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【第27課】 “キケル"? “キコエル”? 〜セイアがとらえた“コエ”〜


──朝。教師寮の廊下。


「ねぇ、せんせー! この“魔導湯沸かしポット”借りたんだけど、アレって水いれる“前”にスイッチ押すんだっけ?」

「いや、逆だ逆!っていうか壊すなよ、それ魔導店で取り寄せたばっかなんだから!」

金属と水晶でできた湯沸かし装置が、ボコボコと音を立てながら湯気を上げている。

そもそもユメがこの教師寮に住んでいるのは、偶然でも不法侵入でもない。 異世界に来てから行き場を失っていた彼女に、タカシが宿舎の案内をし、寮長にも事情を話して正式に入寮を許可してもらったのだった。


……が、本人はそのあたりの経緯をまったく気にしていない。


「ってか、ここの壁、めっちゃ音“聞こえる”んだけど〜。昨日、せんせー夜中に“みんな がんばれ”とか独り言言ってたよね? キモっ☆」

「……それは授業の教案をだな……」



──職員準備室。


分厚い本が何冊も積まれた机で、ドラン=ザ=スケイルがゴツい指でペンを動かしている。その背中は岩のように硬く、今日も黙々と古い写本の「カンジ」に見入っていた。

「む……この“耳”というカンジ、耳の形に……似ているような……似ていないような……!」


ドランはリザードマンの教師で、元は王国軍の武術指南役。いまは“文献読み取り”の専門家として、この学校で古代語の解読や記録保存を担っている。最初は俺の教え方に批判的だったが、今では互いにリスペクトし合える関係だ。


隣の机ではミネル=シェリアが、色鮮やかな羽根飾りを揺らしながら笑う。

「そんなににらまなくても、字は逃げないわよ。ドラン先生」

「う、うむ……だが、“聞”と“問”の違いも奥深くてな……」


ミネルは妖精族の女性教師で、専門は詩や古文の韻律解析。教員室ではいつも穏やかな雰囲気で場を和ませてくれる姉御的存在だ。異世界生活に慣れなかった俺を、最初に気遣ってくれた人でもある。


そのミネルに髪を編まれながら、ユメが朝の紅茶をすすっていた。

「ミネセンってさ〜、ホントに美容師とかできそうだよね〜。ギャルヘアのことも分かってる感じだし」

「ふふ、こういう繊細な作業、好きなのよ。あなたの髪、扱いやすくて素直ね」

「マジ〜? ミネセンにほめられた〜☆」


すっかり馴染んでいる……ように見える。


そのとき、音もなく 現れたのは、作務衣をまとい、長身で痩せ型、無言で佇む男。

「……拙者、掃除に参上つかまつった」

彼の名はクラン=スィグリット。 霧森系エルフ族の用務員。無音で移動し、落書きも汚れも“気配”で察知するという超一流の清掃員。 俺がこの学園に入った時からいたが、基本接点はほぼなかったので会ったら軽く挨拶する程度。しかしユメが来てからは少し口数が増えた……気がする?


──教室


「よーし、今日の文法は“可能形”だ!」 タカシが黒板に例を並べる。

「“タベル”は“タベラレル”。“カク”は“カケル”。こんな感じで、“できる”って意味になるんだ」

・タベル → タベラレル  

・カク  → カケル  

・ハナス → ハナセル  

・スル  → デキル


「〜コト ガ デキマス」と同じ意味だけど、文の形が変わるから、会話ではよく使うぞ。


「コトガデキマス、18課で出てきましたよね」ユウトが手元の『初級Ⅰ』を素早く開いて見せる。


「おっ、さすが文法王」タカシが軽く笑いながら言うと、すかさずユメがかぶせる。

「ってかユウト、今度ウチにも文法教えて〜。タカシせんせーの説明わかりにくー」


「よーし、説明はこのくらいにして、今日は面接ロールプレイだ!」

タカシが手を叩いて切り替える。


「面接官と応募者に分かれて、いろんな職業で“〜デキマス”を使って自己PRしてみろ。ウソ職業もOKだぞ!」


──ロールプレイ:異世界企業の面接ごっこ


(グンゾ×ヴァイス) 設定:グンゾの村に新しくできた「鉄肉カフェ」の調理師面接

グンゾ(面接官):「アナタ、“ニクヲ ヤク コト”ガ デキマスカ?」

ヴァイス(応募者):「ハイ。“タイヨウ コンロ”デ モ、“アツイ イワ”デ モ、デキマス!」

グンゾ(面接官):「オオ、それハ イイ。“レア”ト“ミディアム”ノ チガイ モ ワカリマスカ?」

ヴァイス(応募者):「モチロン。“チ”ノ ニオイ ガ カワリマスカラ」

グンゾ(面接官):「ヨシ、サイヨウダ!」

(エルフって肉を食わないと思ってたんだがあれはファンタジーだけなのか・・・?)


(リリィ×セイア) 設定:魔法動物の世話係面

リリィ(面接官):「コドラゴン ノ アタマヲ ナデラレマスカ?」

セイア(応募者):「……ハイ。ミズアソビ シテイル トキ ナラ」

リリィ(面接官):「え、それでホントに大丈夫なの!?」

ユメ:「お風呂で怒るドラゴンとか、ちょっと見てみたい〜☆」

セイア(応募者):「ユメセンセイ ノ ホウガ……アブナイ」

(いつの間にかユメが面接に参加している・・・!?)


(ユウト×クーニャ) 設定:図書館整理のバイト面接

ユウト(面接官):「“カンジ”ヲ ヨメマスカ?」

クーニャ(応募者):「ムリ〜。ダケド、センシュウカラ アサ 10ジニ オキラレマス♪」

ユウト(面接官):「(先々週は何時に起きていたんだ……)……ウーン、フテキカク デスネ……」

クーニャ(応募者):「ア〜!“フテキカク”ノ イミ、ワカラナイケド、キズツク〜!」

(文脈で “フテキカク” が否定の意味だと理解した推測能力は評価できるんだけどな。)


ユメ:「よっしゃー、じゃあ“たいやき工房”で採用試験ってことで〜、あなた、アタマ カラ アンコ イレラレマス? イレレマス? あれ? ニホンゴマジ無理なんだけど〜。」

タカシ:「……見事に「ら抜き言葉」にはまってるな……。」



──授業後半:知覚動詞


「さて、ここからが本題だ。 “ミル” “キク”には通常のカノウケイと違って、 “ミエル” “キコエル”という形もある。」

・ミル → ミラレル / ミエル  

・キク → キケル / キコエル


「この“ミエル”“キコエル”って、ちょっと特別な可能形だ。じゃあみんなに聞く。たとえば、“キケル”と“キコエル”って、どう違うと思う?」


ユウトが真っ先に手を挙げる。

「“キケル”は、自分で注意して聞くとき。ラジオのニュースを聞くとか」

「いいぞ、ユウト」


ヴァイスも続く。

「“キコエル”は、音が勝手に耳に入ってくる。たとえば……風の音とか?」


「なるほどな。じゃあ、“クラスメイトのヒソヒソ話”が耳に入ってくるのは?」

「……キコエル!」とリリィがすぐに返す。


「オーケー!聞きたくないものも “キコエル” 勝手に入ってくるイメージだな」


「でしょ! わたし耳いいから、セイアの小声も全部──」

「キコエナイデクダサイ……」とセイアが小声で返すと、教室が笑いに包まれた。


「じゃあ、ちょっと違う角度で聞こう」

タカシはふと、セイアの方を見た。


「セイア。そういえば前に、お前はずっと昔、過去に俺の “コエガ キコエタ”って言ってたな。あれって、自然に入ってきた感じだったのか? それとも、自分で“聞こう”と思ったのか?」


セイアは少しだけ考え、首を振る。

「……キコエタ、ノハ……なぜか、わかりません。でも、あの時は自ら聞こうとはしなかった。でも、ここに届いたんです。」


彼女は胸の辺りを、そっと押さえた。

タカシは頷く。「……そう。それなら、やっぱり俺の “コエ ガ キコエタ”だな。」


そのとき、ユメが唐突に叫んだ。

「えっ、じゃあ、ウチの過去の声も“キコエル”? マジどんな声なんか気になるんだけど〜」


セイアはユメを見つめて、口を開いた。

「……ユメセンセイ ノ コエ、“キケル”ケド、“キコエナイ”」

「……え? なにその哲学……」

「……オトハ、アル。ダケド、“ナカ”ニ ハイッテ コナイ」


一瞬、教室の空気が止まった。タカシも言葉を失う。


(──音はある。私は能力として “キケル” でも、心には届かない。だから、 “キコエナイ”。)


それはセイアの“感覚”であり、もしかすると“危機感”でもあるのかもしれなかった。


ユメはしばらく黙ったあと、いつもの調子で両手を上げて叫ぶ。

「よしっ!じゃあ今度は“心に届くギャル語講座”、開講するしかないっしょ☆」「目指せ全員バイブス開通〜!ついてこれる人だけ来てください♪」


そのノリに、生徒たちから一斉にツッコミと笑いが起きた。

「無理です!」「ギャル語ムズカシイ!」「バイブス!? まだ習ってない言葉だ!」


だがセイアだけは、やはり笑わなかった。


タカシもセイアの表情が気にはなったが、このときはまだ深く考えなかった。


(……ユメセンセイ ノ コエ、“キケル”ケド、“キコエナイ”)


この言葉の本当の意味がわかるのは、もう少し先のことだった。


──つづく。


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