【第29課】ユメ、ヤラカシテ シマイマシタ
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──王都ミルフィア 中央広場・朝市
「おばちゃん、このカゴ盛り、めっちゃ安い〜!ナスもピカピカじゃん。買いでしょ、これは」
ユメは今日も異世界コーデでキメて、朝市をひとり闊歩していた。
異世界生活にもすっかり慣れ、買い物は週末のルーティン。まるで原宿感覚だ。
「やっっば! このネコ耳マント、かわいすぎん!? これは……買いでしょ〜!」
ユメは、露店に並ぶファンタジーアイテムの中から、ネコ耳がぴょこんとついた黒マントを抱きしめるようにして手に取った。
「……クーニャに絶対似合うわ、これ」
すぐそばで、クーニャが甘い焼き菓子をほおばっていた。
「ん〜? ユメセンセ〜、ナニ買ったの?」
「見て見て!これ!ネコ耳マント!つけたらもっとカワイイにゃんこ爆誕でしょ〜?」
「え〜!? クーニャもう耳あるのに、さらに耳!? ダブってるじゃん〜!」
「それがよきなのよ!重ね耳、ギルティカワイイってやつ!」
「なにそれ〜〜〜!」
笑いながら、ふたりはマントをクーニャに羽織らせて記念撮影。市場のあちこちから微笑ましい視線が送られてくる。ユメの異世界ライフは、意外と順調だった。
「ふふん、明日の授業もアタシが仕切るからね。……まじ、乗ってきたって感じ!」
そんな彼女を待っていたのは――油断大敵の展開だった。
◆
──教室
「おはようございますっす! 今日の文法は、“ジドウシとタドウシ”、それと“〜テ シマイマス”っス!」
黒板にはいつものギャル文字とキラキラ装飾で文法が書かれている:
・本ガ オチマシタ。(ジドウシ)
・本ヲ オトシマシタ。(タドウシ)
・カバンヲ ワスレテ シマイマシタ……
「ジドウシってのは、モノが勝手に動くってカンジ〜! タドウシは、人が何かを動かすやつね!ここの違い、マジで大事!」
「“人ガ オトス”ガ タドウシ、“モノガ オチル”ガ ジドウシ……?」とセイア。
「そゆこと!たとえば……」
ここでユメが、机の上にあった辞書を手に取った。
「じゃ、実演いきまーす! いまから、“本ガ オチマシタ”をやってみせるね!」
彼女は黒板前の机に辞書を置いて、慎重に手を離した――
だが。
ズルッ!!
「きゃっ!? うわああああ!!」
ユメは床にあった魔石の欠片を踏んで、バナナの皮並みに派手にすっ転んだ。辞書は宙を舞い、グシャッとユメの頭の上に落下。
生徒たちは一瞬静まりかえる。
「…………いてて……ああ〜〜〜、やっちゃった〜〜〜〜……」
教室が静まり返った。
「え〜〜〜〜!? 今、“オチマシタ”をやるはずが、アタシが“オトシマシタ”になっちゃったんだけど!? ガチミス!!」
「……それが“オトシテ シマイマシタ”ですね」
ユウトが教室後方から静かに言った。
「先生、いまの例文、完璧すぎました……」
ヴァイスも真顔でうなずく。
「まじで!? アタシ、体張りすぎじゃない!?」
◆
──授業後半
ユメは膝をさすりながら立ち上がった。
「てことで、仕切り直しッス!今の動き、モノが落ちるのが“ジドウシ”、誰かが落としたのが“タドウシ”ってわけ!あたしが“オトシタ”って言うと、自分の責任になるやつ〜!ある意味いちばん刺さる例文ね!」
「……まさに身体で学んだ感じです」ヴァイスが淡々と。
「で、“〜テ シマイマス”は、ガチやらかした時とか、ショックな時に使う。たとえば〜……」
リリィが手を挙げる。
「“ジュース ヲ コボシテ シマイマシタ……”」
「よき例文〜!それ、まじ生活感あってリアル〜〜!」
「“こぼして しまったら、センセイ ノ プリント ガ ヌレテ シマイマシタ……”」とグンゾ。
「え、なんか既視感!?それウチの話!?」
ユウトも口を開いた。
「『鳥』と『烏』ヲ マチガエテ カイテ シマイマシタ……”」」
「え〜〜〜っ!? それちがうの!? マジで!? ウチもソレ同じ字やと思ってたんだけど!?」
「……ちがいます。“鳥”は、からだの中に“日”があって、“烏”は“目”が黒くて見えないので……」
「え〜〜〜!? じゃあ、“カラス”は、目がないの!?アイツ ソレで飛べるん すごくね?」
「いえ、それは……ちょっと違いますが……」
クーニャが手を挙げて元気よく言う。
「“ユメセンセ〜の マントに チョコ コボシテ シマイマシタ〜!”」
「……え、は??? ちょ、待って!? それ、さっきのチョコパン!? え、アレ私のマントだったの!? え〜!? しょっく〜〜〜!!」
「……ちゃんと ふいたよ! ほら、あじ しない!!」
「ふいたかどうかじゃない〜〜〜!」
そして、セイアが少し恥ずかしそうに言った。
「……“マホウ ノ アカリ ヲ ケシワスレテ、ヘヤ ガ モエソウ ニ ナッテ シマイマシタ……”」
一同「えっっ!?」
「えっ!? それ、“シマッタ”じゃなくて、“オワッタ”じゃん!? コワすぎ!!」
「……すみません。“ショウメイの マホウ”、消すのを わすれて……本棚が、ちょっと……」
「こわいこわいこわい!!マホウ ナメたらアカンやつ〜〜〜!」」
生徒たちの例文は、どれもそれぞれのキャラらしさが滲み出ていて、ユメは嬉しそうにうなずいた。
「みんな、 “〜テシマイ カタ”(失敗の仕方)に個性ありすぎ〜〜〜!」
笑いと共感の渦が教室に満ちていた。ユメの失敗から始まった授業は、むしろ深く心に残っていた。
◆
──アジト(共同準備室)
授業後、タカシがコーヒーを差し出す。
「ほら、お疲れ」
「は〜〜〜、マジでやらかしみが深かった……黒歴史確定なんだけど……」」
ユメはネコ耳マントを頭にかぶり直しながら、ため息をついた。
「でも、すごく良い授業だったと思うぞ。リアルだったし、言葉が“生きて”た」
「てか、アタシの転倒が“教材”にされた件ね」
「“ユメ、コケテ シマイマシタ”って、もうテストに出そう」
「やめてぇぇ〜〜〜!!」
二人は笑いながら、プリントを片付けていく。
「でも……ちょっとずつ分かってきたかも。先生って、“失敗”も使って教える仕事なんだね」
「そう。“成功”だけじゃ、言葉は届かないこともある」
「……よき。それな〜〜〜」
ユメの言葉が、アジトの空気にふわりと溶けていった。
──今日もまた、転んで学ぶ。
異世界ニホンゴ教室、ユメの先生道は続いていく。
──つづく。