三千堂にて
『世界をおひとつ、いかがですか?』
三千町の裏通り、『君』が迷い込んだ小路の先には、『三千堂』という少し煤けた金色の看板の小さなお店がある。看板のキャッチコピーに何となく興味を惹かれて入ってみると、眼鏡をかけた若い店長が丁寧な物腰で椅子を勧めてくれる。外から見た時には想像もつかなかった位に店内は広い。そして、四面にびっしりと並んでいるのは、数え切れない程の書物。
「ここは本屋さんだったんですね」
と『君』は言う。店長はにっこり笑って応える。
「いいえ、当店では、『世界』を取り扱っております。お客様には、こちらの世界などいかがでしょうか?」
店長が差し出した本には『白雪姫』の題名がついている。子どもの頃は好きだったけれど今更、と思ったが、『君』は、何となく手に取ってみる。
「ああいけない、それはまだ補修中でした。失礼しました、ではこちらは……」
そう言って後ろを向き、他の本を手にした店長が振り向くと、そこにはもう『君』の姿はなかった。
「おや、お気に召して頂けたようですね。では、補修を急ぐのは止めましょう……」
思い通りの成り行きに眼鏡の奥の目が細められ、今日の売り上げに店長は笑む。代金は、『君』の、いのち……。