プロローグ
以前に投稿した『銃と魔法と臆病な賞金首』の続編です。
第3章に入りました。
徐々に物語の核心へと近づいていきます。
よろしければ、前作もお読みください。
弁当であるサンドイッチを一口齧った。薄いベーコンを挟んだだけのシンプルなものだ。数日前に買ったパンを使っているので、パサパサしててなかなか飲み込めない。
薬缶からコーヒーを掬い、強引に流し込んだ。
「またベーコンのサンドイッチか」
仕事仲間のギコーズが話し掛けてきた。彼とはもう三年の付き合いになる。たまに酒を飲んだりもするが、所詮は仕事で繋がっている仲だ。
彼らは馬車組合に属して、御者として働いている。組合と言っても名ばかりの寄せ集めで、規則なんてないに等しい。自分の足で客を拾うのが面倒だから世話になっている。そんな連中ばかりだ。
「毎日それだな。たまには精のつくもん食った方がいいぞ」
そう言って、ギコーズは愛妻弁当に齧り付いた。サンドイッチなのは一緒だが、挟んでいる具が違う。しかも、豆と挽肉を煮込んだ料理まで付いている。
「あれこれメニューを考えなくていいだろ」
強がってみたものの、絹のような薄い虚しさがじわりと込み上げてくる。
バリィ・ガーラントは、常に不満を抱えていた。三十半ばで未だに独身だが、結婚生活に憧れを抱いた事はない。愛情なんて二〜三年で廃れると思っているし、なにより子供が嫌いだ。神経をすり減らすだけで、自分のやりたい事を我慢しなくてはならない。
周りの連中が次々と結婚する度、口では「おめでとう」と祝うのだが、すべて社交辞令で、本心から祝ってやった事など一度だってない。バリィは不思議でしょうがなかった。自分から自由を手放すなんて馬鹿のする事だとすら思った。
では、頑なに独身を貫いているバリィが自由を満喫しているかと言えばそうでもない。持て余す時間にする事と言えば、安酒を煽ったり、女を買うくらいだ。特にやりたい事はない。熱くなってなにかを追い求める情熱など、とうの昔に枯れ果てた。夢も希望も目標も、なにもなかった。
敢えて言うなら、働かずに毎日のんびり暮らしたい。晴れた日は少し足を伸ばして釣りに出掛け、雨の日は一歩も外には出ないで本を読んで過ごす。そんな悠々自適な生活を送るのが夢と言えば夢だった。しかし、そんな生活を可能にするには、莫大な財力が必要だ。目も眩むような金の山が。
そこまで考え、思考は現実に戻る。そんな大金、奇跡でも起こらない限り手に入れるのは不可能だ。つまり、俺は一生不満を抱えて朽ち果てる事になる。
ため息を、残りのサンドイッチと共に強引に飲み込んだ。
「よう、これ見てみろよ」
ギコーズは、薄汚れしわくちゃになった紙を突き付けてきた。埃が舞ったのでわざとらしく顔をしかめてやるが、ギコーズは気にもしない。
「なんだよ。その汚い紙は」
「汚いのはどうでもいいから、内容を見ろって」
なおも突き出してくるので、なるべく汚れていない部分を抓んだ。
その紙には紙面の七割くらいを使って似顔絵が描かれており、その下にはWANTEDと太い文字が書かれていた。賞金首の手配書だ。
金額を確認して驚いた。
三千万ガル。一介の御者には一生お目にかかれない金額だ。
「もし、こいつが客として俺達のところに来たら、どうする?」
ギコーズのいきなりの質問に、バリィは咄嗟に言葉が出なかった。
「どうするったって……」
「どんなに用心深い野郎でも、油断する時ってのは必ずある。馬車に揺られて居眠りする奴だっているし、泊りがけの長旅なら、寝込みを襲っちまえばいい」
「無理だろ。俺達はただ馬を走らせるだけの御者だぞ」
「けっ、意気地のねえ野郎だ」
ギコーズは唾を吐くように言い捨てた。弁当を食べ終わると、もうお前に用はないと言わんばかりに、さっさと片付けて行ってしまった。
お前だって大胆な生き方が出来ないから、うだつの上がらない御者なんかやってるんだろうと、バリィは心の中で毒づいた。
指先に残された手配書に再び目を落とした。似顔絵を信じるなら、まだ二十歳になるかならないかの若造だ。虫も殺さないような優しい顔つきだが、これ程の高額が付くところを見ると、かなりの極悪人だ。きっと悪事の限りを尽くして、たんまり稼いでいるに違いない。俺にもそんな度胸があれば……。
「ふっ」
賞金額の下に記されている文章を読んで、思わず吹き出してしまった。
この者、トートゥを所有している可能性あり
トートゥ?だと? こいつは犯罪者でも凶悪犯じゃない。とんだ詐欺師だ。トートゥと言えば死を司る魔法と言われているが、実在しているか怪しいもんだ。はったりだけで世渡りしている小物に違いない。
「……くだらん」
バリィは手配書を放った。
しかし、小物だろうと上手く立ち回れば、こんな賞金が掛けられるようにもなるのか。結局、世の中、要領の良い奴が得する仕組みってわけか。
カップに残っているコーヒーを一口飲んだ。気のせいか、先程より苦みが増している気がした。