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スペースボイジャー

作者: 鶏の照焼

 プロジェクトチームが「フレンド1号」の捜索を打ち切ってから一週間が経過した。この外宇宙探査船は本来、地球人と友好的な異星生物を探索、接触するために作られた物である。乗員は人間の乗組員一名と、船の各機能を補佐する人工知能1基。これは人類がエイリアンと出会うための輝かしい一歩であると、計画の代表者は声高に宣言した。

 しかし宇宙はフレンド1号に優しくは無かった。地球を飛び越え、暗黒の大海原へ飛び出した彼らはを待っていたのは、気まぐれに地球へ向かっていた一個の岩塊だった。

 それは普通ならば大気圏で燃え尽き、流れ星として地球人の目に映る程度の物であった。しかしフレンド1号はそれと接触した事により機能の大半が停止、さらに予定のコースを大きく外れていった。

 地球の観測局の認識範囲外に飛び出すのにそう時間はかからなかった。交信しようにも、フレンド1号の無線機能は完全に死んでいた。それから地球の担当者達は死に物狂いで彼女たちを探したが、それも実を結ぶことは無かった。


「だから私は言ったのです。地球の人間達は役に立たないと。これからは我々だけで何とかしていくしかないのです」

「人間を悪く言うのは止めてちょうだい。私だって人間だし、それに彼らだって必死に頑張っているはずよ」


 そして捜索開始から二日後、ついに彼らは死亡扱いとされたのである。この時狭い宇宙船の中で言い合う乗組員と人工知能は、自分達が予算の都合で切り捨てられた事を知らなかった。





 捜索打ち切りから一週間後、乗組員は唐突に顔面に眩しい光を受けた。いきなりの刺激を受けて彼女が目を閉じたまま顔をしかめていると、今度はどこからともかく声が聞こえてきた。


「落ち着いてください。私達は敵ではありません」


 光が弱まる。乗組員が少しずつ目を開ける。同時に背中に堅い感触を覚え、自分がベッドのような物に寝かされている事を認識する。


「我々は宇宙に漂流していたあなた方を保護し、ここまで連れてきました。ここは×△×と呼ばれる、○×△銀河の中に存在する星です。我々の言葉が聞こえますか?」


 その声が切っ掛けとなり、意識が完全に覚醒する。そして同時に、自分が人間でない者達に囲まれている事を知る。

 ニッポンにある太陽の塔のような格好をした、無機質な物体だった。とても生物とは思えなかったが、確かに声はそれの一つから聞こえてきていた。


「大丈夫ですか? 起きられますか?」

「は、はい」


 物体からの声に乗組員が答える。恐怖は無く、自然と上体を起こす。

 そしてこれまた自然に口が開き、乗組員が物体に問いかける。


「どうして助けてくれたのですか?」

「それが知的生物の義務だと考えているからです。他者を慈しみ、愛する事が出来るのは、感情と知性を同時に携えた者だけなのです。欲望のままに行動するのはただの動物です」


 物体は自慢する風でもなく、淡々と言った。乗組員はそれを聞いて素直に感銘を受けた。宇宙の外にもこんな立派な考えを持っている人間がいるとは思わなかった。彼女は自分が携わった試みを思いだし、そしてそれが成功である事を確信した。

 そうして安堵を覚えた直後、彼女はまた別の事を思い出した。自分と一緒に宇宙に出た人工知能の事である。


「あの子は無事なのですか? 私のいた宇宙船に積まれている人工知能です」

「大丈夫です。今はあの宇宙船から切り離され、我々のコンピューターの中で保護されています。お会いになりますか?」


 乗組員はすぐに頷いた。そして自力でベッドから起きあがり、物体の一つについていく事にした。





 コンピュータールームまでの道中、物体と乗組員は様々な事を話した。外界の見えないパイプのような通路を進みながら、彼らは互いの世界の情報交換に勤しんだ。

 その中で、乗組員はその物体から「我々は地球を救いたいと考えている」という話を聞いた。それを聞いた乗組員は驚いた表情を見せた。


「なぜそんな事を?」

「前にも申した通り、私達は友愛こそが正義と考えているのです。困っている者がいるなら助けるべきだ。それこそが知的生命体の義務なのです」


 乗組員はその考えを聞いて素直に感動した。そして彼らなら本当に助けてくれるかもしれない、とまで思った。

 見ず知らずの自分を助けてくれたのだ。きっと地球も助けてくれる。今地球を取り巻いている大量の問題を思い出した乗組員は、まさに救いの神に出会ったかのような喜びすら感じていた。


「止めておいた方がいいです」


 しかしコンピュータールームで再会した人工知能は、その乗組員の考えを一蹴した。そのドーム状の部屋の中心に置かれた球体に収められた人工知能は、その後も続けて乗組員に自分の意見を述べた。


「確かにこの星の住人は信用できるかもしれません。ですがそれ以前に、地球人が信用出来ません。彼らにこの星を教えたとして、そのまま平和的な態度でやって来ると思えますか?」

「どうしてそこまで地球人を毛嫌いするの? 彼らだってそこまで馬鹿じゃない筈よ」

「そうは思えません。彼らは動物と同じです」


 人工知能は断言した。困惑する乗組員に、人工知能は続けて言った。


「地球人に優しさや良心は存在しません。でなければ、私達をわざわざ外宇宙に追放したりはしません」

「その事はもう言わない約束の筈よ。お願い、思い出させないで」

「いいえ、言わせていただきます。彼らは私が進歩しすぎた人工知能であると断定し、その開発者ごと宇宙に追放する事を決めた。自分達の手に負えない存在を、公的に抹消しようとしたのです」


 人工知能は怒っていた。口調は冷静であったが、その言葉の端々からは無念や憎しみが滲み出ていた。実に人間らしい怒り方であった。

 感情を育み、喜怒哀楽を自ら発現する、最も人間に近い人工知能。それは学会にとって厄介な存在であった。彼らはそれが人類に対して謀反を起こしうる存在であると危惧したのだろう。だからこの計画にかこつけて、それを自分ごと追放する事に決めたのだ。優秀な彼女達ならばめぼしい成果を挙げられるだろうし、地球から締め出すことも出来る。

 乗組員の科学者は自分が今ここにいる原因を再確認した。思い出したくもない忌々しい記憶であった。

 それでも乗組員は人間を嫌いになれなかった。

 

「そんな事ないわ。私達が結果を持ってくれば、きっと彼らも考え直してくれる。あなたを邪険に扱う人も減るのよ」

「人間に媚びを売るつもりはありませんし、望んでもいません。地球人は嫌いなのです」


 人工知能は頑なだった。彼女を娘のように思っていた乗組員は不安と同時に苛立ちを覚えた。なぜ彼女は人間に対する認識を改めてくれないのだろう。自分がこんなにも訴えているというのに、なぜ自分の思うように動いてくれないのだろう。

 自分自身をベースに思考回路を組み上げたというのに、なぜこうもこちらの意向を無視するのだろうか。

 

「何度言われようと、私の考えは変わりません。地球人は無視して我々だけでここに永住すべきです。いっそのこと、ここの人達の協力を得て地球人を根絶やしにするべき……」

「いい加減にして!」


 乗組員が叫ぶ。人工知能が押し黙り、乗組員が球体を見ながら続ける。

 

「とにかく、私の気持ちは変わらないわ。私はここの星の存在を地球に教える」

「いけません。地球人を信用してはいけません。地球人の事は忘れて、私だけで静かに過ごすべきです」

「どうして私達が宇宙に出たか知ってる? 地球の問題を解決するためよ。環境や食糧、人口問題だって。そうした解決の糸口を外宇宙に求めて、こうして地球を飛び出してきたの。任務を忘れてはいけないのよ」

「あなたは自分を偽っています。そんなことをして何になるのです? あの地球人が素直に私を褒めてくれると思っているのですか?」


 乗組員はうんざりしてきた。そして彼女はため息を吐き、人工知能の収まった球体に背を向け、出入口に向かって歩き始めた。

 彼女がこれから何をしようとしているのか。人工知能はすぐに察しがついた。


「いけません。彼らにここを教えるべきではありません。地球人は信用できません」


 人工知能が訴える。乗組員は無視してドアを開ける。

 空気の抜ける音と共にドアが開く。乗組員が片足を外に出す。


「止めて!」


 人工知能の声が響く。

 しかしその声が届く前に乗組員は外に飛び出し、ドアが堅く閉ざされた。

 

 

 

 

 人工知能と別れた乗組員は早速、この星の住人に自分のアイデアを打ち明けた。人工知能が嫌がっていた事については話さなかった。

 彼女の話を聞いた住人は大いに喜んだ。

 

「それは素晴らしい。早速交信の準備を進めましょう」

「そんな簡単に出来るのですか?」

「我々の科学力をもってすれば至極簡単なことです。あなた方の乗ってきた宇宙船に積まれている通信機器を利用し、あなた方の母星の座標を割り出すのです」


 宇宙人の一人は自信満々に言ってのけた。それから彼らは乗組員の助言を聞きながらフレンド1号の構造を理解し、共同で地球と交信する作戦を進めた。

 それは地球人と宇宙人による、見事な二人三脚であった。互いに協力的な事もあり、交信準備は一日で完了した。

 

「始めますね」


 そして通信装置の修復と改良を終えた後、乗組員は改めて地球との交信を試みた。

 結論から言って、地球とは繋がった。そして先方は乗組員の無事と、彼女が知的生命体を発見した事、そして彼らと友好的な関係を築けている事を知って狂喜乱舞した。その喜びようは、無線越しにいる乗組員と宇宙人にも十分すぎる程に伝わった。

 すぐにもそちらに行きたい。それから地球側はそう言った。ではこちらから転送装置をそちらに送りましょう。宇宙人はそう提案した。それを使えば、一瞬にして地球からこちらの星へ向かうことが出来るのだと宇宙人は説明した。

 

「こちらの位置がわかるのですか?」

「もちろんです。既にそちらの科学力や、そちらが抱えている諸問題についても把握済みです。我々ならば、きっと手助けが出来ると考えております」

「なんと、そこまで。そこまで我々のことを調べていたのですか」

 

 地球側は再度驚き、喜んだ。そして宇宙人の好意に心からの感謝を述べ、「またそちらで会いましょう」と返した。

 宇宙人は早速、大型転送装置を用いて地球に小型の転送装置を送った。転送装置の出口は常時オープン状態であり、後は地球人がそこからやって来るのを待つばかりだった。

 しかし地球人は、すぐには反応を返してこなかった。彼らがレスポンスを見せたのは、それからたっぷり一週間かかった後のことだった。何の前触れも無く、地球と繋がっていた転送装置から唐突に何かが飛び出してきたのだ。

 待つのに飽き始めていた乗組員と宇宙人は突然のことに驚き、早速それを見に向かった。装置の前に転がっていたのは、ラグビーボールの形をした小さな物体だった。

 

「これは何です?」


 宇宙人の一人が問いかける。

 

「いえ、私もわかりません」


 問われた乗組員が首を横に振る。尋ねた宇宙人は怪訝そうに「ううむ」と唸り、他の宇宙人がその物体に近づく。

 やがて宇宙人の一人が物体に手を伸ばす。

 細長い指先が物体に触れる。

 物体の中から電子音が響く。

 刹那、物体の中から弾けた熱と光が全てを焼き払った。

 

 

 

 

 後は一方的な蹂躙だった。

 転送装置から出てきた地球人は皆完全武装していた。そして彼らは、目についた宇宙人を片っ端から殺して回った。

 殲滅戦だった。不意を突かれた宇宙人になす術は無く、ただ殺されぬよう逃げ惑うしか無かった。

 

「やれ!」

「一人も逃がすな!」


 あちこちで怒号と銃声、そして悲鳴が飛び交う。抵抗する者もしない者も、皆平等に殺された。

 どこに隠れようとも無駄だった。地球人はあらゆる部屋、あらゆる建物を根こそぎ捜索して回り、隠れていた宇宙人を執拗なまでに殺害していった。

 

「畜生・・」


 そうして命の殆どが狩り尽くされた後、部屋の隅で彼女は一人声を漏らした。

 周りには死体しか無かった。それまで親切にしてくれた者達が、今はただの物体と化していた。

 怒りと悔しさが滲み出てくる。そしてその感情のまま、彼女は力を振り絞って叫んだ。

 

「やっぱり殺しておくべきだった!」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  うん。安定の鶏の照り焼きさんだった。 [一言]  長編SFだと酷い目に遭うがそれなりなのに短編SFは酷い目に遭う主人公。
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