無心にカレーを作る
僕は鍋の中のカレーをかき混ぜる。
僕の作るカレーに文句を言う奴はいない。
何故なら此処にいるのは僕1人だから。
だから僕は無心にカレーをかき混ぜる。
此処は中学校のグラウンドの地下にある核シェルター。
あの日、僕はクラスの皆んなと学校の屋上で星の観測を行っていた。
学校が少子化で子供の数が少なく自前の学校を維持するより、近隣の街の学校に越境入学させた方が良いと考えた近隣市町の生徒を受け入れるため、街の郊外に建てられていたお陰で街の明かりに影響されず、観測にもってこいだったのだ。
頭上に瞬く夜空を埋め尽くす星々を観測していた時、突然所持していたスマホが鳴り出す。
Jアラートの警告音が鳴りだすと同時に、首都がある方向で凄まじい光が迸る。
光が迸ってから数分後、轟音が響いて来て首都がある方向に巨大なキノコ雲が立ち上がるのが見えた。
皆が呆然とグングン大きくなって行くキノコ雲を見続けていたら、先生が大声で避難するよう指示を出す。
「皆んな! 核シェルターまで走れ! 早くしろ! 街にも落ちる可能性が高いんだぞ!」
そうだった、学校が建っている郊外とは逆側の郊外に国防軍と駐留軍の合同基地があるんだった。
皆んな星々を観測していた天体望遠鏡を放り出し、階段に向けて走る。
先生を先頭に皆が階段を駆け下りて行く。
だけどデブで運動神経0の僕は出遅れる。
1階の廊下を出口に向けて走る僕。
先生もクラスの皆んなも校舎を飛び出し、グラウンドの隅っこに建つ運動用具小屋の脇にある核シェルターの出入り口に向けて、グラウンドを駆けていた。
学校の核シェルターの出入り口は、万が一校舎が倒壊して出入り口が塞がれるのを回避する為に、校舎が倒壊しても巻き込まれないグラウンドの隅っこに作られている。
もう少しで校舎の出口って時に外が眩い光で満たされた。
外に駆け出ると眩い光を直視したらしい何人かのクラスメイトが、目を押さえ叫んでいる。
「見えねぇー!」
「目がー! 目がー!」
そいつらに近くにいた奴が駆け寄って行ったけど、核シェルターの出入り口を開けた先生がまた大声を上げた。
「早くしろー! 直ぐ衝撃波が来るぞー!」
その叫び声を聞いて目を押さえ悲鳴を上げている奴らに駆け寄ろうとした者たちは、踵を返し助けを求める奴らを置き去りにして出入り口に走る。
当然僕も出入り口の向けて走った。
人に構ってる余裕なんて無い。
「早くしろー!」
叫ぶ先生の脇を僕が通ると同時に先生が出入り口を閉めた。
閉めた一瞬後、出入り口が大きく揺れる。
衝撃波が到達したんだ。
2重のエアロックを通り、広間に僕たちは集まる。
先生が広間の機器を操作したら数台あったモニターが外の映像を映す。
グラウンドや校舎の屋上に設置されていた数台のカメラのうち、無事だった物の映像がモニターに映し出される。
校舎自体は無事だったけど窓ガラスは全て無くなってた。
街の中は至る所で火災か起き黒煙を噴き上げている。
そして、まだ戦争は継続中で、首都の先の大都市や国防軍や駐留軍の基地や駐屯地に次々とキノコ雲が立ち上って行く。
ラジオから流れて来たニュースで、僕たちは全世界で全面核戦争が勃発してる事を知った。
皆、此れからどうなるのか? 此処にいれば助かるのか? など不安を口々に言い合う。
ただ僕が不思議に思ったのは、皆が皆、代わり代わり給水器のところに行って水を飲んでいるって事。
仲の良い友達に「飲み過ぎじゃね?」って聞いたら、「なんか無性に喉が渇くんだ」と言う。
核シェルターに避難してから数時間、時が経てば経つほど、先生を含めてクラスの皆んなが身体の異常を訴え始める。
髪が抜ける、鼻血や歯茎からの出血、身体のあっちこっちに鬱血、吐き気を訴え嘔吐する奴、「怠い、疲れた」と倦怠感を訴える者もいた。
クラスの皆んながそんな感じだったけど、何故か僕にはそれらの症状が出て無かったので、食事を作る事にする。
食事を作るって言っても僕のレパートリーは、大好物のカレーだけなんだけど。
シェルター内の食料庫を漁ったらカレーのルーがあったから助かった。
玉ねぎ、人参、それにジャガイモの乾燥野菜も見つける。
それらを使って野菜カレーを作り、カレーが入った鍋と炊飯器を持って、皆んなの所に持って行く。
でも、誰も食べてくれなかった。
先生や仲の良い友達なんかは「せっかく作ってくれたカレーだけど、食欲がないんだ、ごめん」って言ってくれたけど、何時も僕をデブ、デブって馬鹿にしてた奴らには「匂いを嗅いだだけで気持ち悪くなる、持って来るな、近寄るな」って言われ、その他の奴らは声も出さずに手振りや身振りで拒否する。
でも、見ているだけで分かる、皆の体調がドンドン悪化しているのが。
うわ言を口にする奴、核シェルターに逃げ込む時に見捨てた友人の幻影を見ているのか、繰り返し謝罪の言葉を呟く奴。
そして核シェルター生活2日目の夜、最初の死亡者が出る。
そいつを皮切りにクラスの奴らは次々と亡くなって行く。
最後の奴が息を引き取ったのは、核シェルター生活5日目の朝だった。
それから2週間、僕は1人核シェルター生活を続けている。
此の学校の核シェルターは恒久的核シェルターじゃ無い。
原発事故や精々限定核戦争にしか対処できない。
限定戦争や事故なら、半年くらいシェルターに籠もっていれば助けが来るだろうって考えての事。
食料は元々全校生徒と教職員に近隣の住民を含めて約500人が、1日2食で半年籠もってられるだけの備蓄がある。
だから僕1人なら100年以上籠もっていられるんだけど、シェルター内の灯りなどに電気を供給している蓄電池は、どんなに節約しても1年くらいしかもたないだろうな。
でも……、でも……、1年なんて必要無いみたいだ。
だって、僕も2週間程遅れてだけど、皆んなと同じような症状が出て来てるから。
脱毛に鼻血、歯茎からの出血、倦怠感などがだ。
でも僕は食い意地が張ったデブ、皆んなは何も食べずに死んだけど僕は違う。
最後の最後まで大好物のカレーを食べて、食べて、食べて、食べ続けようと思ってる。
だから僕は今、無心にカレーを作っているんだ。