【第28課】トモダチ ダシ、タノシイシ、カワイイ!
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──ロイヤル・アカデミー寮 東棟・共同準備室(通称:アジト)
ここは、教師寮の一角にある共同スペース。 元は使われていなかった物置きだったが、今では“アジト”と呼ばれ、タカシとユメが授業準備に没頭する秘密基地のような空間だ。
この学園に来たばかりの頃、タカシはアカデミー地下の小部屋に一人で暮らしていた。 だが初級コースが一区切りを迎え、寮の一棟が空いたことで、今はそこに引っ越している。 隣の部屋には、いつの間にかユメも住み始めていた。必然的に二人が一番会いやすいこの共同スペースが授業準備やユメへの打ち合わせを行う “アジト”として定着し始めたというわけだ。
壁一面に貼られた文法ポスター、床に散乱したプリント類、積み上がった参考書。 ソファの背にはユメのパーカーが脱ぎ捨てられ、椅子の肘掛けにはショッキングピンクのヘアバンドがかかっている。 中央の机には、食べかけのドーナツとタカシの書いた板書メモ。 そんなカオスな空間だが、二人にとってはもう“自分たちの教室”だった。
「センセー、マジで次、あたしメインで授業やんの? ぶっつけ本番はキツくない?」
「準備期間は充分あったろ。教案も読んだ。説明も練習問題も、お前なりによく考えてる。やるしかないな」
壁には文法ポスター、机には“語学教授法入門”の本。タカシの字で書かれた板書メモが散らかっている。
「でもさー、あたし、教師っての、なんかピンと来ないんだよね。生徒側の気持ちのほうがまだ分かるっつーか」
「……分かるよ。でも、お前も知ってるだろ。あのナヴィって巫女に言われたんだ。“ふたりで教えることが、門を開く”って」
ユメが、少しだけ真剣な顔になる。
「……それ、マジでなんかの伏線だったりする?」
「……あいつの言い方的に、ほぼ確定だろ」
──ふたりの教師。ひとつの教室。今日が、その“本当の始まり”だ。
◆
──教室
「お、おはようございますっす! えっと、今日はワタシが授業を……します!」
緊張のあまり、ユメの言葉遣いが迷子になっていた。
「28課の文法は、“〜ながら”と、“〜し、〜し”ッス!」
黒板には、ユメのギャルっぽい丸文字とキラキラした強調記号で文法が書かれていた:
・タベル → タベナガラ
・ オンガクヲ キキマス → オンガクヲ キキナガラ
・ 『〜シ、〜シ』:リユウ トカ、イロイロ アルカンジ〜!?
モヤッと いいたいトキ ニ、ベンリッ!
「これはね、“ふたつのこと”を同時にやる、って感じッス! たとえば、『タベナガラ テレビ ミマス』とか〜!」
(おお、ちゃんと説明できてる……)
タカシは教室の後ろから、そっと見守っていた。
「じゃ、次、“〜シ、〜シ”ッスけど〜……コレ、説明ムズくね? とりま例出すわ」
「こないだマルヨンで買った服、超カワイイし、スニーカーもイケてるし、バイト終わったあとで疲れてるけど元気だし〜、ってカンジ?」
「それって、 “カワイクテ”とかの “〜テ”と同じ意味ですか?」とセイアが手を挙げる。
「うーん、なんか似てるっぽいけど、ちょい違う感じ?……ん〜、じゃあもっと出すわ! スキだし〜、オシャレだし〜、なんかイイ感じだし〜、ってさ!」
「……ナゾデス」ヴァイスが冷静にツッコむ。
タカシが助け舟を出す。
「なあユメ、“〜シ、〜シ”って言ってるとき、お前はどういう気持ちなんだ?」
「ん〜〜と……スキだし、ラクだし、今日の服イケてるし、テンション高いし〜……って感じ?なんか “ひとつに決めきれない”ときに使ってるかも?」
「そうか。じゃあ生徒のみんなも、自分で例を出してみてくれ。判断しよう」
「アノネ!」とクーニャが前のめりになる。 「ユメセンセ〜ハ、 トモダチ ダシ、タノシイシ、カワイイ!」
「OK、クーニャ マジ神!次のテスト100点あげる!」
続いてリリィが少し困った顔で言う。
「ユメ先生は……うるさいし、ハデだし、でも……たのしい」
「え、あたし、そんなにハデかなぁ〜! でも文としてはイイ感じ!」
グンゾが真顔で言う。
「カーチャン ノ ゴハン オイシイシ、カライシ、サイコー!」
「うん、それもいいね!ってかグンゾー辛いの好きなんだ。イメージ通りすぎんだけどウケるw 」
そのとき、ユウトが言った。
「アノ ピザヤ、オイシイシ、ゼッタイ タベテクダサイ」
ユメがピタッと手を止めた。
「……あ、それはちょっとヘンかも!」
「エ? ドウシテ デスカ?」
「えっとね〜、“オイシイシ”って言い方だと、“他にも理由ある”って雰囲気になるんだけど……“ゼッタイ タベテ”って強くオススメするときは、“理由はコレ!”って、はっきり言うじゃん?」
「……つまり?」
「“〜シ”ってね、理由を“ぼかす”っていうか、“他にもあるよ〜”って雰囲気出すんよ。だから“ピザヤ、オイシイ 『カラ』ゼッタイ タベテ!”ならOK。でも“オイシイし、ゼッタイ食べて!”はちょっと不自然。なんか、モヤッとする!」
セイアが口を開いた。
「ナルホド。“〜シ”ハ、“つづく”感。“ハッキリ言い切る”時には合わない。」
「まさにそれ! “オイシイシ……”って言った時点で、“まだ何かある”って期待されるから、ひとつだけの理由で言い切りたいときは使わない!」
ユメは、黒板に丸文字でこう書いた:
・『〜シ、〜シ』は、
・「いろいろある」「まだ続く」感 → ハッキリは言わない!
セイアが静かに指を立てる。
「音ノ話 デスガ……“デス”ハ、“ス” で言い切る。終わりの音。“〜シ……”は、音ガ“ゆるい”。続きを 感じさせる」
タカシが驚いたように頷く。
「面白いな……“音の終わり”で、話の“空気”も変わるのか」
「うんうん、なんか“〜シ”って、全部説明しないで“なんか分かって〜”って感じ!」
「“感覚”の文法か……」
「まさにギャル語ってやつッスね!」
笑いが教室に広がった。
◆
──アジト(共同準備室)
授業後、ふたりはいつもの場所に戻ってきていた。
「ふ〜……マジ疲れたんだけど」
「でも、よく頑張ったな。最初の頃に比べたら、教えるってことがちょっと分かってきたろ」
「うん……失敗もしたけど、なんか、生徒が自分の言葉で話してくれると、めっちゃ嬉しいね」
「“〜シ、〜シ”って、お前そのまんまの文法だったからな」
「えっ、どゆこと?」
「『ユメはチャラいし、うるさいし、でも楽しい』ってやつだよ」
「……え、うるさいって思ってたの!?」
「いや、褒めてる。“でも楽しい”から、帳消しだ」
「プラマイで言えば……プラってことでOK?」
「まあな」
「じゃあ……“タカシセンセーは、マジメだし、優しいし、顔はフツーだし”ってことで?」
「最後の余計!」
──笑い声が、“アジト”に響いた。
次の授業も、ふたりで。
まだティームティーチングは始まったばかり。
──つづく。