あとほら!名前呼びしてたら周りに変な噂とか誤解とか生みそうじゃん?だから、な?」
俺にしては無難な提案、だと思う。
立花は少し考えた後
「仕方ないわね、私のことは名字で呼んで。私もタカシ君と呼ぶことに妥協するから。」
といって、妥協された。
それにしても相変わらず高師って名字、発音気を付けないと名字っぽく聞こえないなあ。立花の方は名前呼びしてるのに俺は名字呼びしてるみたいな、なんだか立花の方が立場が上みたいな感じ、しちゃうんだろうなあ。
まあ、生まれを呪うことなんざ今までさんざんしてきたからもう感覚が鈍ってるけど。
「じゃあ、改めてよろしく、立花。あと、前はその…、すまん、気悪くしたよな?」
俺は初めて立花が声をかけてきて、俺が最後につっけんどんに会話を終わらせてしまったことを思い出し謝罪もしておく。
うん、今思い出してみると、殴りたい、あの時の自分。
「こちらこそよろしく、タカシ君。あの時は、私も少しどうかしてたし、お互い様ってことで。」
優しいなあ立花は。俺があんな会話の終わらせ方されたら、一生話さないか、もしくは殴るかしてるわ。いやあ、ほかの生徒の声掛けを無碍にしてた人とは思えないわ。
「着いたわよ、ここが心理学研究部の部室よ。」
丸鐘先生が俺たちの方に振り返りそう告げた。4階最南端の小部屋。時期的な問題なのか分からないがどこか薄暗い廊下にドアに張られたシンプルな〝心理学研究部”と書かれたネームプレート。
何故か少し近寄りがたい雰囲気を醸し出している。明るさのせいだけだと思いたい。
コンコンと丸鐘先生がノックし「入るわよー」という声とともに開け放たれたドアの先は、ただ眩しかった。それと一人が日光を遮り、顔は影になりよく見えない。わかるのはひとまず俺よりは小さい、というかかなり小さいということだけだ。
「よくぞ参った諸君!私はこの心理学研究部の部長の桜田真凛さくらだまりんじゃ!」
高校生とは思えない幼な声、目が慣れてきて姿が見えたが、地毛なのか分からんが金髪ツインテール、可愛らしい顔立ちに似合わない言葉遣い。それがどっと湧いた第一印象。 どういうキャラ設定だよ。
「ちーっす、俺、椿春つばきはる、よろしっくー。」
続いて部屋の状況が分かってきた。長テーブル2個に窓側に桜田、今声をかけてきたチャラそうな野郎が俺から見て左手に、右手側には何というかもしゃもしゃした長い黒髪の女。もしゃげ女は「あ、あのよろしくです」と名乗らず声も小さい。
なんだ、この空間は。変な言葉遣いの金髪幼女に、よく見たら耳にピアス開けてるチャラ男、どう見てもクラスカースト最下位で友達少なそうな不気味な女。帰りたい。
なんかこいつらといたら俺が望む、どこか憧れもしたことある普通の生活を送れる気がしない。頭の中でサイレンが鳴り赤ランプ点滅してる。
「あっれーつかさ、二人とも俺と同じクラスじゃん!立花さんと高師君でしょ?」
やべえ、こんな奴いたっけ?ああいや、居た気もする。なんか後ろの方でゲラゲラ笑ってるバカっぽそうな集団の中心的存在として。関わることも関わる気もしないから、完全に視界からも聴覚からもデリートしてたわ。
「つーかなに呼び出し食らってんだろうと思ったらナニ、部活決めてなくてここに強制入部ってわけ?まじウケるわーw」
なんだろう、この俺の中に芽生えてくるこの感情。この芽生えてくる感情に名前を付けるとしたら、そうそれは、恋?ではなく、殺意だ。俺が一番嫌いな人種だ。今すぐそのチャラついてくるくせにどことなく金持ちオーラに満ちているこいつの顔面を俺のコブシで整形したい。
いや、つうか待て、落ち着け俺。こいつ名前なんて言った?ツバキ?
「椿ってまさか、椿財閥の関係者、とかなのか?」
いやあそんなまさか…
「ああ、そうだよ?椿財閥、正式には椿グループ会長の孫にしてグループ社長の長男坊。将来は、順当にいけば、椿財閥のトップになれる人間なわけよ、俺は!」
ええとつまり要約すると、日本一のボンボンというわけかよ!なにその人生勝ち組確定ルート!俺もそうなりたかった!やっぱり殴りたいけど、そんなことしたら社会的にどころか物理的に抹殺されそう!怖い!
はぁー、もうやだ、帰りたい。このボンボンと同じ空気吸ってると、自分も金持ちと勘違いして金遣い荒くなりそう。
「あー、ちなみにそこの子は針谷優ちゃん。引っ込み思案つうか、まああれだ、なんつったっけ?腐女子?腐った女子って書くやつ。」
椿春というボンボンが乱暴に他己紹介していた。このボンボンチャラそうだから、女であれば何でもいい、というわけではないようだ。
「えっ、いやそれは誤解ですぅ!ただ少しアニメとかゲームとかの趣向がそっちよりなだけで、その……!」
そこで言葉が詰まる針谷。あまり否定はできない、と。
てかね、初対面の人がいる中でなんか、性癖ばらされてる女子ってどうよ。バラしてる男の方がもっとどうかしてるけど。
少し流れを変えよう。
「俺は高師琢磨。1年6組。こっちは……。」
「立花響子。」
うーん、簡潔。これで少しは流れが変わる、のかなあ?
「へえ、キョーコちゃんってやっぱ改めてみると美人だねえ!俺と部活ふけってどっか遊びに行かねー?」
ダメだこのチャラ男。女には見境なく声かけるリア充、つうかナンパ野郎。これがゆくゆく大財閥のトップになるのかと思うと日本の将来が不安になる。
恐る恐る立花の方を見る。日本一のボンボンに見初められたのだ、流石の俺以外には仏頂面の立花もさすがになびくだろうな、と思って見てみると、いやあすごい!人間のカスを見る目というか、異臭を放つゴミダメを見るかのような凄まじい嫌悪感を、無言だが表情だけででものすごく表現している。
流石に日本一のボンボン、将来の日本経済界のリーダー様ももたじろいでいた。こんな経験今まで一度も味わったことないだろうしなあ。
かわいそう、とは微塵も思わない。むしろざまあみろという感情しか出てこないあたり、俺の人間としての器の小ささに、むしろ感心してしまう。
「自己紹介も無事終わったみたいじゃの!これで晴れて部活動として本格始動するわけじゃな!」
このちびっ子は何を見ていたんだろうか。
「いや、俺はほかの部活にやっぱり入りたいんだが……。」
俺はそうこぼしていた。
幸先不安でしかない。やっぱりもう土下座でも何でもして料理研究部に入りたい。絶対そっちの方が楽しい。
「それは受理できないのう。特におぬしの場合は、私の”モルモット”として、とても!重要なのだからのう。」
え、何それ。なに、解剖とか、よくわからない薬物打たれたりしちゃうの?この学校今すぐ辞めたいんだけど。
「なあ高師、親御さんから聞いてないのか?」
様子を見守っていた丸鐘先生が俺にそう聞いてきた。ちなみに思い当たる節はない。
俺がきょとんとしていると、こんな答えが返ってきた。
「高師がこんな分不相応の学校に入学してきたのは、君が特待生だからなんだよ。」
「はあ?」
特待、生?それって、確か成績優秀者やスポーツの才能があるから使われる制度なんじゃ?
「お前の特待生としての条件はこの心理学研究部で彼女のモルモットとして3年間過ごす、というものだ。」
え、何それ。俺の人権の自由とかそういうの無視?国連人権何たら委員会に訴えるよ?
「え、それじゃこの学校辞めたいんですけど?特待生ってそういう用途で用いる制度じゃないですよね?それにそうなら部活何にするかなんて聞く必要ないじゃないっすか。」
率直な感想、一年棒に振ってもいいから他の高校行きたい。もともと予定してた学校に行きたい。もう、なにも、望まないんで。
「辞めたいならそうすればいい。。だが椿学園を、その上位組織である椿財閥を敵に回すということはつまり、お前の人生は日の光を見ることもないどん底の人生を送ってもらうことになるが、構わないか?」
「えっ??」
構うよ!なに、俺ってそんなに重要人物なの!?そのことに驚きだよ!つうか眼鏡かけてないのになんか眼鏡クイッ、キリッみたいな動作してるわけこの先公はよお!
「わしはのう、おぬしに多大なる関心を示しておるのじゃ。部活何にするのか興味もあったからのう。ちなみに私の手元にあるのはおぬしの人生の記録、じゃ。いやあなかなか興味深い。」
そういって㊙と書かれた薄いファイルをパシパシ叩く桜田。ついさっきまで俺の横にいたはずの立花が桜田の横に立ってこう言う。
「私もそれを拝見したいのですが?」
って立花さん?なに俺のプライバシー情報を得たがってるの、…やめてね?怖いよ?
え、つうかこの桜田とかいう見た目幼女は、俺の人生のどのあたりに興味を魅かれたわけ?俺の惨めな人生から何を見出したの?ただ単に怖いんですけど?俺のプライバシー保護法はどこへ??
「ふっふっふー、ただでは見せれんのう?」
ニヤニヤ顔の桜田。
「くっ、この幼女、いくら欲しいの!?1?それとも2!?」
真剣な眼差しの立花。あなたも幼女認定してるのね。
いや問題はそこじゃない。何の数字だよそれ、単位が気になる。単純な1円とか2円単位じゃない事を願おう。
いやいや違う違う……、いくらだろうが勝手に個人情報売買しようとしてんじゃねえよ。
「これは極秘じゃなからのう。いくら積まれても売ることはできんのじゃ。ふぉっほっほ。」
ふう、売買は成立しなさそうでよかったよかった。んでも、なぜ桜田が俺の個人情報を握っているのか疑問だが。
あと立花も興味示しすぎ。割と美形な顔をあからさまに歪ませて思いっきり、少し離れたところからでも聞こえた「チッ」という舌打ち。俺が抱くのは恐怖と疑念。
なぜ立花は俺に固執する?理由が分からないと恐怖しか抱けないが、質問したらはたして答えてくれるのだろうか、いや俺は理解できるのだろうか。
てかねヤバい、多分一、二分しか経ってないはずなのにものすごい疲労感。普段しているトレーニングがお遊戯レベルに感じられる。脳がパンクして体の芯からの疲労感すごい。
ただ立って数回会話のやり取りをしたり見たりしただけなんだけどなあ、はあ。
「まあいいじゃん、とりまみんな座ろうよ。二人とも立ってるのもなんだしさー。あっ、立花ちゃんは俺の隣ねー?」
チャラチャラしたいけすかねえボンボンがそう提案してきた。立花がまず動きボンボンの隣、には行かず反対側の廊下側の端の席に座る。
3個ずつイスが対面に並んでいるので、バランスを取るために立花の向かい側に座ろうとするが、なぜか立花が右手で立花の隣の位置を人差し指でコンコンと叩く。
これはあれだ、隣に座れ、という事か。なんでよ?そう思いながら向かいに座ろうとすると、表情がどんどん険しくなっていくのを見て俺は立花の隣、つまりは針谷と立花という女子二人に挟まれる状況に。
立花はどこか満足そうに、針谷はあわあわ言って顔を赤くしている。
俺はもうどうにもなれ、としか思わなくなっていた。というか帰りたい、何度目の帰りたいと思ったんだろうな、俺。
「ふむふむなるほどなるほど、興味深い席順じゃのう。」
「興味深いか?」
桜田の感性が分からん。というか判断材料がなさすぎる。一方的に俺の事は知っているくせに。なんかムカつく。
「ふっふー、少年よ、こういう何気ない動作から人の心理というものは分析できるもんなのじゃよ。」
この金髪幼女に年下扱いされるのがムカつく。そういうつもりじゃないとしても、この上から目線がムカつく。
「まず座るという提案に対し立花氏は真っ先に行動し皆から、特にハル君から距離を置ける場所に座った。少年はというと、バランスを取ろうとして立花氏の向かい側に座ろうとしたものの、立花氏の威圧に気圧され立花氏の隣に座った、しぶしぶな。」
ただの状況説明じゃんか、それ。どのあたりに興味深い要素が?あと桜田の中で俺は少年という呼び方で決定したっぽいね。もうどうにでもしろよ、モルモットとか言われると思ってたしさ。それならまだ少年呼ばわりの方がマシだ。
「その疑問にわしが答えてやろうかのお。」
俺を見ながら最後にウィンクなんかしちゃって桜田はそういった。オレ、コイツ、キライ。
「立花氏はまず決断が早く行動も伴う人間じゃのう。あと周りの目は気にせず嫌いなものは嫌いとはっきりさせてしまうタイプ、しかもそれを異に返さないタフな心を持っておるのお。逆にいえば好きなものは”何としても”手に入れる執念も持っておるのじゃろう。少年は幸せ者じゃのう、くっくっ。」
まあ俺の見解とも一致する。クラスでの立ち振る舞い、俺に対しての態度の変わりよう。好き嫌いがはっきりしている感じするし。でもつまり立花は、なぜか分からんが、俺の事が好き。
そういう展開の漫画とかって売れない世の中なんだぜ、今時さ。最初から好感度MAXとか、リアリティないもん。つかね、実際体験すると、怖い。俺ストーキングとかされるんじゃないのかな、立花に。
「少年はというと、面に似合わず意外と気弱じゃのお。」
「あ?」
「脅しても無駄じゃ。立花氏が行動し終わった後、無難な選択に走った。これは自分に主体性がないからじゃ。まあ席数も限られているから、その選択をした事だけで気弱とは決めつけれないが、立花氏の無言の威圧に屈して思考を放棄したのが、よくなかったのう。」
まあおおむね正しい。だがこれだけで気弱と判断されたのは癪だ。
「じゃあどうすれば気弱と判断されなかったんだよ?」
俺の疑問をぶつける。
「なに、相手は隣に来ることを求めていたんじゃ、イスを持って立花氏の左隣にでも座ればよかったじゃろう。立花氏はそれで妥協したじゃろうしな。」
なるほど、確かに。そうすれば俺に隣に来てほしいという立花の要求はひとまず叶う。
傍から見れば何ともバランスの悪い光景だけどな。立花は「ええ、そうね」とか言ってるし。
それでも腑に落ちない。
「だがよ、それで気弱と判断されちゃたまったものじゃない。ただ単にその…、俺の発想力が貧困で、そういう案が思い浮かばなかっただけかもしれないじゃねえか。」
自分を卑下にするの辛い。発想力も学力もないのは事実だけどさ。
「確かにそれも考えられる、少年の中学までの成績は把握しておるし、この間の実力テストでも明らかじゃ。」
「うるせえよ。」
「だが最初に少年が取ろうとした行動を思い出してみよう。立花氏の動きを見て、ならばその前の席、ハル君とも距離を取れてバランスもとれるという判断を、すぐに思いつき行動しておるから、判断力も行動力も決してないわけじゃないのお?だが立花氏の威圧に屈しすぐに思考を放棄した。他の可能性を考えず、抗いもせず、他人の指示に従う。これは気弱だと判断せざるを得ないのう。」
な、なるほど、そういわれると気弱という判断も納得がいく。実際に頭の中ネガティブな思考ばっかしてるしな、俺。
表情に出してなくても行動で分かるものなんだなあ。今後気を付けよう。
「つかさマリン、俺の事言葉で殴るのやめてくんねー?めっちゃ心に刺さるんだけど。俺そんなに避けられてんの、二人に。」
「ああ。」「ええ。」
俺たち二人短く即答。気持ちいいほどの即答。
ガクッとうなだれるボンボン、ざまあ見やがれ。針谷は「わ、私はそこまでそんなあわあわ」とか小声でフルフルしてる。そこまでそんな避けてないけどそこまそんなに避けてる、と。はっ、滅べチャラ男。
「くっくっく。なかなか愉快な部員が集まったものじゃのお。ちなみに少年。」
「なんだよ。」
「針谷氏がの、男性慣れしてないのに肩が触れる距離に少年がいることで、顔がひどく赤くなっているから、離れてやる方がいいぞい。」
右隣の針谷を見ると、顔真っ赤だった。いや、髪の隙間から見える範囲でもそうなんだから、俺が思ってるよりヤバいのかも。
「ああ、すまん。」
そういってさっきの桜田の発言からでた立花の左隣へイスを持って移動する。針谷はもごもご「すいませんすいません!」と移動してる俺の方を見ながら謝っていた。髪も同時に上下していて顔がやっと少し見えたが、目の下に少しクマがあるものの、意外と顔立ちはいいかも。
って、この一瞬で何そこまでチェックしてんだ、俺。
「おぬしらを見ていると飽きそうにないのう。この部を作ってよかったわい。」
と満足そうな笑みを浮かべる桜田。ちょっとウザい。そして俺は立花の横、というよりは左斜め前にイスを置き座る。いや目の前にテーブル無いのもなんか変だし。
それにしてもさっきから桜田とボンボンの間に妙な違和感を感じる。その疑問をぶつけてみる。
「桜田とボンボンって知り合いか何かなのか?」
桜田はボンボンをハル君と呼んでいたし、ボンボンは桜田をマリンと呼び捨てにしていた。
「そうじゃ、いわゆる幼馴染というやつじゃ。」
「そうそう、俺の親父とマリンの爺さんがダチでさー、それで小さい頃から知ってるってわけよー。」
なるほど、合点がいった。ここで少しからかってみる。
「もしかしてあれか?許嫁とかか?」
俺のからかいを聞いて桜田とボンボンは目を合わせ、少ししてから二人とも笑い出した。
「こんなやつワシは勘弁じゃのう、くっはっは!」「俺もマリンとはイヤだぜ、はっはっは!」
なるほど、ね。お互いを知っているからこそ、良き友人程度に収めようというわけか、ふうん。
「で、お前らお互いのことどう思ってるわけ?」
さらに突っ込んだ質問をしてみる俺。
「ハル君はつまらんからのう。小さい頃から見すぎて飽きたわい。」
つまらないとか飽きたって表現、結構酷いな。
「マリンのやつ、いつもこんな感じだからさ、一緒にいるとつれえんだわー。」
ボンボンはつまらないとか飽きたって言われてるのか、ざまあ。
でもボンボンのどこがつまらないのだろう?結構表情とか態度の変化の起伏があると思うんだが、ウザいぐらいに。
「参考になったかの、少年?」
「ん?ああ、まあ。」
参考?適当に受け答えしてしまったあとに引っ掛かりを覚える。が、改めて聞くことでもないだろう。
「ところで、じゃ。お互い名乗りはしたものの、もっと自分の事を紹介してもらいたいのじゃ。例えばそうじゃのう、趣味とか、休日なにしてるか、などじゃな。」
「それこそお前が当ててみせればいいじゃねえか、桜田。」
そういうもんなんじゃねえのお前のやりたいことって、と俺は思いそう言った。
「ちっちっち。流石にわしもエスパーではないからのう。おぬしらがどういう人間で、どういう思考、行動をするか見るのは考えるが、そのためのデータとして普段していることや自己表現の仕方などが知りたいのじゃ。」
ふーん、そういうもんなのか。心理学ってもの自体よく分かんねえからな、そういうことにしておこう。
「んじゃあこの俺様、椿春から行こうか!」
ボンボンは立ち上がり胸を張りどやあ!としているが、心底ウザい。
「勝手にどうぞ。」
すぐさま突っ込む俺。
「ぐっ…、お、俺は普段はここに入ってからできたダチと一緒に遊んでることが多いな!休み時間駄弁ったり放課後ゲーセンとか行ったり!あと軽音部と掛け持ちしてるんだぜ、俺!ギターボーカル!カッコいいだろー!ここにはまあ知り合いのよしみだから来たってだけだぜ!」
何ともまあありきたりなリア充だこと。そりゃあつまらんとか飽きたって言われるわ。だって普通だもん。
とまあ、ひとしきり言ってやったぜ感を出しながら座るボンボン。いやそれ普通だから、どやることじゃないから。
「え、えっとじゃ、ああのわたしいきまず!」
噛みながら針谷が立ち上がる。ちょっと震えてる。緊張してるのに率先して自己紹介。ちょっと涙でそう、俺の不甲斐なさに。
「つか、立たなくていいでしょ、こんだけ近いんだし。」
俺がそういうと「確かにそうですね」と少ししどろもどろにいいながら座りなおす針谷。
「あの、改めまして、針谷優です。ふ、普段はその、ゲームとか本読んだりしてます。あ、あと、恥ずかしい話ですが…、と、友達とかいなくてその、会話とかそういうの苦手で、一人教室にいるときに桜田さんに声をかけられて、それでここにも入部しました。」
きっとBLとかそっち方面のゲームとかなんだろうな、腐女子呼ばわりされてたし。俺×ボンボンとかされてしまうんだろうか。
ふとおぞましい構図を思い浮かべて首をぶんぶん横に振り、思い描いた構図を打ち消す俺。ちなみに俺にそういう趣味はない、断じてない。
ん?つうかよ
「ここにも?ほかになんか部活入ってんの?」
と針谷の最後の発言に疑問を呈する俺。
「あ、はい、一応漫研にも入ってます。でもどうも馴染めなくて、はぶかれちゃって……。」
そう言って顔を伏せる針谷。
かわいそう、同じ趣味を持つ者同士でも馴染めないなんて。せめて俺はなるべく優しく接してあげよう、できるかわかんないけど。
「あ、あの、私は以上です。お、面白い話でなくて申し訳ありません。」
と深々と頭を下げて話を締める針谷。つうかそのまま頭上げないし。長くもしゃもしゃした髪が垂れ下がっててちょっとホラーじみてるから、早く普通の体勢に戻ってほしい。
「私は普段は小説を読んでいるわ。休日は勉強と家の掃除かしら。母親がいないから家事全般は私が担当しているわ。他に部活する予定はないわね。そんなところかしら。まあ、普通ね。」
いや、前半はまだしも、後半は普通じゃねえから、普通っていうのは、両親が健在な家庭の事を指すから。
でも、立花も片親なのか、変なシンパシーを感じる。立花も俺と同じような人生を歩んできたのだろうか。あと幸薄そうな所当たってたな。
「えーっと、俺が最後か。普段はスマホ弄ったりマンガ読んだりゲームしたり、あと筋トレとランニング、それと料理とかか。まああと、父親に強制されて格闘技全般できるって事ぐらいだなあ…。」
と俺は思いつく全部を出してみる。あれ、俺って案外多趣味かも?んーでもこれらほとんど全部暇つぶしとかだしなあ。やっぱ趣味じゃねえか。
「ふむふむ、なかなか面白かったぞい。総合すると、ボッチ率が高いことが分かったのう!」
「うるせえよ。」
針谷は俯き、立花は動じず、俺はついツッコむ。ボンボンはなんかニヤニヤしてて殴りたい。
「そういう桜田はどうなんだよ。」
「ほうワシのプライベートを知りたいのか少年?わしに興味があるのかのう?」
体をクネクネさせながら言う桜田に軽くイラっと来る俺。俺はお前みたいな幼児体系には興味ない、もっと、そうだな、胸が大きいとか、こうくびれ、だとかある方が好きだ、うん。
そして立花さん。あなたはなんで俺を睨んでるんですかねえ、怖いんですけど。
「興味はねえけど、こっちは自己紹介したのに桜田から無いのは不公平だろうが。」
「確かに、ごもっとな意見じゃ。といってもワシも大して特別なことはしとらん。心理学関係の論文を読んだりしている程度じゃの。趣味と実利を兼ねているというところじゃ。ああ、たまに散歩に行ったりもするぞ?人が歩いている姿を見ているだけでも参考になることはたくさんあるからのう。」
ああ、そう。心理学バカってところね。俺には理解できそうにないわ。てか友達と遊ぶようなことが出てこないあたり、こいつもボッチじゃね?
「つつがなく進行しているようだから、私は職員室に戻るわね。」
完全に存在を忘れていた丸鐘先生はこちらの返答を待たずさっさと出て行った。残される俺たち5人。
「むふっ、さあてこれからどう実験してやろうかのうけっけっけ。」
と怪しい声を出し歪んだ微笑みを浮かべる桜田。そうだ、家帰ろう。
即断即決!俺はすっと立ち上がりドアに向かう!とガクッと誰かにブレザーの背中を引かれてバランスを崩す俺。振り返ると立花がいた。
「私も帰るわ。」
じっと俺のブレザーをつかみながら俺の目を見据える立花、俺もそのまま見つめてしまう。いろいろな感情が生まれそうになる前に桜田が
「まあ待つのじゃ二人とも。別に変なことはせんし、それにどっちみち今日は顔合わせ程度じゃからもうすぐ解散するからのう。そう急かさんでくれ。」
という発言を聞き「あ、そう」とそれぞれつぶやき元居た席に戻る俺と立花。
「改めてこの部活を説明するが、特にこれといって何かしてもらうという事はないのう。おっと、質問はあるじゃろうが、最後まで聞いてほしいんじゃ。」
ぐっと喉から出かかったツッコミを控える俺。いやあ、確かによく”観てる”わ。
「確かにたまには心理テストを行いたいんじゃが、基本ただのたまり場程度と考えてほしいんじゃ。ここに来ておぬしらが会話する、わしはそれを観察する。他の生徒を連れてきても構わんぞ?人数が増えることはわしは大歓迎じゃし、3階に空き部屋がある事も確認済みじゃから、掛け持ち部員も大歓迎じゃ。活動は月水金とする予定じゃが、人数が増えたら毎日部室は開放しておくようにからの。」
……、なんじゃそりゃ。ああ、確か丸鐘先生も言ってたっけ、ある生徒が研究対象がほしいって。ある生徒というのは桜田で、対象は俺たちって事か。まあ特に何かしなきゃいけない、みたいなことは無いようだから、気楽にやるか。
でもまあ、個性的なやつが集まったことだな!それに俺なんかここに入るためだけに入学させられたみたいだしね!
あのクソオヤジ、もしや金を渡すからとか何とか言われて、俺を売りやがった……?俺の勝手な憶測だが、今度会ったら絶対殴ろう。
「何か質問はあるかの?」
「その月水金には毎回来なきゃいけないのか?」
だとしたら面倒だ。いや、家帰っても別にやる事ないけど。
「んー、最低でも週に1回は来てほしいのう。あ、少年はどうせ暇人じゃろ?おぬしは毎回出席するように。」
にっこり桜田スマイル。殴りたい、この笑顔。いやいや、落ち着け俺、入学早々トラブルはやめとけ。
「んまあ暇人なのは認めるが、予定とか入ってもこっち優先しなきゃいけないのか?」
「もちろん、予定があるならそっちを優先してもらっても構わんが、おぬしの場合わしが認めないとダメじゃし、そもそも、予定が入る予定あるの?」
なんか最後の方素で聞いてきた気がする!ねえよ、予定入る予定ねえよ!だって…、ボッチだもん!(泣)
このままじゃ俺のメンタルがやられる。話題を変えよう。
「そうだ、お前に聞いても知らねえかもしれないけどよ、俺が特待生ってのはどういう意味だ?」
なんだかうやむやにされていたが、特待生、俺にその言葉が使われるような特徴はない。特にこの桜田が個人情報まで持っているという事は、何か俺が思いつかないような壮大な理由が?
「ふっふっふ、秘密じゃ。なぜわしがおぬしの個人情報を知っているのかもついでに、な。」
だよねー、そう簡単に言わないよねー。多分問い詰めても言いはしないんだろうなー、はあ。
俺の追及心は消え失せた。さっさと解散して帰ろう。
「他に何かあるかの?」
数秒の沈黙。特にないようだ。
「では今日は解散じゃ。これからよろしく頼むのう、諸君?」
柔らかな微笑みを浮かべる桜田、だがどこか怪しげな雰囲気も醸し出している。不気味、少し不気味。感覚的に好印象ではない絶妙なスマイル。こういう笑顔も存在するんだなと、妙に感心してしまう。
「おう。」
俺はそう返答して立ち上がる。まずは教室に戻ってカバンを取ってこないと。
ボンボンは腕を上に伸ばして数秒後だらんと下げて「軽音部に顔出さねえと」といって立ち上がり、針谷はなんかもたもたしながら立ち上がる。立花は、なぜか目をつぶり瞑想?している。こいつの事はよく分からん。話しかけてみるか。
「帰らねえのか?立花。」
立花は閉じていた眼をゆっくり開けて
「そうね、帰るわ。」
と言って立ち上がる。そんなことをしているうちにボンボンは「じゃあなー」といって部室を後にした。
「ああ」と聞こえたか分からない返事を俺はして、あ、ちょっと友達っぽいかもなんて思ってしまった。
でもあいつと友達っていうのは、なんかやだ。もちろんもっと深い仲を望んでいるのではなく、むしろ浅いぐらいがいい。じゃないといつか本気で殴りそう、そして俺の戸籍とか痕跡もキレイに無くされそう。
「あの、私も失礼します……。」
と針谷もいつの間にか出口付近にいた。
「せっかくだし途中まで俺達と行こうぜ。これから一緒の部活、なんだしよ。」
俺は針谷に声をかけていた、なんとなく無意識に。なんでだろ、さっき優しくしてやろうなんて思ったからかな?あとそれと、後頭部に突き刺さる立花の視線がいたい。なぜか分かんないけど睨んでいるという事だけは分かる。怖いなあ、立花メンヘラ気質とかありそうで。
「あ、あの…、ご、ご迷惑でなければ!」
と針谷は思いっきり頭を下げて意外な大きさの声でそう言った。ビックリした、こんなデカい声も出せるんだね、君。
「迷惑なわけねえだろ?」
「あ、いえ、タカシさん、というより立花さんに、ですね、その、あのー…、に、睨むのやめてもらえ……。」
先ほどとは裏腹にどんどん声が尻すぼみに小さく、最後の方はもう聞こえない。立花の方を振り返るとハッとした顔をし所在無げに髪をいじり始めた。まったく。
「まああれだ、途中までみんなで行こうってだけだろ?なんだったら桜田も来るか?」
俺は桜田の方を見やる。いつの間にか取り出したノートパソコンに何やら打ち込んでいるようで
「わしは遠慮しとこうかの。」
と片手間に告げられた。
多分今、今日の出来事をデータにしているに違いない。こんな十数分で何が得られたのか俺には分からないが、彼女は真剣な目でパソコンに打ち込んでいる。
「じゃあな、桜田。」「そ、それではまた。」「お先に。」
それぞれそう言い残して部室から出て階段へと向かう。
窓側から立花、俺、針谷の順。なぜ俺が真ん中?人生初だよ、こんなの。
だがしかし、皆を包むしばらくの沈黙。
人が三人集まっても、ボッチ同士だとこうも会話が起こらないものなのか。
「あ、あの、タカシさんはどういうマ、マンガ読むんですか?」
意外なことに一番最初に沈黙を破ったのは、針谷だった。あ、いや、もしかしたら妥当か?
だって立花は、どうも会話を切り出すタイプじゃないし、俺以外には。
「んー、こっちに来るときに漫画は置いてきちまったからな。好きなのはなぜか家にあったG〇Оかな。」
「古いチョイスですね!?でも確かに名作だと私も思います!私もああいう先生と出会いたかったな、って……。」
そういいながら何やら俯き考え込む針谷。立花はというと、何の話をしているのと言わんばかりにきょとんとしていた。やっと口を開く立花。
「何の話をしているの?」
「あれ、立花さん、知らないんですか!?」
興奮気味に針谷は輝きだす、いや比喩表現ってやつだからね、発光してないからね?
もうそこからは針谷のターンが始まった。興奮しながらさっきの漫画はどうこうからどんどん他の漫画やアニメ、ゲームにまで発展し始める。ところどころ挟まれる笑い声が「あっへへっ、ぐへ」という笑い方でちょっとキモイ。
二人の距離は真ん中の俺が一歩引いたせいで、針谷が立花に向かって一方的に詰めて、立花は離れて、針谷は詰めて、の繰り返し。だが今ここは廊下だ、横幅という制限がある。立花は窓側の壁ギリギリ5cmぐらいまで追い詰められていた。
階段を下りている間も話は続き、分かれ道に来たっていうのに興奮しっぱなしの針谷。立花はなんだか右こめかみを右人差し指で抑えている。こりゃあれだね、ストレス性の頭痛だね。
「針谷よ、そろそろ落ち着け。」
俺は異性の肩を自発的に叩くという、人生多分初の行為に少しためらいながらも、彼女の肩を叩きそう告げた。針谷もやっと、本当にやっと気づいたようで、
「も、申し訳ございませんでしたあ!」
とやたらデカい声で謝っていた。ちなみに声は長い廊下で反響し数秒鳴り響いていた。当の本人はもう顔を上げられないようで、ずっと頭を下げている。
だからさ、その長くてうねってる髪が下に垂れててなんか怖いんだよ。
「そ、その、好きな事に情熱を持つ事は良い事だと私は思うわよ?」
立花のよさげなフォロー。一応俺以外にもそういうこと言えるのね、あなた。
「あ、ありがとうございます、立花さん!」
針谷はやっと体を直立させてなぜか敬礼している。恥ずかしさから一転してキャラ壊れかけてない?大丈夫?
「私はカバンを取りに行くから、また今度ね、針谷さん。」
「はい!また、その、部室で会いましょう、タカシさんも!」
と無駄にハイテンションに、鼻歌なんか歌いながら玄関方面へと歩く針谷。何がそんなに嬉しいんだか。
向きを変え俺達はカバンを取りに教室へと歩き始めた。
が立花はというと、すごく不機嫌で俺の事を睨みつけていた。
「あの子の事、ずっと私に投げてたわね?」
ええ、そりゃもう、投げっぱなしの預けっぱなし。疲れそうだったし、現に立花は片頭痛に悩まされているようだ。正直なことを述べたら怒るんだろうなあ。
「いやあ…、会話に入れそうになかったし。」
無難そうな返答をしてみる。
「あれが会話に見えたの?」
「見えませんでしたはいすいません。一方的に立花さんが言葉で殴られてました。」
はい、ハズレー。ダメだねー、会話慣れしてないと。とっさにいい言い訳思いつかないや。
立花はふてくされてそっぽを向いてしまった。
また訪れる沈黙。果たして沈黙を破るのはどっちか!ちなみに俺に破る気はない。
「…、人と話すの苦手なのよ、私。」
知ってます、だって俺あなたの前の席ですもん。苦手じゃなく他人の事キライすぎでしょ。
「針谷さんも話すの苦手そうな感じだったから、いきなりああいう風に来られるとどうにも対応できなくて……。」
なるほど、いわゆるギャップ萌えってやつですね、あっ違いますね。とりあえず謝ろう。
「すまんかったな、何もできなくて。」
「いえ、別にいいの。それに、針谷さんの話している時の顔、すごく輝いてて、うらやましかった。」
「ほお。」
まあ輝いてたね。俺的にはちょっとキモイ笑い声で台無しだったけどね。
「案外他人と話してみるのも悪くないのかも。」
おっと、人の誘いを散々無碍にしていた立花からそんな発言が出てくるとは、恐るべし針谷。てかあなたさっき会話ではなかったと思ってたんじゃ?
「針谷さんは心の奥底から話しているみたいだった。私ああいう人は初めて。」
オタク同士の会話きいたことないのかな?みんなあんな感じっぽいよ?自分の得意分野になると超饒舌になる、ってネットに書いてあった。当人たちがそう書いてるんだから間違いない。
「ふーん、そっか。」
とりあえず程度の相打ち。この対応はどうなんでしょうかねえ?
「タカシ君はそういう人と会話したことって、ある?」
「ねえな。」
「……そう。」
即答する俺。立花は俺から目をそらし少し前の廊下を見るように俯く。
ダメダメですね、会話検定なるものがあれば失格ですよ、何の級もとれないですよこんなの。
そうして少ししてから教室につく俺たち。各々の席、といっても前後の違いしかないんだが、へ向かいカバンを持つ。
「なあ、人と話すの苦手なんだろ?なんで俺には話しかけてきたんだ?」
なんともなしにそう口に出していた。まあ疑問だったし、今のうちに聞いておこう。
立花は何も言わず荷物をカバンに入れ終えて歩き出す。
「なあ、何とかい……」
「小さい頃の記憶って、どの程度覚えている?」
「……は?どの程度って…、4歳ぐらいからだな。」
教壇の前で立ち止まり、振り返らずに食い気味に尋ねてくる立花に素っ気なく答える俺。
すぐに思い出す母親の葬式。これが俺の一番最初の記憶。その前の事は、思い出せない。
立花は、振り返ろうとしつつも途中で振り返るのをやめ、俺からは横顔の少ししか見えない、表情が読めない程度の角度で止まった。
「私は昔泣き虫だったの。周りからもよくからかわれてた。」
「ほーん、で?」
俺の質問に何の関係が?まあ今の立花から想像できないけど。むしろ今は泣かせそう。
「小学校上がる直前に、母が私と父を捨てて他の男に走って。そこで私は泣き虫を卒業しようって決めたの。」
「うん、で?」
相変わらず表情の読めない角度で答えて?いる立花。で、返答は?
「それだけよ?でもここ数年よく思うようになったこともあるの、このままでいいのかなって。強さの意味間違えているんじゃないかって。でも他人と話すこともなくなってて、相談相手が、その、欲しかったの。」
俺と同じように自問自答してるって事か。もしかしてそのきっかけとして俺の話しかけたんだよってこと?
「でも、入学してからクラスの人に声かけられても、どうも馴染める気がしなくて。だって、何か裏があるんじゃないかなって思うと、ムカついて、つい…。」
「だから無碍にしてたのか。」
でもね、だからなんで俺には話しかけてきたんだよ。イライラしてくる。
「ええそうね。中には私と本当に仲良くなりたかった人もいたかもしれないのに。でも、もう無理だと思うの、今更こっちから声をかけるのなんて。」
ああもう、じれったい。
「だから、なんで、俺には話しかけてきたんだよ、立花。」
「え?覚えてない?そう。」
一瞬こっちを振り返るものの、すぐに顔を戻す立花。
「なにをだよ。ちゃんと答えろよたち……」
何の事かさっぱり分かんねえ。
「それは、乙女の秘密です。」
俺が返答を催促しようとするとまた食い気味に、立花は振り返り彼女の唇に左指を添えて、右目をウィンクした立花は、夕焼け色に染まりだした教室と相まって、普段は仏頂面なのに今はどこか神々しく、とても可愛く見えた。
一瞬ドキッとしてしまう俺。これは惚れそう。んー、ルックスは良いんだよなあ立花って。体も…。
っていやいや待て、落ち着くんだ俺、ヒーヒーフー、とか頭の中でやっている間に
「また明日、タカシ君。」
軽く手を振って教室を後にした立花に
「お、おう。」
と言いながらもう見えてないのに俺も軽く手を振っちゃう。
誰もいない教室、俺は様々な考えや感情が浮かびながらも、それを具体的に頭の中で表現できず棒立ちしていた。他のやつが入ってきて、それに気づくのに数秒要するほど俺は、動揺していた。
もしかして、と俺はこう考えた。これが、恋ってやつか?立花はなぜか俺に対しての好感度もいいし、俺が告ったら速攻でお付き合いとかできそう。そうか、これが出会いというやつか!なら、俺の物語は、ここから動き出すんだ!と。
でもなあ、立花で、かよ。いや美人だけどもさあ、あいつなんかすげえ闇抱えてそうで面倒そうだよぅ。
俺はそう心で嘆きながら、でもどこか期待もしながら、まあいつもの様に自問自答、というよりは自問自否定しつつ鞄を持って家に帰ることにした。
ちなみにその日の夕飯は、考え事をしていたせいで焦げ焦げになった焼きそばを食って、ジョギングしていたら、普段なら回避するだろう道に捨てられていた空き缶に気づかず踏んでこけて、ネットでグロ画像を見てしまいそれが頭から離れず、最悪な気分で寝ましたとさ。