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氷漬けのお姫様と優しい青年

このお話は、呪いによって氷に閉ざされてしまったお姫様が名もなき青年に出会い、呪いを解くお話です。

暖かいコーヒーや紅茶とパンと共にどうぞ。

 むかしむかし、とあるところに美しいお姫様がおりました。

 薄い金色のふわふわとした髪と澄んだ青い瞳を持つそのお姫様は、その美しさと優しい心でみなに愛され、その誕生日にはたくさんの贈り物と花と笑顔に囲まれるような人でした。

 ですが、ある日お姫様が住む国に悪い魔法使いが現れ、その力によって暖かかく穏やかな国は雪に埋もれてしまい、お姫様も呪いを掛けられて氷の中へと閉じ込められてしまったのです。

 お姫様を愛していた人々は、氷に閉じ込められたお姫様を見て嘆きーーそして、その美しさに身惚れました。

 氷に閉じ込められたお姫様は冷たい氷の中で、身動きが取れないままその寒さに凍えていました。

 でも、お姫様を助けてくれる人は誰もいません。

 みんな、氷に覆われたお姫様を悲しみながらも、その美しさに触れてはいけないのではないかと思ってしまっていたからです。

 声をあげても、氷に閉ざされていることで誰にも届かず、お姫様はいつしか声をあげることすらやめてしまいました。

 雪の国の氷漬けの姫は、こうして誰にも触れられることなく、ひとりぼっちになってしまったのです。


 悪い魔法使いが国に雪を降らせてすでに数年が経ったある日、氷漬けのお姫様のもとへ1人の青年が訪れていました。

 彼は氷漬けのお姫様の噂については当然知っていましたが、特にそれに興味もなく日々を過ごしていた、ごくごく普通の真面目さが取り柄な青年です。

 彼は仕事のために近くに立ち寄っており、偶然氷漬けのお姫様が長年囚われている場所にたどり着いていたのでした。

 彼は氷漬けのお姫様を見て、ただ「この人は寒くないのだろうか?」と疑問に思いました。

 そうして彼女のもとへと近付き、そっとお姫様を閉じ込める氷へと触れてみたのです。

 すると、不思議なことに氷へとほんの少しヒビが入ったのです。

 それはとてもとても小さなヒビでしたが、これまで一度も溶けることのなかった氷に起きた大きな変化でした。


 それから青年は時間を見てはお姫様のもとへと足を運ぶようになります。

 彼は、今日の天気やその日あった話など他愛のない話をしては「また来ます」と告げては帰り、そしてその言葉の通りに数日明けることなく彼女へと会いに行きました。

 彼女と話す時には必ず青年の手は氷に触れていましたが、冷たいはずなのに彼にとっては不思議と気にならないものでした。

 お姫様にとって、せっせと通っては自分に話しかけてくる青年の存在はとても新鮮なものでした。

 これまで氷漬けのお姫様のもとを訪れた人々は、遠巻きに彼女の姿を見てはその美しさにただ見惚れたり憐れみはしても触れることはないか、反対に氷を無理矢理割ってこようとするばかり。

 青年のように、ただ氷に優しく触れて話しかけてくれる人は初めてだったのです。

 そうして、お姫様を閉じ込める氷にはひとつ、ふたつとヒビが増えていきました。

 ヒビから少しずつ氷が溶けていき、お姫様はゆっくりではありますが少しずつ氷の中で動き出せるようになったのです。


 氷漬けのお姫様はいつしか青年の訪れを待ち遠しく思うようになり、彼が来てくれない日は寂しさを覚えるようになりました。

 お姫様はいつも話しかけてくれる彼の声が好きでした。

 そして、氷に優しく触れてくれる彼の温かな手が好きでした。

 だから、彼がいつも教えてくれる景色を一緒に見に行きたいし、彼と話したいと思うようになったのです。

 お姫様は、伝わらなくてもいい、けれど彼の言葉に応えたいと勇気を振り絞って声を出しました。

 青年は、氷の向こうからくぐもった、けれど確かな声が聞こえたことに気がつきました。

 彼はお姫様が自分の言葉に応えてくれたことに驚き、そうして笑顔を浮かべると、こう言いました。

「君は、そんな声をしているんだね。君と話せて嬉しい」と。

 それから、2人はこれまで話すことができなかった分を取り戻すように色々なことを話しました。

 日々のささやかな嬉しかったこと、驚いたこと、悲しかったこと……お互いを知ることをで2人の間には自然と笑顔が溢れていきます。

 お姫様を閉じ込めていた氷は、みるみるうちに溶けていき、2人は自然と手と手を触れ合わせるようになっていました。

 ですが、いくら時間が経っても彼女の片足の氷だけはどうしてだか溶けなかったのです。

 お姫様は青年と共に外へと出ようともがき、己の足に残った氷を削ろうとしますがそれでも抜け出せません。

 それは、彼女の心にもう一度氷の中へと閉じ込められる不安があるからだったのです。

 また、声が届かなくなるかもしれない。

 また、誰もが遠巻きにしか見てくれないかもしれない。

 ……また、一人ぼっちになるかもしれない。

 それが怖くて、彼女の足は氷によってこの冷たくて暗い場所に縫い付けられていたのです。


 そんな彼女の姿に、青年は優しい声でこう言いました。

「俺は君のために何度でも君のもとへと足を運ぶよ。もし君がまた氷に閉じ込められても、その時はまたずっと話しかけるから」と。

 その言葉を聞いた瞬間、お姫様の美しい澄んだ青い瞳に、たくさんの涙が浮かびました。

 その涙は、瞬く間に溢れて、頬を伝っていきます。

そして、その涙の一つが片足に残る氷に触れた時、じわりと氷が溶けていったのです。

 お姫様の足にはまだ氷は残っていましたが、もう彼女をこの場所に縛り付けるものはありません。

 彼女はようやく自分の足で歩き出せるようになったのです。

 お姫様は、涙で溢れたその顔に、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべてこう言いました。

「私はあなたの見た景色を見にいきたい。ここから出て、いろんな場所をあなたと見にいきたいの」と。

 青年はその顔に笑みを浮かべ、彼女の言葉に頷くとそっと手を差し出しました。

 お姫様は彼の手をとり、そうして2人で手を繋いで冷たくて暗いこの場所を抜け出したのです。


 そうして氷から解き放たれた彼女は青年と共に雪に埋もれた国を見て回り、他にも様々な国や町を旅して回りました。

 彼女は見るもの全てに対して瞳を輝かせ、様々な表情をその美しい顔に浮かべていました。

 それは、彼女を遠巻きにしていた人々が決して見ることのなかった、彼女の本来の溌剌とした表情です。

 そうして旅を続けることしばらく、とある小さな暖かい町で彼女と青年はひっそりとパンと喫茶が楽しめるお店を開きました。

 彼女は毎日朝早くから起きてせっせとパンを捏ねては焼きあげ、それをお店に並べます。

 青年は店の一角にカウンターとテーブルを置き、そこでお客さんへと紅茶やコーヒーを振る舞います。

 暖かいパンの匂いと、香り高いコーヒーや紅茶の匂いがするお店は、いつのまにかこの小さな町の人々が集う憩いの場になっていました。

 そうして彼らはこう言うのです。

「お姉さん!クロワッサン1つお願いします」

「旦那さんの淹れるコーヒーは美味しいね」

 町の人たちにとっては彼女と青年がどこから来たのかは関係ありません。

 ただ、美味しいパンと美味しい紅茶やコーヒーが飲めるこの場所と、店を切り盛りする2人が好きなのです。

 そうして、この町にまたパンの焼き上がる匂いが漂い、町の人たちは彼らのお店を訪れるのでした。


おしまい。

余談:実はこのお姫様、最近話題の某アニメの赤い人がモチーフなんですよね。

あれこれこねくり回してたら副産物としてこれが出来ました。

なぜ……?(困惑)

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