魔王として君臨してたら、頼んでも無い生贄がグイグイくる
「生贄……です」
魔界の王座に座る俺の前には、その身を花嫁衣装にヴェールを被る、人でいうなら『年ごろの娘』は震えながらそう言った。
「……頼んでなどおらん」
そのヴェールはきっと恐怖に染まる顔を隠す為か、はたまたこちらと目線を合わせぬ為か。
その隙間からは綺麗な銀髪が見えて、その指は胸の前で組まれて、やはりまだ小刻みに震えている。
「はい。……それでも前回の生贄から五十年が経ちます……。ですので、わたくしが……お約束の、生贄です」
「……五十年……?」
俺が魔王と呼ばれるようになってどれだけの月日が経ったのか。……多分二百年くらいか?と少し首を捻る。
「あぁ……そうか」
低い声のせいか、それとも人より身体もデカいせいなのか、そんな俺の呟きひとつで小柄な身をビクリと震わせる娘を見て、……確かに五十年ほど前にも生贄だなんだと担がれて着た者がいた気もする。
たしかこの城より少し離れた場所で降ろされ、お付きの者が帰った途端に花嫁衣装のまま逃げ出したのがいた気もする……。そういやそんなのが毎度五十年ごとくらいだったかと今更ながらに腑に落ちた。
「こんなに素直に城まで来たのはお前が初めてだ」
「……!」
俺が口を開けばギザギザした歯が怖いのかその目が見開かれたようにも見えて、怖がらせてしまったのかと思わず俺は口元に手を当てる。
窓の外ではギャァギャァと魔鳥が鳴く。
俺は今でこそ魔王と呼ばれるが、魔の者と人のハーフだ。
勇者であった母は魔王を退治しにこの国へとやってきて、それこそ『魔王』であった父に一目惚れ。
自称『愛のパワー』とやらで、この魔物の世界を結界で隔離し、いや、むしろ……二人で蜜月を過ごす為に世界と隔離したらしい。
で、産まれたのが俺ってわけ。
ちなみに母も魔王であった父とアレしたもんだから、人ならざる者になったのか、はたまた勇者の力故か数百年経った今もまだまだ元気に生きて現役にラブラブってやつだ。
とはいえそんな実情はさておき、人の世界は平和に保たれ、しかし魔界としてここが人間界と隔離された事実とそんな事情を知らずに勇者が帰らない人の世界は、
『勇者はその身を生贄に、魔の世界を隔離した』
と、何故かそのように解釈したらしい。
その両親はそんなことはどうでもいいとただいま何回目か知らんほどのハネムーン中。
とどのつまり俺は【魔王】だの呼ばれてるだけの親父の代理人であり、ただの引き篭もりの非社交的な典型的なボンボンだとか言われても仕方ない程度の者。
力こそ両親から血統は受け継いだが、いかんせん顔は親父似の強面な自覚はある故に、魔界に住み続けている。
それで一応親の留守中は魔界を統べているとか言われても、勝手に魔素がここに集まるが故に、それを食べればそれだけで魔物は生きてけるし、人を喰って栄養つけなきゃ適当に上手いこと食物連鎖おこして増えすぎることもなく、むしろ隔離されたここはここで平和だったりする。
人から見たらアレかもだけど、そんなもんだろ世の中とか思ってたりする。
しかし俺は半分人だし味覚が発達しちゃってるもんだから、たまに魔力で変身して人里に降り、適当に食料とか嗜好品とか買って来ていて、人と会ったことないとかそこまでじゃないんだが、まぁとりあえず今は魔王代理としては威厳が大事だと、俺は王座から扉を指差した。
「帰れ。生贄などよこさんでも、我らは人に害を成さぬ」
「な、なりません。それに帰ってもわたしの居場所はもうどこにも……」
その言葉に思わず指が下を向く。
(めんどくさいのぉ〜)
とどのつまり、生贄に出したならば贄にされねば逃げ帰っただの、だから魔物が攻めてくるだの言われしまうのかとため息がこぼれる。
「……ならば過去の娘たちのように別の国に行けば良い」
「それでは村の者に申し訳が……」
「意味なく命を捧げても誰も喜ばぬ」
「ですからわたくしにはもう帰る場所も無いです! それに……!!」
「だから他の国なりその辺の村でも行けと言うとんだわ!」
めんどくさくなってしまい思わず魔界訛りが出たと口元を抑えれば、目の前の娘がベールを捲り顔を上げる。
初めて見えたその顔は可愛らしく、頬は紅色に染まりこちらを見つめてくる。
「…………紅色?」
恐怖に染まっていると予想していた顔は、思いの外健康的で、あれ?と思えば、娘はその頬に手を当てて「ほぅ……っ」と息を漏らした。
「…………ん?」
予想外の反応に思わず固まれば、王座にいる俺を大きな金色の瞳で見上げて、その大きな胸の前で手を組むと頬を更に染めた。
「んん??」
なんだか流れる冷や汗に気付かない振りをして、何はともあれ帰らせてしまおうと魔力で扉を開けるためにそちらに向けて手を伸ばせば、その手が……掴まれた!?
「……あぁ……堪りません。その……ギザ歯に、吊り目に、更にギャップのあるその喋り方」
一瞬で距離を詰められたと驚くよりも、気になるのは「はぁはぁ」とした息遣いと掴まれた俺の両頬。
「おま……! まさかオカンとおんなじ属性かぁ!!」
「まさかお母様もそうなのですか!? ギザ歯好き!? 母娘で是非語り合いたいものです!!」
「何勝手に嫁に来る気でいる!!? 帰れゆうとるべや!!」
ウエディングドレスの下の足で俺の両足をホールドし、こちらを見つめる目は正気なのだろうが正気じゃない!!
「そうっ、あの日!! 貴方が村に魔法の力か何かで姿を変え、しかもマスク姿で買い物に来られていた時!! その時に露天をしていたわたしの元でクレープ買っていかれました! その時、お釣りを渡し忘れたと追いかけたところで!! 陰で元の姿に戻って美味しそうに食べていた貴方を見て一目惚れしました」
「聞いてないのに語り始めるなや!!」
一息で話すソレに引きながら、
「ん? つまりお前……露天商の娘か!? な、舐められたものだな、領主の娘でなく、こんな庶民を……」
必死で威厳を保とうと告げたその言葉に首を振られ、
「ちゃんと領主の娘の予定でしたがわたしが立候補して変えて貰いました。替え玉です」
「そんな堂々替え玉言うんでねぇ!!」
「だってマイちゃんは好きな人いたし!」
「それなら仕方ないかぁ!?」
マイちゃんは領主の娘なのかと思うが、そんなことよりなんか勢いに押されて同意してしまったと、頭をよぎるのはいつもオカンに押されてる親父の姿。
てゆーか魔王なんてしてると甲斐甲斐しくされることあってもこんなグイグイ来られることないから耐性がない……!
「まさか親父もこうして城に押しかけてきたオカンに押されて……!?」
「つまりのもしや、お母様は勇者様!?」
「むっ、そうだ! だから俺の嫁に貴様の様な庶民では話にならんのだ!!」
我ながらよくわからない言い訳だと思いながらも言えば、娘は俺の頬に手を当てたまま美しく微笑むと、
「大丈夫です。勇者とは言えませんが……実は聖女です!!」
「は?」
鳩が豆鉄砲でも喰らった様な顔をしてみれば、娘は「あの日は奉仕の露天販売でした」と、それはそれは嬉しそうに笑って、
「だから替え玉だけど、これでも聖女だから魔王様に見合いますよね!」
「聖女は人的にもっと駄目じゃぁねぇか!?」
「ならやはり領主の娘がご希望!? マイちゃん倒してくればいいですか?!」
「更に駄目だぁ!」
「むしろマイちゃんが行くよりも私が行く方が村の人には反対されたけど、無理矢理押し切ってきました!!」
「俺が悪者になるでねか!!」
「それは仕方ありませんね! 魔王たる者多少の悪評は気にしないで下さいませ」
何を無茶苦茶言うとるだぁとその肩を押せばその身がよろりと倒れそうになってしまった。
人に対する力加減を間違えたのかと、慌ててその背に手を回せば、娘はその大きな目を見開くと、今度はゆっくりと閉じて……唇を突き出す。
「待て待て待て待て待て待てぇ!!! なんのつもりだべ!!?」
「はっ…! 違いましたか!? そうですよね……魔王様ともあろうお方がそんなチープなことを望むわけが……」
「脱ぐでねぇ脱ぐでねぇ脱ぐでねぇ脱ぐでねぇ!!!」
立ち上がった今がチャンスだとホールドされた足を抜けて慌てて距離を取ろうとすれば、威厳のためだけにつけてるマントを掴まれて、王座の影に隠れるのが精一杯。
「もっ、もう帰るべ!! 俺ぁ、オカンを見とるから、慎ましく、一歩引いたみてぇなおなごがええ!!」
「むっ、つまり浮気ですか!?」
「浮気も空気もねぇだ! まず結婚も付き合ってすらいねぇべ!!」
「そこは既成事実で……」
「脱ぐでねぇっていっとるべ!!」
ウエディングドレスの肩紐を下ろしているその様子に慌て視線を逸らせば、マントが勢いよく引っ張られて顔が、いや口が彼女の唇に当たれば……開いていた口のせいでその唇が切れてしまう。
「わ……悪りぃ」
悪くない気もするが思わず咄嗟に謝れば、彼女はその舌を出しその口元を拭うと、
「いえ……、むしろギザ歯好きにはご褒美です♡」
「何がぁ!!?」
ずっと理解が出来ないと一歩下がれば王座に当たり、そのまま座ってしまった時、目の前で突然光と闇の魔力が入り混じる。
「ふふっ、既成事実出来ちゃった♡」
魔力が弾け、その中心から現れたのは……サキュバス。
「なっ……!?」
マントを引っ張られてまた台座に座らせられると、その俺の膝の上に座り、妙に艶めかしい姿で節目がちにこちらを見つめてくる。
「魔王である貴方様の体液を、聖女が取り込んだことで魔力反応が起きて、こうなっちゃいました♡」
「なっちゃいましたじゃねぇべ!? どうすんだ!!」
「もうこれは責任を取って貰うしか……」
「なんでぇ俺が!?」
後ろに下がろうにも背凭れが邪魔して下がることも出来ず、ただ目の前のその服と呼ぶには少し烏滸がましい布から、溢れんばかりの乳房から視線を逸らす。
「はっ、恥ずかしくねぇのけ?」
「恥ずかしいですよ……だって先程まで聖女だったんですから」
「聖女さのかけらもなかったけんどな!!」
「あら、聖女の姿の方がお好みですか?」
そう言うと目の前でその服は変わり、ウエディングドレスでもない、聖女の服装へとかわつてゆく。
「ふふっ、出来た」
「で、出来たでねぇべ!?」
聖女としては妙に艶めかしい笑みを浮かべて、俺の膝の上で楽しそうにその指で顎を撫でるように触られれば、
「これであなた好みの女になれます。つまり浮気するなら全てご希望は私が叶えられますわ」
チュッと頬にキスをされ、
「浮気の前に結婚どころか付き合ってもねぇべ!!?」
の、最後の言葉は唇に止められて……。
「責任、取ってくださいね」
そう微笑まれる顔は、今まで見た誰よりも可愛らしく綺麗だと……、気がついた時には思わず頷いてしまってたオラは、魔王と呼ぶには弱すぎる男だと、まだ暫くは親父に現役でいて貰おうと心から思った。
押せ押聖女と、押され押され魔王様(仮)のお話いかがでしたでしょうか??
お楽しみ頂けたなら幸いです〜(^^)




