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【第26課】 “〜ンデス” =なんか聞いてほしい感

──初級IIコース、初日。


教室に張りつめるような緊張が漂っていた。 生徒たちは、再会の喜びもそこそこに、前の席へと静かに着いていく。


そんな空気を、一発でぶち壊したのが──

「ちょいちょい、みんな元気〜? 異世界初☆ギャル先生、爆誕〜っ!!」


天羽ユメ。

金髪ポニテにメッシュ入り、制服は崩しまくりで、スカートの下に黒ジャージ。どこからどう見ても異世界に馴染まない。


そして、生徒たちは──

「……?」 「今、なんて?」 「せ、先生、あれ……ニホンゴ、ですか?」

案の定、全員ポカンとしていた。


「え、ウケるんだけど。うち、天羽ユメ。てか、JK2で〜す♪ よろしくっ!」

「よ、よろしく……?」


……沈黙。


生徒たちは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。

クーニャだけが「オオ!カワイイ カオ スゴイー!」とはしゃいでいる。


「ちなみに、彼女の“ニホンゴ”は……ちょっと特別なんだ。ユメ、言ったよな? 授業では“練習用のニホンゴ”だけ。説明は“この世界のコトバ”でやるって、ちゃんと約束したろ?」」

「え〜? ハイハイ、言われた気はする〜。てか、ノリでわかるっしょ」


この異世界で俺たちは普通に “異世界語”なるものを完璧に使いこなせるようになっている──というより耳と口に自動翻訳機能がついている感じだ。


しかしあえてこちらから “ニホンゴ”で話そうとすれば話せる。授業では文法解説は “異世界語”、例文を読んだりリピート練習などは “ニホンゴ”と使い分けてきたのだ。


(ユメには何度も言っておいたんだけど、まあ、いずれ慣れてもらうしかないか。)


タカシは深いため息をつきながら黒板に向き直る。


「じゃあ気を取り直して……今日から“初級Ⅱ”コース、26課はじめるか!」



教室の空気が少しずつ引き締まり、いつもの授業の雰囲気に戻っていく。


「まずは今日の文型、『〜ンデス』。この表現は、“事情の説明”や、“気持ちを込めた質問”に使われる」

「ドウシマシタカ? → ドウシタ“ンデスカ”?」 「ナゼ オクレマシタカ? → オクレタ“ンデスカ”?」

「『〜ンデス』がつくことで、“理由を聞きたい気持ち”や“相手に寄り添う感じ”が出る、ニホンゴ特有の文法表現ってところだな。ちなみに前にやった普通形で話す時は「ドウシタ “ノ”?」ともなる。」


「せんせー、うち、それ聞いたことある! てか、“マジでやばいんですけど〜”ってやつでしょ?」

「そう……いう使い方も、なくはないけど、誰もわからんからそういう例文はやめてくれ。」

「へーい☆」



ペアワークが始まる。

タカシは教室を巡回しながら、生徒たちの様子を見て回る。


(リリィ×ヴァイス)

リリィ:「ワタシ……アサ、ネボウシタ“ンデス”」

ヴァイス:「ネボウ? アナタ、ヨル オソクマデ、ベンキョウ シテタ“ンデスカ”?」


リリィ=フロリーナは竜神族のしっかり者。幼い見た目とは裏腹に頑張り屋さんで、ノートには毎回びっしりと例文が書かれている。


一方のエルフのヴァイス=アルセリナは、高貴な見た目でちょっと近寄りがたいが、会話練習が大好き。ロールプレイなどはいつもノリノリで演じてくれるムードメーカーでもある。


(ユウト×クーニャ)

ユウト:「クーニャノ フク マタ ヨレヨレ ナ “ンデスネ”……?」

クーニャ:「エヘヘ〜、キノウ コノママ ネチャッタ“ンデス”♪」

ユウト=カンジは、分析好きの魔導オタク。語彙と文法、そして名前の通り漢字にも異常に詳しい。


対して猫耳獣人のクーニャ=ベルンはドーナツとお昼寝が好きな感覚派。普段は宿屋で働く看板娘だが、制服=普段着スタイルで今日もヨレヨレ。


(グンゾ×セイア)

グンゾ:「アタラシイ センセイ カミガ ナガイ“ンデス”」

セイア:「……グンゾ、それ、事情 ノ セツメイ ジャナイワヨ。疑問ニ シテミタラ?」

グンゾ:「ソウカ。ジャ、ドウシテ カミガ ナガイ “ンデス”カ?」


グンゾ=アイアンベルクは豪快なドワーフ職人。あまり文法は得意ではないが、「ゾウハ ハナガ ナガイ」の文型だけはなぜか得意ですぐに例文に入れようとする。


セイア=ミレシェルは詩を愛する水霊族で、いつも冷静。クラスでは貴重なツッコミ担当だ。


ユメはというと、生徒の間に勝手に混ざり、「えー、なになに? どこでナンパされたんですか〜?」などと笑いを取りつつ、半分くらい混乱させていた。


すると──


「先生」

ユウトが手を挙げた。


「“〜ンデス”って、使っても使わなくても意味は変わらないんじゃありませんか? それなら、なぜ必要なんですか?」


……痛いところを突かれた。


「そ、それは……そうだな……」


返答に詰まるタカシ。その時──


「えー? なんか“聞いてほしい感”って感じじゃない?」

ユメの気まぐれな一言だった。


「たとえばさー、友だちが元カレと別れたって話しててさ、『エ、ナンデ ワカレタ!?』って聞くと、なんか冷たくない?「ナンデ ワカレタ“ノ”?』って言うと、“ちゃんと聞いてあげる感”出るじゃん?」


だが、それがヒントになった。


「──そうか。“〜ンデス”は、ただの情報じゃない。これは、相手との距離を縮める、一歩踏み出す言葉なんだ」

そう気づいたタカシは、改めて説明する。


「“〜ンデス”は、情報を共有するためだけじゃなくて、“気持ち”を届けるための表現なんだよ」


ユウトは少し目を見開いて、静かに頷いた。

リリィも呟く「ナルホド。“キク” ノ トキ、“ココロ” ツカウ……」


その後の練習は、ぐっと表現が豊かになった。


グンゾは「セイア、“ウタ”ウマイ“ンデスネ!”」と何度も距離を詰め、セイアは若干引き気味に「グンゾ、マイニチ……オナジ セリフ、イッテル“ンデス”」と返す。


ユメはいつの間にかペアの席に混ざっていて、「え、なにその告白フレーズ〜!マジ、バイブス高っ!」などと茶々を入れていた。


タカシは、苦笑しながらも、心の中で呟く。


(……なんとか、最初の授業は乗り切ったな)


多少ぶっ壊れていても、彼女の“言葉のセンス”は本物だ。


現代ニホンゴの最前線を生きてるギャル──ある意味、俺より教師向きかもしれない。


教室のざわめきと笑い声の中、新たな「初級Ⅱ」は、にぎやかに幕を開けた。


――つづく

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