【第26課】 “〜ンデス” =なんか聞いてほしい感
◆
──初級IIコース、初日。
教室に張りつめるような緊張が漂っていた。 生徒たちは、再会の喜びもそこそこに、前の席へと静かに着いていく。
そんな空気を、一発でぶち壊したのが──
「ちょいちょい、みんな元気〜? 異世界初☆ギャル先生、爆誕〜っ!!」
天羽ユメ。
金髪ポニテにメッシュ入り、制服は崩しまくりで、スカートの下に黒ジャージ。どこからどう見ても異世界に馴染まない。
そして、生徒たちは──
「……?」 「今、なんて?」 「せ、先生、あれ……ニホンゴ、ですか?」
案の定、全員ポカンとしていた。
「え、ウケるんだけど。うち、天羽ユメ。てか、JK2で〜す♪ よろしくっ!」
「よ、よろしく……?」
……沈黙。
生徒たちは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
クーニャだけが「オオ!カワイイ カオ スゴイー!」とはしゃいでいる。
「ちなみに、彼女の“ニホンゴ”は……ちょっと特別なんだ。ユメ、言ったよな? 授業では“練習用のニホンゴ”だけ。説明は“この世界のコトバ”でやるって、ちゃんと約束したろ?」」
「え〜? ハイハイ、言われた気はする〜。てか、ノリでわかるっしょ」
この異世界で俺たちは普通に “異世界語”なるものを完璧に使いこなせるようになっている──というより耳と口に自動翻訳機能がついている感じだ。
しかしあえてこちらから “ニホンゴ”で話そうとすれば話せる。授業では文法解説は “異世界語”、例文を読んだりリピート練習などは “ニホンゴ”と使い分けてきたのだ。
(ユメには何度も言っておいたんだけど、まあ、いずれ慣れてもらうしかないか。)
タカシは深いため息をつきながら黒板に向き直る。
「じゃあ気を取り直して……今日から“初級Ⅱ”コース、26課はじめるか!」
◆
教室の空気が少しずつ引き締まり、いつもの授業の雰囲気に戻っていく。
「まずは今日の文型、『〜ンデス』。この表現は、“事情の説明”や、“気持ちを込めた質問”に使われる」
「ドウシマシタカ? → ドウシタ“ンデスカ”?」 「ナゼ オクレマシタカ? → オクレタ“ンデスカ”?」
「『〜ンデス』がつくことで、“理由を聞きたい気持ち”や“相手に寄り添う感じ”が出る、ニホンゴ特有の文法表現ってところだな。ちなみに前にやった普通形で話す時は「ドウシタ “ノ”?」ともなる。」
「せんせー、うち、それ聞いたことある! てか、“マジでやばいんですけど〜”ってやつでしょ?」
「そう……いう使い方も、なくはないけど、誰もわからんからそういう例文はやめてくれ。」
「へーい☆」
◆
ペアワークが始まる。
タカシは教室を巡回しながら、生徒たちの様子を見て回る。
(リリィ×ヴァイス)
リリィ:「ワタシ……アサ、ネボウシタ“ンデス”」
ヴァイス:「ネボウ? アナタ、ヨル オソクマデ、ベンキョウ シテタ“ンデスカ”?」
リリィ=フロリーナは竜神族のしっかり者。幼い見た目とは裏腹に頑張り屋さんで、ノートには毎回びっしりと例文が書かれている。
一方のエルフのヴァイス=アルセリナは、高貴な見た目でちょっと近寄りがたいが、会話練習が大好き。ロールプレイなどはいつもノリノリで演じてくれるムードメーカーでもある。
(ユウト×クーニャ)
ユウト:「クーニャノ フク マタ ヨレヨレ ナ “ンデスネ”……?」
クーニャ:「エヘヘ〜、キノウ コノママ ネチャッタ“ンデス”♪」
ユウト=カンジは、分析好きの魔導オタク。語彙と文法、そして名前の通り漢字にも異常に詳しい。
対して猫耳獣人のクーニャ=ベルンはドーナツとお昼寝が好きな感覚派。普段は宿屋で働く看板娘だが、制服=普段着スタイルで今日もヨレヨレ。
(グンゾ×セイア)
グンゾ:「アタラシイ センセイ カミガ ナガイ“ンデス”」
セイア:「……グンゾ、それ、事情 ノ セツメイ ジャナイワヨ。疑問ニ シテミタラ?」
グンゾ:「ソウカ。ジャ、ドウシテ カミガ ナガイ “ンデス”カ?」
グンゾ=アイアンベルクは豪快なドワーフ職人。あまり文法は得意ではないが、「ゾウハ ハナガ ナガイ」の文型だけはなぜか得意ですぐに例文に入れようとする。
セイア=ミレシェルは詩を愛する水霊族で、いつも冷静。クラスでは貴重なツッコミ担当だ。
ユメはというと、生徒の間に勝手に混ざり、「えー、なになに? どこでナンパされたんですか〜?」などと笑いを取りつつ、半分くらい混乱させていた。
すると──
「先生」
ユウトが手を挙げた。
「“〜ンデス”って、使っても使わなくても意味は変わらないんじゃありませんか? それなら、なぜ必要なんですか?」
……痛いところを突かれた。
「そ、それは……そうだな……」
返答に詰まるタカシ。その時──
「えー? なんか“聞いてほしい感”って感じじゃない?」
ユメの気まぐれな一言だった。
「たとえばさー、友だちが元カレと別れたって話しててさ、『エ、ナンデ ワカレタ!?』って聞くと、なんか冷たくない?「ナンデ ワカレタ“ノ”?』って言うと、“ちゃんと聞いてあげる感”出るじゃん?」
だが、それがヒントになった。
「──そうか。“〜ンデス”は、ただの情報じゃない。これは、相手との距離を縮める、一歩踏み出す言葉なんだ」
そう気づいたタカシは、改めて説明する。
「“〜ンデス”は、情報を共有するためだけじゃなくて、“気持ち”を届けるための表現なんだよ」
ユウトは少し目を見開いて、静かに頷いた。
リリィも呟く「ナルホド。“キク” ノ トキ、“ココロ” ツカウ……」
その後の練習は、ぐっと表現が豊かになった。
グンゾは「セイア、“ウタ”ウマイ“ンデスネ!”」と何度も距離を詰め、セイアは若干引き気味に「グンゾ、マイニチ……オナジ セリフ、イッテル“ンデス”」と返す。
ユメはいつの間にかペアの席に混ざっていて、「え、なにその告白フレーズ〜!マジ、バイブス高っ!」などと茶々を入れていた。
タカシは、苦笑しながらも、心の中で呟く。
(……なんとか、最初の授業は乗り切ったな)
多少ぶっ壊れていても、彼女の“言葉のセンス”は本物だ。
現代ニホンゴの最前線を生きてるギャル──ある意味、俺より教師向きかもしれない。
教室のざわめきと笑い声の中、新たな「初級Ⅱ」は、にぎやかに幕を開けた。
――つづく