春風が吹いてくる家
春一番の風を家の中から浴びながら、空にかかっている時計をみた。
この高さなら、もうすぐ三時だろう。そろそろおやつをつくり始めなければ。
家の主人からねだられる前に作っておかなければ氷砂糖のあられをぶつけられるだろう。
さて、
と声を出しながら寄りかかっていた、柵から背中をはずした。池の真上にある柵は少し揺れて恋がちゃぽんと顔をだしのが振り向かいざまに目に映った。
「今日も春休みなの?」
気付くと目の前にいた春が小首をかしげながら聞いて来た。春休みに入って一週間したあたりからずっと同じことをきく。
「えぇ、そうです。明日も明後日も明々後日も春休みです。外の桜が散るまで私はここにいますから。」
おやつをつくりますね。
そういってから台所に向かうと材料がご丁寧に並べられていた。今日はシフォンケーキをご所望らしい。
手際よく調理をしていく陽斗の周りにくるくると桜の花びらが舞う。春風はかまってほしいらしい。
「少し待っていてくださいね。あぁ、ちょうどいいので一枚いただきます。乗っけたら可愛と思いませんか?」
気がついたら焼きあがっているシフォンケーキを切り、お皿に盛り付けた。クリームをかけ、上にちょこんと桜の花びらをのっけると、嬉しいらしくクリームを淡い桃色に染めた。お皿とフォークを二つ持っていって身長の高いテーブルに置く。
「お持たせしました。たちながら食べるとこぼしやすいので気をつけて。」
春は池の目の前にある塀を眺めていたらしい。正確には塀の穴から見える景色だろうが。
「檸檬水を入れて」
てこてこと春が近づくと床から木が生えてきた。座りやすいように枝が丸みを帯びて曲がっている。今日は座って食べるようだ。
「前回落としてしまった桜餅がよっぽど惜しかったんですか?」
笑いながら檸檬水をいれる。言われた春がむっとしたのがわかった。
「子ども扱いをしないでと言ってるのに」
「はいはい」
適当にあしらっているな、と陽斗の声を聞きながら入れてもらった檸檬水を飲む。
「あと、」
「あと?」
すぐさま聞き返す春に続きを変更する。
「あと、どのくらいしても私はここを譲る気はないですから。」
シフォンケーキをつつくとふわっと香りが広がった。
「そんなことをしたら次のやつが困るとわかっていて言うんだから、本当に意地悪。」
春の視線に気付きながら、陽斗は春が見ていた塀をみた。穴からは緑の茂った木々と自転車の通る小道が見える。小さな子供の声が聞こえてくると春の視線がやわらかくなったのを感じた。
「私はわがままなんですよ」
陽斗がボソッとそうつぶやくと、春は仕方が無いとばかりにため息を吐き出した。吐き出されたため息に同調するように、恋という名の鯉がまたは跳ねた。