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デモガール

作者: ギヤマシン

*


「KG化学は工業排水を垂れ流すなー!」

1人の男の切り詰めた叫び声に続き、大勢の人が張りのない声を上げる。

「流すなー」

シュプレヒコールを繰り返すデモ集団が、KG化学の工場の前をのそのそと行進する。


「死んだ魚を返せー!」

「返せー」


「KG化学は悪の組織」と書かれたハチマキ、「STOP!有機リン」というタスキ、目が×になって頭に天使の輪を浮かべる川魚のプラカード。参加者はこれらのアピールアイテムを腰まである長靴や撥水性のある作業着の上から身につけている。


「KG化学は賠償に応じろー!」

「応じろー」


その漁師や漁業関連者で構成される行列にセーラー服の少女がいた。少女は列の先頭でシュプレヒコールを凛として復唱している。中高年が占める団体を引き連れる少女は、兵を引き連れオルレアン包囲網を破るジャンヌダルクを彷彿させた。


「KG化学は有機リンの排出を認めろー」

「認めろー」


湾の魚が数万匹もの大量死したことが、ネタ不足なニュース番組が過剰に大きく取り上げたことにより、近頃世間の話題になっている。大量死の原因は、公式には不明だ。しかし、マスコミの独自調査により湾に流れ込む川の流域にあるKG化学の工場と特定された。そこにデモ集団が押し寄せるとあれば、当然マスコミ取材陣が取り囲む。デモという神輿、少女はその神輿によじ登って煽る。その格好の獲物に、地元新聞の腕章をつけたカメラマンたちが食いついていた。


一頻り練り歩いたあと、漁協のデモ集団は河川敷の公園で解散した。そしてお互いに労いの言葉を掛け合う。中高年だらけ参加者たちは本能的に、少女を労おうと集中する。

「デモガさん、お疲れ様ー」

「デモガさんに鼓舞されて盛り上がったなー」

「いやーデモガさんが居てくれたからいいアピールになったよ」

少女へ声をかけることで癒しを得ているかのようだった。

「ふふ、私も皆様と思いを一つにできて嬉しかったです。またデモをする機会があれば呼んでくださいね。あ、今日の様子はアップしておきますね。それでは」

彼女は名残惜しそうな漁師たち尻目に爽やかに集団を離れた。


*


彼女はタオルで髪をバサつかせながら自分の部屋のドアを開けた。そのままパソコンの前に座る。クリーム色のパジャマからは湯気が上がっている。

「さぁーて、今日のデモをアップしますか」

今日のデモの様子をデモポの記事にしようと彼女は腕まくりをした。


デモポとは、デモポータルサイトの略したサイト名で、彼女のデモ好きが講じて作成されたウェブサイトだ。このサイトでデモガと名乗る彼女はデモポの管理者である。デモポは日本で開催されるデモに関する情報なら何でも扱っている。デモ告知、デモ参加者の募集、デモ報告、デモ入門などなど。今やデモ活動をするならデモポは欠かせない。


このサイトの運営こそ彼女のライフワークである。デモ上がりにお風呂に入りデモ参加を記事にする、これが彼女にとって至福の時。ディナーで例えるなら、デモというフルコースのデザートを味わっている時だ。今日の記事の仕上がりを見て、彼女のデモ欲は満たされた。


*


週末はデモに勤しむデモガも、平日は普通に高校へ通う女子高生。普通に登校して普通に授業を受け、普通に昼休みのガールズトークに花が咲く。


「今朝の新聞見たよぉ。学校に持って来ちゃった」

友達の由美が机に広げた新聞の地方面には、化学工場に向かって嘆願の叫びをする少女の写真が掲載されている。


「狙い通り大き目の写真が載っただけど、学校でそれを広げられると少し恥ずかしいかな。まぁこれでかなりアピールできたし、漁協の人たちの役にも立てたでしょ。」腰に両手を当てたデモガが言った。

「よくデモなんてやるわね。クレーマーみたいな団体に混ざる気にならないわ」

一緒に弁当を食べていた千恵が水を差した。口に咥えたフライドポテトを拒否を表すように上下させながら。

「参加してみたら情熱的な人が多いよ。主張がはっきりしていて真っ直ぐというか。その情熱を感じられるのが何より楽しいし。ね、一緒にやらない?デモ。デモガールになろうよ。」

「デモガールってあんたのサイトのハンドルネームでしょ?デモガ」

ポテトを飲み込んで千恵が聞き返した。

「デモガールはデモするガール。山に行く娘を山ガールって言うでしょ。あれのデモ版。私はデモガールを普及する使命のもと、略して名乗っているだけ。そうだ!週末のデモに参加しない?メーデーだから初心者にもお勧め!」

顔を赤らめ普及活動に勤しんでいるところに突然割り込みが入る。

「何その新聞?」

クラスメイトの高橋だ。教室には違和感のある新聞に食いついてきた。

「おわー、新聞にデカデカと。噂通りデモに参加しているんだなデモガは」

高橋は新聞の中のデモガに目を近づけて顔を認識している。

「あ、う、うん。そうなの。ボランティア活動みたいなもんなんだ」

デモガはカチコチになって答えた。

「んー、そういうもんなのか」

「漁協のおじさんたちも喜んでくれたわ」

先ほどより頬を淡い紅色に変化させてデモガが答えた。お構いなしに、グローブとボールを持った男子が教室を覗き込む。

「おい高橋、先にグランドいくぞー」

「おぉ、じゃあな」

高橋はデモガに手のひらを見せ、教室を飛び出ていった。デモガは細い目をしてもうすでに見えない高橋に対して小さく手を振っている。

「もしもし、デモガさーん、デモガさーん」

ピンクの海を泳いでいるデモガに千恵は肘鉄を脇に食らわせる。

「ふぐっ」

「あんたの脳はデモか高橋で埋め尽くされてるな」

千恵が追い討ちをかけた。

「デモガちゃんは、デモには積極的だけど恋にはおくてね」

由美は弥勒のような包み込んだ微笑で諭した。

「デモとは別物かな、胸のドキドキは」

「なんか、ボランティア活動とかいってデモを美化してなかった?」

千恵のいやらしい流し目をしている。デモガは咳払いを一つしてそれに答える。

「役に立っているのは事実でしょ?ものにもよるけど権利の主張は民主主義とっては大事だし、素晴らしいことに間違えないわ。社会主義の国ではデモをする自由がないくらいなんだから。」

デモガは乙女からデモガールに戻りつつ言った。

「確かに熱っぽく主張するってのには憧れるなー。教科の先生が休みで授業が自習か自由時間か代理の先生が伝えにきたとき、自由時間を求めて、自由!自由!って大合唱するじゃない。そのとき、みんな生き生きしてるもん」

由美は拳を上げ下げして言った。回想しながら目を輝やかせている。

「それじゃ由美ちゃん、今度一緒にデモしよう。デモの手解きはその場でもするからさ。当日はピクニック感覚で来ていいよ」

「ピクニック?なんか楽しみになってきたー」

「おーい」

盛り上がりの外から千恵が言った。

「お、千恵ちゃんも参加する?」

デモガは由美と同じく輝かせた目で千恵に振り返った。

「あたしゃパスー。そこまで盛り上がれる気持ちがしれないし」

「千恵の参加、いつでも待ってるわよ」

一人だけも一緒に参加してもらえるだけでも大収穫なデモガは、千恵に強要する様子はなかった。週末の集合場所を由美と決めると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

*


デモガはパジャマの袖を腕まくりをした。風呂から自室に戻り、いつも通りデモポの更新をする。平日で学校に行きデモに行けなかった日は、デモポ管理者日記をブログへ書くことが日課であった。今日の日記の内容をまとめるこうだ。


今日、デモの仲間が増えた。

その仲間が週末のデモに一緒に参加する。

あと好きな人に声かけられるなんてデモ最高。

桜は散ったけど鯉のぼりの季節になった。

柏餅食べたい。


そんな女子高生の素朴な日常にデモのスパイスを少々加えた日記に対して、これまで参加したデモの主催者・参加者やデモマニアからコメントが入る。『お友達も参加されるなんて嬉しいです。週末のデモで会えるのを楽しみしています』『恋もデモも頑張ろう!』『僕も柏餅食べたいです』などなど。これらの熱心なコメントとデモへの愛を糧にしてデモポは運営されているのだった。


*


「うわーすごい人だね」

由美はキョロキョロしながら驚いている。ピクニックに出かける爽やかなアウトドアコーディネイトが周囲にいるニッカポッカや作業着姿の群集から浮いていた。

「今日はメーデーよ。デモ界でいったら1年で最大のお祭りみたいなもの」

水平、45度で上昇、水平と折れ曲がった矢印と札束、そしてディスカウントストアでよく見るレタリングで「ベースアップ!」と書かれたプラカードを持ったデモガは答えた。そして「春闘」とガーリッシュなフォントで書かれた細長い布を由美の顔の前に出し続けた。

「はい、ハチマキ。アピールと同時に気合も入るので初心者にもお勧めのアイテムよ」

「うわーかわいい。デモガちゃんが作ったの?」

「そうよ。由美ちゃんが来てくれるって言ってくれたから可愛いの作ったわ」

書かれた文字の意味とは無関係に喜んでいる由美を見て、デモガはハチマキにかけた時間が報われた。ハチマキを締め、似合うかどうかを無言で確認する上目使いの由美の表情でさらに報われた。


メーデーとは?

労働者が連帯して権利要求を行う祭典である。世界各地で毎年5月1日に行われ、別名「労働者の日」とも言う。

メーデーのデモ行進はアピールタイプである。アピールタイプは一般市民に訴えかけるデモであるので、人通りの多い繁華街を練り歩く。ちなみに反対のターゲットタイプのデモは、訴える対象が決まっているデモであり、企業なら本店、行政なら省庁など、その対象の中核機能をなす施設の周辺を練り歩く。デモポのデモ入門より抜粋。


定刻になりデモ行進がスタートした。

同時にシュプレヒコールも響き渡る。

「最低賃金を上げろー!」

「あげろー」

「サービス残業の強制をやめろー!」

「やめろー」

「企業は内部留保を社員に還元せよー!」

「せよー」

最初声の小さかった由美も、恥ずかしさという薄い壁を一度越えてしまえば、より大きな声を張り上げていた。デモガは上級者向けのデモ先頭ではなく、デモの一体感が一番感じられる初心者向けの列の中央付近で、由美と一緒にデモを楽しんでいた。


「消費税増税反対!」

「はんたーい」

拳を上げてレスポンスを叫びしつつも、コールの内容に疑問を持った由美は聞いた。

「ねぇ、消費税はメーデーに関係あるの?」

「首謀している人の政治的な意見もたまに混ざってるのよね」

デモガは混沌さも魅力の一つ、といわんばかり色々あるのよねという顔をして小声で言った。そうなんだ、察した由美はシュプレヒコールのレスポンスを続けた。


メーデーは最後にどこかの広場で締め集会を開くのが恒例である。デモガにとって集会はデモではなかった。参加者の平均年齢を著しく下げていた2人の女子高生は、重い熱気が立ち込める広場を抜け出した。


「うわー、こんな大きな声出したの初めて」

由美はキュートなハチマキを外し、額の滲んだ汗をテニスを楽しんだ後のように拭った。

「ストレス解消になるわよね。街中で大声で叫べるなんてデモだけ、普通ならすぐ職務質問よ」

デモガは楽しんでもらえた様子に満足して言った。

「最初はダークサイドな大工さんだらけと思ったけど、みんなの熱意ある叫びをみたら、それも吹き飛んだじゃったわ」

「外から見ると鬼気迫って見えるわよね。みんな家族のため生活のため戦っているだけなのに」

「あと、止まっちゃいけないとか色々ルールがあるなんてスポーツみたいね。4キロも歩いたし」

「そうそう、社会と戦うスポーツよ。だから私はデモ力<<ちから>>を鍛えたら、デモも上達すると思ってるわ」

そんなデモ談義を楽しみながら二人は家路についた。


*


デモガの思惑通りデモの楽しみを見出し始めた由美は、月1ペースであったがデモガとデモ通いをした。デモ明けの月曜日、昼休みに千恵へデモ報告するのが恒例行事になっていた。


「デモに参加するのも3回目になったし、自分でハッピ作ったのよ。ほらー」

由美は携帯電話で撮影したデモガとお揃いのハッピ姿を見せて言った。ハッピ背中には駐車禁止の標識の中に放射能マークをあしらったアップリケが縫い付けられていた。

「ふえー、もうすっかりデモガールね、私にはわからんわ」

ブリックパックを吸っていた千恵は、由美がデモへハマっている様子に呆れて言った。

「昨日の由美、立派だったのよ。周りの反原発団体員に気迫は負けてなかったの。電力会社本社前についた時の由美のテンションはそれはもうマックスで…」

由美の勇姿を語り続けるデモガに、熱弁を聞き流していた千恵が水を指す。

「そんなことよりデモガ、高橋の話」

「ひぃ、声が大きい」

デモガールから一転して普通の乙女に戻り、千恵の口前に人差し指を立てた。

「明日に決めた?」

「う、うん。明日告白する」

デモガがもぞもぞ言った。

「どうするか決めたの?」

「ううん、なんか頭がフワフワしちゃって」

「よし、じゃあ作戦練りましょ」

千恵はやっと出番が来たかのように率先して話を進めた。

「うわーあたしが緊張してきた」

言葉とは裏腹に由美は楽しそう顔をしていた。

 そのまま昼休み中、3人は高橋へ告白するための作戦を練った。結局、体育館裏へ手紙で呼ぶという古典的なものにまとまった。


*


明くる告白の日。

放課後の体育館裏に、3人で打ち合わせをして決めた台詞を反芻するデモガはいた。そこに野球のユニフォーム姿をした高橋がやってきた。

「ごめんね。急に呼び出して」

近寄ってきて停止する前の高橋へ、デモガはフライングぎみに声をかけた。

「話って何?ってこういう聞き方もアレだな」

対面して立ち止まった高橋が、いつも接するより低いテンションで聞いた。ここはこの高校の定番告白スポットであるため、何の用があるかは高橋も察している。

「あのさ。私と付き合ってくれないかな」

棒読みでデモガが言った。高橋がどうしようのなく好き、クラスが一緒になってから気になっていた、ピッチャー姿がカッコいい等の台詞は飛んだ。

「やはりか」

高橋は一息ついて続けた。

「実は最近ここで他の女子からも告白されたんだ。こんなこと言うのもなんだけどさ」

「えっ」

デモガは驚いた。

「まだ答えを出してないんだけどな。そいつもお前も、クラスメイトという以外の目で見たことがない。部活も忙しいしデートとかできるかわからないし。どうするか考えさせてくれ」

驚きすぎて両手はフラメンコ、足はフラミンゴのポーズになっているデモガに対して、高橋がとどめを刺す。

「だけど、あまり期待するな」

じゃあ部活あるから、と振り返り高橋は足早に去っていった。


デモガは同じポーズで固まっている。

高橋は体育館の角を曲がり、告白スポットから姿が見えなくなった。すぐさま体育館と校舎の隙間に隠れていた千恵と茂みに隠れきっていなかった由美が駆け寄った。


「ダメかもー」

と言う同時に、高橋の捨て台詞が心へのデッドボールとなっていたデモガの顔で涙の洪水が始まった。

「まだ完全に振られた訳じゃないでしょ」

「そうよ、まだ泣くところじゃないよ」

千恵に続いて由美も励ました。

「でもー」

「デモしているときの粘り強さはどうしたの?ここで食い下がったらおしまいよ」

場をなんとかしようと焦りきっている千恵が再度励ました。

「でもー」

デモガは「でも立ち直れない」なのか「デモとは違う」なのかなんかしらの否定的な言葉を繰り返した。まもなく鼻からも洪水が始まる。


「なんとか高橋を説得すればいいのよ。デモでも相手を変えるのが目的でしょ」

千恵の勢いだけの励ましは続く。そして、千恵のとりあえずの慰めに同調した由美が言った。

「じゃあデモしてみる?」

場が止まった。千恵は「は?」という顔、デモガは対称的な顔になった。

「デモ…」

デモガは確認するかのように言った。顔からの増水は止まった。

「デモガちゃんはデモしている時が一番輝いているもの。その姿を見たらきっと変わるわ。一緒にデモしましょう」

由美が空気が変わった様子に気づかず励ました。

「そうよデモよデモ!一番得意なもので勝負しましょ。デモであんたに勝てる女子はいないよ。じゃじゃじゃあ、わたしも参加するわ。友達のためならデモでもなんでも協力する」

千恵も開きなったかのように言った。

「千恵…」

デモガは洪水が再開しそうであった。


そのまま3人はデモの計画を立てた。集合時間、集合場所、行進するコース、何をアピールするかを決まった。各自がデモの準備に取り掛かることを誓い、告白スポットから解散した。


*


デモガはフラフラと漂いながら家に着いた。魂が抜けたままでもいつも通りの日課をこなす。夕飯、お風呂、デモポ更新。デモポの日記に今日の出来事を赤裸々に書き綴る。告白したこと、良い返事がもらえていないこと、友達に救われたこと、デモをすること。日記を更新するも、書いている途中に思い出してしまった高橋の言葉から逃げるように寝た。

デモガが眠りで心の傷を修復している頃、デモポの日記には常連たちのコメントが入っていっていた。


『デモガさんにはいつもデモでお世話になっているので協力しますよ。組織の連中も誘ってみます』

『この間のデモ参加ありがとうございました。だいぶ落ち込まれているようですね。恩返しではないですが、是非ともデモに参加させてください』

じゃあ俺も参加する。組合長から街宣車借りてくる』


次の日、その次の次の日もコメントの書き込みはじわじわと増え続けていった。


*


そして、週末のデモ当日となった。


デモのターゲットは高橋の家、デモ開始時間は午前の厳しい練習あと空腹を埋めるところを見計らった13時であった。そして、集合時間はデモ開始の30分前と決めていた。


「あ、千恵ちゃん」

「由美。デモガと一緒に来るかと思ったけど」

千恵と由美は集合時間の少し前に、集合場所に向かう途中で出くわした。

「デモガちゃんは色々準備があるから先に公園で行くって」

「ふえー、デモとなったら積極的だねぇ。私は準備といってもピクニック感覚で良いというから水筒だけだけどな」

ピクニックへ行く格好の姿の2人は揃って、集合場所である高橋の家の近所にある公園へ到着した。と同時に驚愕した。全周徒歩3分ほどの公園を人の群れが埋め尽くしていたからである。さらにはその群れが男だらけの仮装パーティ状態であり、普段着ではない衣装ばかりであったからである。

「2人ともこっちこっちー!」

群衆の中心にあるタコさんすべり台の上にいたデモガが拡声器で呼んでいる。その声で2人とタコを結ぶ直線で群集が開いた。群衆の全ての視線が2人に集まり、その間を通ることを強要するようであった。しかたなく2人は首をすぼめてタコに向かった。


「ちょ、ちょっとどうなっているのよ」

千恵はデモガを見上げながら、群衆を一旦目で指して問い掛けた。

「うちのサイトでデモの告知をしたら、みんな集まってくれて。みんなありがとー!」

途中から拡声器を使ってデモガは声を上げる。群衆はそれに歓声で答えた。

その地鳴りに千恵はまた固まった。由美は知っている顔があったようで笑顔で会釈している。

「こちらKG化学のデモでお世話になった漁協の皆様」

デモガによるメンバー紹介が始めた。腰まである長靴の男たちが手を振っている。

大漁旗を振っている答える男もいる。デモガは紹介を続けた。ニッカポッカと足袋姿の団体はメーデーで一緒になった建築労働組合、放射能の防護服を着ている集団は反原発NGO。他にも反捕鯨団体、共産主義の左翼団体、その逆の右翼団体、その他の有象無象。全て、これまでデモガがデモに協力した団体である。警官の制服を着た者もいたが、彼らは仮装でなく本物であり、このデモが正規に申請されたことを物語っていた。


「みんな、今日は私のため集まってくれてありがとう!私が告白した高橋の、いい返事をみんなで勝ち取りましょう!」

デモガは拡声器を口に当て拳を上げて叫んだ。

群衆はそれに反応して手を上げて歓声を上げた。まるでジャンヌダルク率いるフランス軍がパテーで戦いを始めるかのようであった。

そのままデモガからのデモコースとスケジュールの説明の後、各々が準備を始めた。


13時。いよいよデモ行進開始。


セーラー服の3人を先頭にした群集は、デモコースをカタツムリと同じ速度で進みだした。ちなみにデモのコースは、学校、商店街、近くの親戚の家、高橋の家を結んだコースである。デモガがこれまでのデモ経験を生かし考案した最も訴求効果があるコースとなっている。


「じゃあ千恵、これ持って」

天使がハートの矢先で高橋の写真を狙っている絵が書かれたプラカードを渡し、再び拡声器を手に取った。千恵は受け取った天使のプラカードを引きつった笑顔で掲げた。由美はデモガと高橋の相合傘が書かれたハッピに袖を通している。


デモガはすぅーっと大きく息を吸いを胸を膨らませた。ピタリとしばらく止め、シュプレヒコールの第一声として吐き出した。


「高橋は私と付き合えー!」

ソウルフルな雄叫びに群衆も答える。

「付き合えー」


念願であった先導役に始めてなることができ、デモガの早くもテンションは最高潮へと向かいつつあった。デモ参加者もそれに同調していく。


「高橋は私を渋谷にデートに連れていけー」

「つれていけー」


漁師たちが大漁旗を振り回し、大工たちがプラカードを掲げ叫んだ。プラカードの「最低賃金を上げよ」というスローガンに「高橋は」が後から足されている。


「高橋は部活より恋愛を優先せよー」

「優先せよー」


放射能防護服が糾弾ビラを配り、鯨の着ぐるみが共にイルカ姿のデモガと高橋がキスをしている風船を揺らし叫んだ。


「高橋は他の子の告白を断れー」

「断れー」


『ノー高橋、ノーライフ』と書かれた巨大横断幕を左翼団体と右翼団体で広げて持ちつつ叫んだ。制止するはずの警官もいつのまにか群集と一緒になって叫んでいる。


デモ行進が高橋の家の正面にさしかかる。

パレードの喧騒が近づいてくる異常さに、昼ごはん途中の高橋は2階の窓を開け顔を出した。その刹那、遠くまで道を埋め尽くす仮装行列に驚愕した。その点となった目と、先導する好戦的な漢字が書かれた街宣車の上に直立するデモガの目が合った。デモガは目を合わせたまま、息を限界まで吸い込み胸をEカップ以上に膨らませ止めた。一瞬の静寂。


「高橋は私と付き合えー!」

胸に詰まった全ての想いが町内に響き渡った。拡声器はハウリング寸前であった。

「付き合えー」

揺り返す波のごとく、それに答える大音響が高橋の家を再度揺らした。


それをピークに高橋の耳からシュプレヒコールが遠ざかっていく。

高橋は、目下の道を街宣車を先頭にしたデモ行進が過ぎ去るのを、ただただ見過ごすしかなかった。


「高橋はクリスマスを一緒に過ごせー」

「過ごせー」


「高橋は…」

「…」


「…」

「…」


翌日、高橋は交際を断った。


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