前編・生きて
情報の海に漂う、さまざまな「投稿」は今日も感情に溢れて、寄せては返す。
その「投稿」は真か嘘か。時勢によって波風はうねり、容易く他人を、自身をも呑み込んで。
たかが「言葉」、されど「言葉」よ、他人を励まし、時に傷つけるものよ。なぜ、今わたしたちはこんなにも悪意に見える言葉に敏感なのか……
(たぶん、自分が知ってる悪意に当てはめて、自分への言葉として受け取ってしまうからか)
通勤時間、朝のルーティンとなっているSNSのチェック。追いかけているネット小説の更新があれば読んで、天気予報は─ああ、干してきたのにやばいかも?お日様信仰強めにしたらなんとかなるかな。って占い結果わるっ!?待て。他の星座の人も同じ空の下だ、つまり雨になる・ならないの可能性は運ではなく…天気予報の精度だな!うん!除湿乾燥機があるさ!
(せめても、お日様信仰を投稿するか。あとは今日の残業の絶拒の望みを。うん、つぶやくのはわたしの自由だ)
フォロー先から流れてくる推し関連情報を見つつ、少ないけれど自分の投稿への反応も見て、今日もスクロールが止まらない。
二次元推し関連のフォローが多いけど(嫁は減らない。増えるものなのだ)最近は動物保護に関連するものも増えた。動物関連の投稿には心が痛むこともあるけれど、彼らの現状を知るためのひとつの手段として、国の垣根を越えるSNSは便利だと思う。
ある動物の保護団体の投稿に対するコメントが目にとまった。特別に良いことが書かれていた訳ではない。ただ元気に回復することを祈るものだった。だけどきっとこの言葉はこの人の素直な、心からの言葉なのではとそんな風に思えるコメントだった。
ふと、改札近くの人だかりの向こう。わめくような大声が嫌な予感を抱かせるものに聞こえた。
人生は何が起こるか分からない。よく聞くけれどまさか、こんな。──どうしてじぶんに。
向こうから飛び出してきたサラリーマンは両手を振り回している
周囲の何もかもを振りきらんと、彼の表情から見てとれた
ああ、どうしてこっちに
いつもの駅なのに
にげようとしている?
ああ、階段をおりようとしているのか
いつもの駅なのに。駅についたからわたしはここまで階段をのぼって。
階段はまだすぐうしろだった
改札をでればいつもの。だけどああ、うしろは階段なんだ
階段、なのに
どうして わたしが つきとばされたの?
走馬灯であったのかはわからない。
落ちている中、視界は淡く白みがかり滲みながら光っているように思えた。
だからその光の中に思い出が映っていたのなら、きっと。
嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったことでも苦しかったことでもいい。
ああ、もう二度と見れない。
これまでのわたしの人生がそこにあったのだと、信じたい。
最期にでたのは、ため息だった─気がした。
▽
▽
▽
▽
─気がつけばまっ白な、どちらを見ても果てが見えない、不思議な場所に居た。
(影がないじゃん。もしかして浮いているとか?えっほんとに浮いてる?えっ高所恐怖症はどこにいった自分)
急に『声』が聞こえた。
『浮いてないけど、だいしょうぶ』
いまの『声』はどこからですかとか、いまの『声』って男性?女性?ジェンダーレス?とかちょっとよく分からなすぎるけど
(もしかして、神様ですか?)
『ちがうけど、だいじょうぶ』
(あっ違いましたか、すみません)
『だいじょうぶ、話をしよう』
(お話ですか)
『そう、君は死んだから』
さっきから思ってたけどあんまりにも率直だな。ああ、やっぱり死んだから影がなかったのかーとかぼんやり思いながら『声』を待つ。
待つ。…いや沈黙長めですね!
(あの、お話とは?)
『そう、話そうね』
レスは早いな!?もしやこちらから話しかけないと会話発生しない感じですか?
(えーと、どんな話題でも大丈夫ですか?)
『うん、だいじょうぶ』
言質はとったどー!!
(では、うちのハムちゃんについて!めちゃんこ可愛いんですよ!)
『可愛いの?はむちゃん?』
(ハムスターっていう動物で、一人暮らし寂しすぎて同居してもらってます!名前は…あれ?名前は…)
『名前は、だいじょうぶ。どのくらい可愛いの?』
そうか、名前はなくてもだいじょうぶなのか。
なぜだろうとも思ったが、ただすとんと納得した。
(存在のすべてですよ!ネズミ、ネズミとよく言われますが、そうですネズミのゴールデンハムスターですよ!ほわほわの毛の手触り、この手の上にのるあたたかい体温、つぶらな瞳、まだ入れるのかい?な頬袋、巣箱に持ち帰り防止でケージ越しにあげるスティック野菜が、自分の手に落ちてこない苛立ちにあげるヂィッの鳴き声も!ペットとしては、寿命は、決して長くはないですが)
『そうなんだ、そのこはなんさい?』
(一歳半くらいです。個体差はありますが、寿命の半分くらいになったかも。ああ、でも飼い主のわたしが先に死んじゃった、申し訳なさすぎる)
『仕方がないことは、仕方がないよ』
(言わんとするところは分かる気がしますが、それにしたって…いや、もうどうしようもないのか)
(あのー、ちなみにわたしは死ぬべき定めの時以外で死んじゃったとか、そんな感じだったりします?)
『?寿命は、みんな寿命だよ』
(なろう的展開はなかったんだ。そういえば、神様じゃないんでしたね。もう、終わりなんですね…)
『寿命だからね、まだお話はあるよね?』
(やっぱり懺悔とかなんか、した方が良いんでしょうか?)
『ちがうよ。あなたのお話をしよう』
(なんでもいいんでしたよね、なんでも。えー、わたしはそんなに話上手ではなく…生い立ちとかでもいいんでしょうか?)
『うん、聞いているよ』
(そうですか、では!まず、わたしの生まれた季節は──)
まっ白な空間に、不思議にすぎる『声』。
自分の名前も思い出せないみたい。だけど怖くはない。だから話そう、わたしは生きてきました。
話すことはまだまだ、沢山あるのだから。