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銃と魔法と臆病な賞金首3  作者: 雪方麻耶
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揺らめく心と煙草の煙

 夕暮れ、バリィは旅に備えて荷物を積んでいた。もう慣れた作業であるが、一向に集中できず、一つの荷を積んでは体が止まってしまった。

 バリィの胸中は、インクが一滴垂らされた真っ白い紙だった。ゆっくりと広がる後悔の染みが、どんどん心を侵食していき、思考力を奪っていった。

 まるで鏡に反射した光のようにキーラ・キッドの姿が目に飛び込んだ瞬間、自分を制御できなくなった。重たい荷車を引いたまま急な坂を駆け降りるみたいに、抗えない勢いに支配された。

 感情の乱れが治まり、勢いがナリを潜めた時点で、もう後悔の波が押し寄せた。

 ディビドまで荷物を取りに行くなんて、全くのでたらめだ。出発だって、急げばまだ日のある時間帯にできた。よくあんなに次から次へと嘘を並べられたのか、自分でも不思議だった。さっきから、このまま逃げ出したい衝動を必死に抑えており、胃の辺りがシクシク痛んだ。

 くそっ、こんなんだから俺は駄目なんだ。

 バリィは荷物を地面に叩きつけた。袋に入っていた調理器具が派手な音を立てて散らばる。

 三千万ガルだぞ。三千万ガル。残りの人生を働かないで暮らせる金額だ。手配書の絵では凶悪そうに描かれていたが、実物はなんとも頼りなさそうな、ただのガキに見えた。噂が尾ひれをつけて大きくなっただけじゃないのか。

 散らばった調理器具を拾い集め終わり、気を落ち着かせようと馬車に腰掛け、煙草に火を点けた。

 揺れながら宙に溶ける紫煙を眺めていると、冷静さを取り戻していく。

 今さら後には引けない。これは自分が作った状況だ。ギコーズが言ってたじゃないか。どんな奴だって油断する時があると。

 到着には四日掛かる。いくら用心深かろうと、眠らないわけにはいかない。寝入ったところに、絶対に起きなくなるようシュラーフを撃ち込んでやればいいのだ。簡単だ。それで、気持ち良く眠らせたまま、保安局へご案内ってわけだ。

 火を喰らい短くなった煙草を投げ捨てた。

 キーラさえやってしまえば、あとは問題ないだろう。昼間の二人とはどういう関係か知らないが、まだ十代の少女だ。

 荷積みを終えたら、一発試し撃ちしておこうと思った。護身用として、馬車を走らせている時は常に携帯しているが、使った事など一度もない。強盗に襲われた事もないし、当然、そんな悪漢を返り討ちにしてやった事もない。何もない。本当になにもない平凡な人生だ。そんな俺に降って湧いたような幸運が訪れたんだ。この幸運に乗っかる度胸もないようなら、生きていても仕方がない。

 バリィは立ち上がった。投げ捨てられ、なお煙を燻らている煙草を踏み消すと、銃が保管されている事務所へ歩き出した。


 まだ覚めきらない目を無理やり開いて、光来は雑踏の中を進んだ。こっちの世界は朝が早いなとぼんやり思う。照明が発達していないので、暗くなれば、できる事は限られてくる。元の世界では、二十四時間営業なんて珍しくもなかったのに。

 しかし、と改めて考える。二十四時間営業なんて本当に必要なんだろうか。朝起きて夜になったら寝る。この当たり前の摂理を壊す理由はなんなのだろう。それだけじゃない。ネットを介して地球の裏側の人とコミュニケーションが取れたり、AIの発達により、人間の労力を必要としない仕事が増えると囁かれたりと、魔法なんかより、こちらの方が余程強大で異様な力な気がする。人間は、ここまで進歩した文明を、もっと真摯に考えるべきではないだろうか。


「…………」


 今までなんの疑問も持たず使っていたスマホが、そら恐ろしい道具に思え、ポケットの上から手を当ててみた。


「どうかした?」


 光来が考え事をしていたからだろう、リムが声を掛けてきた。


「いや、なんでも……」


 シオンが居る手前、自分の世界とこっちの世界の文明の違いを考えていたなどとは言えず、曖昧にごまかした。

 アウザまで着くと、昨日相手をしてくれたバリィが笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます。準備は万全に整っております」


 店舗の横には幌馬車が待機していた。古ぼけた外見だが、造りは頑丈そうだ。


「へえ、立派な馬車だな」


 馬車自体が珍しい光来は、思わず感想を漏らした。


「そりゃあもう。快適な旅をお約束するの申したでしょう」

「はあ……」


 光来は返事に窮した。

 このバリィという男、悪い人間ではなさそうだが、必要以上に下手に出ている。ちょっぴり、ほんのちょっぴりではあるが、指先に刺さった小さな棘にも似た嫌悪感を抱いた。


「どうします? 一服してから出掛けますか?」

「すぐに出発するわ。まる一日遅れたんだから」


 リムは、バリィの態度など洟もひっかけない。光来は密かに苦笑した。


「承知しました。それでは参りましょう。どうぞ、乗ってください。」 


 バリィに促されるまま、光来達は馬車に乗り込んだ。各駅列車によく見られる、座席が壁際に設置されている型で、向き合うようになる。木の板を加工した単純なもので、座り心地はあまり良さそうではなかった。三人が座ると同時に、御者台にバリィが腰を下ろした。


「なに? 御者ってあなたが務めるの?」


 リムがバリィの背中に話し掛けた。バリィは顔に張り付いた愛想笑いで振り返った。


「なにしろ細々とやってますので、一人で何役もこなさないと食っていけないんですよ」

「ふうん」


 リムは光来とシオンに意見を求めるような視線を投げ掛けた。光来は、なにも分からないのでなんとも言いようがない。シオンは「いいんじゃない?」と素っ気なく言うだけだ。


「それじゃ出しますよ」


 バリィは光来達の密かなやり取りなどおかまいなしに、手綱を操って馬を歩かせ始めた。

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