↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

胃腸づかい

掲載日:2026/10/10

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君は、「けむり」を吐き出したことはあるかい?

 そう尋ねると、たいていの人は寒い日に吐き出す、白い息のことを想像する。わたしたちの身近にある現象として、印象深いものだろう。

 しかし、水蒸気が冷やされて水滴になるようなブツとは別のもの。たとえそこが酷暑の空間であろうとも、吐き出されうるもやのことだ。

 いまだ経験がないならば、幸運といえる。私もこの話を聞いたのは、つい先日で、久しぶりにあった友達が教えてくれたものでね。日頃から少し用心をしておこうかと、思い始めたところなんだ。

 ちょっとその話、聞いてみないかい?


 下世話な話を申し訳ないが、君はやけにトイレが近く感じることはないか?

 水の飲みすぎであったり、利尿作用のあるものを摂取したり、ことによると加齢や体質のために起こっているかもしれない。

 すぐには判断が難しいだろうけれど、下痢の兆候とかがないのにトイレのお世話になるようならば注意が必要だ。

 友達もその日は朝からやたらトイレのお世話になっていた。仕事へ行く前の数十分の間で三回。いずれも、相当の量を出した。

 通勤中はどうにかこらえたが、仕事場へ着いてからは、いささかも落ち着かない。

 午前中だけで両手の指に余るほど、耐えがたい尿意をもよおしてしまい、集中もおおいに乱されてしまう。しんどいが、水分を控える方針で臨んだものの、改善する気配も見えなかった。


 ――この調子で、午後の仕事終わりまでもつだろうか? いや、ひょっとしたらその先も?


 考えだすと、憂鬱だ。

 そのときはランチ手前の時間帯。公衆トイレのごとく、複数の小便器をそなえる会社のトイレを使う時間も合わさった同僚が何名かいた。

 友達が先のことを考えながら、手を洗いつつ大きなため息をついたとき。


 正面の鏡が、白く濁った。

 それだけなら吐く息の温度差によって、一時的に曇ったようにも思える。けれども、友達がハンカチで拭っても、鏡の曇りはとれなかった。

 それどころか、何度もこすると白い覆いの下から、緑色のぷつぷつとした泡状の模様が顔をのぞかせてくる。

 白い部分は、さらに回数を重ねれば取り去ることはできたものの、その領域が緑の粒にとって代わられるのみ。こちらは布の攻勢では歯が立たず、工具の硬い先端を使い、削り取らねばならなかった。

 まわりのみんなは、大半が気味悪がって去っていっちゃったけれど、同僚のひとりがこれを見て「あ」と驚きの声をあげる。


「お前、それ『鍋』になっているな」


 鍋? まだ鍋料理の季節には早いんじゃないか?

 そう思いはするものの、同僚はこの状態に心当たりがあるらしく、トイレを出るやそばの自販機で飲み物を買ってくる。

 粒入りのコーンスープ缶だ。自販機では秋から冬にかけて、商品に並ぶものだが。


「念のための確認だ。そいつ、飲んでみ」


 コーンスープは友達の好物で、ゆとりがあればかぱかぱ飲み干していくほどだ。

 しかし、コーンの甘さを覚えるはずのそのスープが、いまは猛烈に苦く感じられる。ひとくちを飲み下すのに、大いに顔をしかめなければならず、それははっきりとしたメッセージとして同僚へ伝わった。


 同僚いわく、いま自分の胃腸を使って実験をしている輩がいるという。

 吐息に混じっていた、あの白い煙と緑色の粒。あれは胃腸がすでに魔女が薬を混ぜ合わせる釜のごとき実験道具と扱われ始めている証だという。

 中止させることはおすすめできない。自らの臓腑を壊すことが一番確実な方法というが、それは自身の死もほぼ確定させる。

 ならば、速やかに彼らのやらんとしていることを完成させ、成果物を持っていかせたほうがいいとのこと。

 ランチの時間。友達は同僚と連れ立って、ドリンクバーのあるファミレスへ。そこで様々なミックスジュースに臨むことになったそうな。


 まさか学生時代に自分の趣味、あるいは大勢といるときの罰ゲームをやるはめになるとは思わなかった。家族の前だと、飲み物で遊ぶんじゃない、と注意されることしばしばだったと。

 どうも、混ぜ合わせ方と時間の置き方にコツがあるらしく、同僚が腕時計で時間をはかりながらオペレーションをしてくれたそうな。

 コーンスープのときのような、異常な味覚は健在。本来なら感じるべき甘味料の香りをすっかり殺されたかと思えば、苦く感じるべきブラックのコーヒーが火のような熱を伴っているような感触があった。

 それらを幾度も経験したあと、にわかにぐっと胃から何かがせり上がってくる。

 これも事前に同僚にいわれていたから、口へ手拭きをあてがってこらえた。大胆なリバースはこれで防げる。あとは「鼻から抜け出る」のを待つだけだと。


 それは鼻血によく似た感覚だった。けれども、ぬるりと鼻から飛び出てきたのは一対のナメクジによく似た、物体だったという。

 生き物とは思えなかった。そいつは、テーブルへつくや一気に形を崩して青黒い水たまりと化したのもつかの間。たちまち霧散してしまって、痕も残さなかったからだ。

 同僚は、これでうまくいったといい、あの出てきたものがお目当ての成果物。それが出てきたから、すみやかに持ち帰ったのだろう、とのことだったよ。

 成果ができたら、釜もその役目も終える。以降は、そうトイレが近くなることはなかったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。