VSアンリエット~元王族乙女の願い~
「ふふふ、ふふふ。カレーはやっぱり良いわね」
カレーを煮込みながら。私はつぶやく。
「カレーは一日目と二日目以降と何度でも美味しいのがいいのよね」
料理が嫌いなわけではないけれど、作りおきが出来るというのは便利だし、楽。
そして何より、大抵どんなものを入れてもカレーになる。
その汎用性は他の料理では無理。
「美味しさの秘密はじゃがいも♪」
大きく切ったじゃがいもと別にすりおろしたじゃがいもも入れる。
そうすると、一日目でも二日目以降の味になったりする。
一通り、カレーを煮込むと、あとは火を消して、予備熱で熟成させる。
「さて、刀の手入れをしよう」
先程首を落としたため、手入れは必須だ。
首の骨の間を通して斬ったから欠けるようなことはないだろうけれど……。
「……あれ?」
刀を取り出して、血をふき取るまですると、はっきりと刀身が見える。
しかし、刀は少しも傷んでいなかった。
「やっぱり、普通の刀とは違うからなのかな」
女神が召喚した武器だからというのはあるのかもしれない。
刀自体が丈夫だという可能性もあるのだけど。
「これは血を拭き取るだけでも良いのかも」
正直これはすごく楽だから助かる。
刀を触っていたり握っているのは好きだけれど、手入れというのはどうしても多少面倒な部分はある。
「にしても、結局戦いに参加するみたいな感じになったけど。やっぱりこの武器で戦いたくないなー」
武器がおっぱいの現れというのがとても恥ずかしい。
だからこそ、リルを殺した時は、刀身が見えないように一瞬で斬ったのだけれど。
「他の武器買うお金もないし。しょうがないんだけど、戦い気がそがれるというかただ恥ずかしいだけだよほんと」
また、戦いを挑まれたらどうしよう……。
リルは正直大した敵じゃなかった分、今後強敵と当たった時は二刀流で、しかも刀身を露わにして戦わないといけないこともあるはず。
死ぬ気や殺される気なんかさらさらないので、そうなったら全力で相手を殺さないといけない。
「――!! 誰だっ!?」
出入り口に人の気配がし、刀に手を当てて警戒する。
しかし、人の気配が遠ざかる感じがして、徐々に警戒を緩める。
そして、二つ折りにされている紙が置かれているのに気がついた。
紙を拾い、開いてみる。
『先程の決闘、感服いたしました。
あなたは強い。
だからこそ、あなたに興味がわきました。
強いあなたを斬り殺す。
そんな最大級の贅沢、快感というのは他には無い。
だからこそ、わたくしと決闘をしてください。
命をかけて戦う。こんな素敵なことができるのです。
しかも、強い相手との、もしかしたら自分が死ぬのかもしれないという緊張感。
たまりません。
考えるだけで体中が興奮で震えてしまう。
私をもっと興奮させて愉しませてください。
では、この村の外れで待っています。
見物人が居ないほうがあなたにとって好都合でしょう』
「これまた強烈なラブレターね……」
まさに戦闘狂と言った感じだろうが、自分の興奮を最優先しているフシがある。
ただの戦闘狂だとしたらこの場で襲っているだろう。
「まあ、行かなかった場合、襲われそうだけど……」
つまり、戦う以外は無さそうだ。
それにリルとくらべて確実に骨がありそうだ。
「…………ふっ」
私は、無意識のうちに笑みを浮かべていた。
人に見られない。
正確に言うと、敵以外の人間に刀身を見られない。
それは私にとって、羞恥心を排除する要因には十分。
だって、相手は死ぬのだから。
ただ一つ懸念しているのは、相手は私の武器を大太刀だと思っていないだろうということ。
それに私は相手の姿すら見ていない。
相手の得物の予想ができないというのは不安材料にはなる。
知っていれば対処方法を考えることが出来るのだけど……。
「それはまあ、会ってみればわかるか」
ただ、これは何時頃に行けば良いのだろう。
急いでいく必要も感じないので、カレーを食べてから行くことにした。
「腹が減っては戦はできぬっていうし」
何より、カレーの匂いという誘惑が実際、空腹状態の私に食欲という暴力を与えている。
これは早急に満腹状態にしなければこの暴力に抗うことはできない。
「そろそろお米も炊けた頃でしょう」
私はカレーを美味しく食べてから村外れに向かうことにした。
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「やっと来た。待ちくたびれて襲いに行く所だったけど、待っていて正解だった」
村外れに歩いていくと、巨乳で整った顔の青髪ロングの美女が居た。
一見派手なドレスから溢れんばかりの胸が盛られているにもかかわらず、腰はしっかりとくびれている。
(この人も剣士……か。さっきの奴よりめんどくさそうね)
武器を見てみると、かなり大きい剣だった。
長いし、太い。
簡単に人を殺せるような。そんな武器。
そして、この人も人を殺すことに悦を感じる人だということも雰囲気から察する。
手紙だけでは、わからない対峙した時の威圧感。
さらに、薄っすらと笑みを浮かべている。
これから人を殺すのが楽しみでしょうがない顔だ。
「さて、風貌や髪の色、瞳の色から察するに、もう滅んだあの国だと想像できるけど。戦う前にはお互い名乗るのがその国の礼儀でしたっけ?」
「よく知っているわね。そういう風習は昔からある」
文化の違う国相手では必ずしもといったことはない。
「わたくしから決闘を挑んだのですから、そちらの風習に合わせましょう。わたくしはアンリエット・ル・ド・ブラン」
ルとかドとかめんどくさい名前だ、これだから異国の名前は……。
と思ったがファミリーネームに聞き覚えがあった。
「……王族か」
「ええ、その通り、と言っても。今は王族ではないのだけど、世界を平定した女神のせいでね」
なるほど、この人はちゃんとした願いがありそうだ。
「一つ、勘違いされているかもしれないから言うけど、わたくしは別に王族の復帰、さらには自分の国の再編なんてのは別に望んでいない」
「…………なるほど」
その言葉が本当ならば、やはり人を殺すだけのただの戦闘狂。
けれど、そちらのほうが納得できる。
「私はトモエ・トミタ。まあ武士、侍。そういった感じ。まあ武士や侍の制度ももうないのだけれど」
というと私は今、浪人なのだろうか。
そんなことを今更気がついた。
「さて、ではお楽しみタイムと行きましょう」
アンリエットは大剣を露わにする。
そう言えば、リルもそうだったけれど、剣を扱う文化の国は抜刀術といったものは記憶にない。
「あなたは抜刀しないの? 一応言っておくけど、あなたのその刀。鞘の長さとは違うということは当然わかってる。わざわざ村外れにしたのだから思う存分戦いなさいな」
なるほど、力を出し切ってその上で殺したい。ということか。
ならば……。
私は、柄のある方だけ抜刀した。
「なるほど……。小太刀というわけね。あまりにも鞘の長さと違いすぎて驚いた」
二刀抜刀しないのは、相手を舐めているわけでも手加減でもない。
二刀あると思わせない方が殺しやすいと思っただけ。
だまし討ちの様に思う人も居るかもしれないけど、これは生きるため、殺すためには手段を選ばない私の考え方なのだから別にどうということはない。
「小太刀を舐めてもらっては困るわね」
そう、小太刀は決してアンリエットの大剣に劣った武器ではない。
大剣というのは確かに破壊力がある。
けれど、当たらなければどうということはない。
小太刀は防御に適している武器なのだから……。
しばらく、沈黙が続く。
お互い動かないのだ。
いや、動けないと言ったほうが正しい。
アンリエットは私の素早さを先の戦いで知っている。
私はアンリエットがどういう剣士なのかを知らない。
さらに隙がない。
先に動いたほうが負ける。とまでは言わないが、出方を見たほうが懸命。
この勝負は一瞬で決まるか、逆に長引くか。
そんな予感がする。
私は、腰を少しだけ落とし、小太刀を体の正面に構えている。
その方向からの斬撃にも対応するためなのだけど、それがお互い膠着要因でもある。
「あなたから決闘を挑んでおいて、突撃のようなことはしてこないわけね」
「ただの戦闘狂かと思われていたようだけど、それは甘い。あなたが強いということくらい対峙したらわかる」
挑発には乗らない。
なるほど、なら局面を動かすにはこちらから仕掛けるか、隙を見せるしかない。
私は刀を少し下げ、小太刀を持っていない、左手で鞘を地面に立ててみせる。
それと同時に敵は動いた。
私の間合いから半歩手前からの斬撃が頭に風切り音と共に降ってくる。
右手の小太刀でその斬撃を受け止める動きと同時に、鞘のてっぺんからもう一刀の小太刀を逆手で抜刀。
右足で半歩前進し、頭の上で大剣を受け、逆手で握った左手の小太刀でアンリエットの脇腹を斬りつける。
が、アンリエットはとっさに反応し、大剣から片手を離し、寸でのところで私の小太刀を紙一重でかわす。
しかし、体制の崩れたその瞬間、私は左足を大きく踏み出し、かわされた左手の小太刀を振り切らず、止め、軌道を反転させる。
この動きにアンリエットは反応できなかった。
最初の斬撃の目標の脇腹ではなく、逆の脇腹に小太刀を突き刺した。
アンリエットの痛覚が脳に届く刹那。
左手の小太刀から手を離し、大剣を受けていた右の小太刀で左胸の少し下、つまりは心臓を肋骨の間を通し、を突き刺した。
ここでようやく、アンリエットは苦痛の表情を浮かべた。
私はアンリエットに密着している体を二歩後ろに下がる。
もちろん、右手に握っていた小太刀と共に……。
刀を心臓から引き抜いたため、血がアンリエットの傷口から溢れ出る。
アンリエットは大剣を離した方の手で傷口に触れ、手のひらについた自分の血を見つめる。
「やっぱり、あなたは強かった……。あなたに殺さ……れた……のな……ら…………いい…………」
流れ出る血の量と比例して、言葉がでなくなっていき、ついにアンリエットは倒れた。
「あなたも強かったわ。最初の斬撃をかわされたのには正直驚いた」
私は聞こえているかどうかわからないアンリエットに言葉をかける。
返答は無かった。
動かないアンリエットから出てくる赤いその液体で地面は染まっていく。
私はそれを見ながら数分待った。
アンリエットから出てくる液体が広がりを止めると、私はようやくアンリエットに近づき、脇腹に刺さっている小太刀を引き抜いた。
「うわー……錆びなきゃいいけど」
透明感のある美しい刀身が見事に赤い液体で輝きが鈍っている。
ドロドロの液体を、胸を大きく見せるために使っている紙を少しだけ取り出し、刀身を拭う。
「帰ったらまた手入れしないと……。さっきしたばかりなのになー」
ある程度血を拭うと、鞘に納め、私は自分の家に帰るべく歩き出した。
勝負は一瞬だったが、これは戦術の勝利と言っても良いかもしれない。
わざと隙を見せるために縦に地面についた鞘だが。
柄のある方を抜刀している分、鞘のてっぺんがちょうど私の頭の位置にくる。
鞘に収まっている小太刀を抜く際、前に倒しながら抜刀。
逆手でも、その行動のためスムーズに抜刀し、攻撃につなげる事ができる。
「まあ、二刀あるとバレていたら長引いた可能性はあるわね」
どちらにしろ、もう死んだ人のことだ。
二度と会うことはない。
戦うことを望んで、結果的にそれで死ねたんだから、アンリエットはある種幸せだったのかもしれない。
もしかしたらアンリエットは戦闘狂じゃなく、死ぬ場所を探していたのかもしれないけどそれも……もうわからない。
ただ、元自国のことを思って死んでいったのだったら……。
元王族である自分に責任を感じていたのだったら……。
「まあ、お疲れ様ぐらい、声をかけてやればよかったかな?」
安らかにおやすみ。とほんのちょっとだけ思った。
「あーもー。動いたせいでおなか空いた。どっかにうどんの麺だけ売ってないかな? カレーうどん食べたくなってきた」
うどん屋に麺だけ買わせてくれとお願いしてみよう。
ちょっとぐらい、きっと売ってくれると信じて。