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見て観られて  作者: 柏木 アキラ
始まり
4/15

上京

「俺も明日東京についていくぞ。」


 夜、クソオヤジが帰ってきて俺の部屋のドアを、ノックもせずに入ってきて開口一番こんなことを言い出した。


 ノックしろよ、いや階段上がってくる音で来るのは分かってたけどさ。2階は俺と妹の部屋だけで、妹がいなきゃ2階に来るのは俺に何か用があるからだろうし。


 そんなことより俺は素直な疑問をぶつける。


「なんでだよ。」


「仕事の都合でな。あと向こうの大家さんに挨拶しないと、な。」


 なるほど、そういうことか。俺の事が心配だから、というわけではないのか。


 ってなぜ少しがっかりしてんだ。こいつはそういう奴じゃないか。


 こいつは俺や妹に親らしいことをしてみせたことなんざ一度もといっていいほど何もしていない。


 まあ他の親がどういう風なのか知らないんだが、これは決してお手本ではないというのだけは直感と経験で分かる。


 だがそれでも、親は親だ。俺だってどこかで心配されたいとか、そういう気持ちがないといえば嘘になる。だがこいつは何もしてこなかった。反抗期でなくたって反抗的にもなるってものさ。


「あっそ。」


 俺はそういうと、もう何度見たかわからない椿学園のパンフレットに目を戻す。


「飯は?」


 親父が聞いてくる。基本的に俺が飯を作っている。いつか一人暮らしをするときのために、というわけではなく、クソオヤジに飯を作らせるとなんだか形容しがたい謎の物体が出てくるので、これは敵わんとばかりに必要に迫られて、俺は料理を小学生のころから作り続けている。


 まあおかけで家庭科の授業の際に、グループでの作業だってのに俺は一人もくもくと料理を作り上げて、周りからぎこちない称賛をもらったものだ。


 ただ後で聞こえてきたのは、その光景を見ていた先生は俺に評価を与えて、他の生徒は何もしていないので評価が低い、ということで俺の悪評にさらに箔がついてしまった。


「冷蔵庫入ってっから。勝手に温めて食えよ。」


「……、そうか。」

 そういってオヤジは俺の部屋を後にする。何か言いたげだったような気もするが、気のせいだろう。


 することもない手持無沙汰な俺は部屋を出て、道場と呼んでいる離れに向かうことにした。暇だしまた体でも動かして疲れさせてさっさと寝るためだ。


 結果的にオヤジの後を追うような形になったので、親父が階段を下りる足を止め声をかけてきた。


「なんだ、飯一緒に食うのか?」


「飯はもう食ったよ。道場行ってくる。」


「そうか。」


 そういって俺達は階段を下り、オヤジはキッチンへ俺は道場へと向かう。


 親父の唯一の趣味は、格闘技。観戦もそうだが実際に自分でも自己流ではあるが様々な格闘技をこなしている。


 空手や柔道、相撲はもちろん、ボクシングやムエタイやら他にもマイナーな格闘技も一通りやっている。


 といっても正式な道場でもないし、ちゃんとした道場に通っているわけでも、大会とかにも出てないから、ゲームでの分け方流にいうといわゆる”エンジョイ勢”という部類の人間だ。フィットネス感覚で、でも自分なりに本気で格闘技を学んでいる。


 だが格闘技は一人舞台ではないので、相手が必要だ。本当の道場に通っているわけでもないから必然的に、お相手は俺になるわけで。


 おかげで小学生の頃から様々な格闘技がこなせるわけで。中学に上がるころには下級生だからと舐めてかかる上級生にはもちろん、腕っ節に自信のあるバカが挑んできて返り討ちにすることもしょっちゅうの事。


 だが嬉しくない。痛いもんは痛いし、相手が痛がっている姿を見るのも、俺を舐めてかかってきやがったバカとはいえ、決して気持ちいいものでもないし、何より俺の時間を潰しに来やがったのがムカつくし、とにかく気分のいいものではないわけで。


 まあいろんな感情がないまぜになるわけだ。一つ言えるのは、何も得るものがないということ。


 なんであいつら無駄に喧嘩売ってきたんだよ。俺何もしてないじゃん。なにガンつけてんだ、って。自意識過剰にも程がある。


 過去のイライラをまたサンドバッグにぶつけていてふと思うのは、上京するということはここを離れるわけで、この道場と呼んでいる離れともこのサンドバッグとも当分はお別れなわけで。


 今まであった日常からの卒業。そう考えると俺は今まで何をしてきたんだろう、と。


 無。皆無。なあんにも無い。


 じゃあどうすればよかった?愛想笑いでも浮かべて友達になってよとでも言って、他人と駄弁って、表面上の付き合いをして自分の時間を潰していればよかったと?


 冗談じゃない。俺の人生は俺のもんだ、他人のもんじゃない。俺の時間を俺が思うように使って何が悪い!


 などと何度繰り返してきただろう自問自答をしていたら、いつの間にかサンドバッグを打つ手は止まっており、いったん深呼吸して落着き、俺は心を無にしてサンドバッグを打つ。


 ただひたすらに打つべしと唱えながら、無にしてねえじゃん、とか雑念を抱きながらただひたすらにサンドバッグを打ち続けて夜は更けていった。

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