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かんわ! クレブくんと柿の種

ある朝のことです。クレブくんはいつも通りに冷蔵庫を開けました。冷蔵庫の中身は空っぽです。それは朝ごはんが食べられないということを意味していました。


「何もない……。誰かからもらってこよーっと」


クレブくんか軽い調子でそういうと、家から出てゆっくりと歩き始めました。人通りもそれなりにある住宅街です。すぐに通行人がやってきました。クレブくんはその人間に話しかけます。


「ごはん下さい!」

「え!? いや、無理だけど……」


残念ながら、その通行人は常識人だったので、後ろを振り返りながら早足で過ぎ去っていってしまいました。


「よし、しょうがない。お店で強盗でもするか」

「何言ってんの!?」


クレブくんの独り言に声を荒げる者がいました。クレブくんは声のした方を見ます。人型です。


「君はだれよ。僕とは関係ないでしょ」

「私は牛乳。コック見習い。丹精こめて作ったものを強盗だなんて、見過ごせない」

「牛乳? 人じゃなくて?」


肌が白く濁っていて、簡素な和服を身に着けています。牛乳さんは真顔で言います。


「ほかのものと関わりやすくするために、我らは擬人化のすべを学んでいる」

「へー。僕も擬人化したいな。教えてよ」


クレブくんは後半部分をわきに置いて首を傾げました。そして牛乳さんをじっくりと観察し始めました。


「良いが。100年修行する気はあるか?」

「え、ないよ。1分でマスターできる方法とかあるんでしょ」

「ない」


牛乳さんはそっけなく言い放ちます。クレブくんはがっくりと項垂れながら、それでも期待するように牛乳さんを見つめました。


「金があるなら我の店に来い」

「料理を食べたら擬人化できるの!?」

「……まあな」


クレブくんはにっこりと笑って、牛乳さんに付いていきました。連れていかれたのは町の小さな居酒屋です。


「なにここ。くさい」

「ならば帰れ」

「やだ。擬人化したいもん」


クレブくんは文句を言いながらも四人用のテーブル席に座りました。


「カウンターに移れ」

「やだ! 僕、お客様だよ?」

「擬人化は裏メニューだ」

「分かった移ればいいんでしょ」


クレブくんは文句を言いながらも一人用のカウンター席に座りました。牛乳さんは気にせず言います。


「注文は?」

「裏メニューの擬人化で!」

「分かった」


そうして牛乳さんは店の奥へ消えて行ってしまいました。クレブくんは足をブラブラさせて待っていましたが、なかなか牛乳さんが戻って来ません。クレブくんは席から降りて別のお客さんに話しかけました。


「それ、柿の種?」

「ああ。……だれだい?」

「クレブだよ」


個人情報を言ってやったんだから感謝してよねと言いたげなドヤ顔でクレブくんは言いました。


「ひとつもらうね」

「――は? やめなさい、やめろっ!」


お客さんはクレブくんが三つ目の柿の種を取るか取らないかのところで容器ごと自分のほうへ乱暴に寄せました。


「変な味だね」

「知らん。通報しますよ」

「してみれば?」


クレブくんは不敵に笑います。二人が目線の応酬をしていると、店の奥から牛乳さんが戻ってきました。手には一杯の飲み物を持っています。


「何をしている?」

「この人の柿の種が不味いねって話」

「こいつが急に儂に話しかけてきたんだっ!」


牛乳さんはしばらく二人を交互に見ると、


「カニが悪い」


と断言しました。クレブくんは牛乳さんと距離を詰めます。


「なんでよ」

「お前は信用できない。――ドリンクはあっちに置く」


そう言って牛乳さんはクレブくんが座っていたカウンター席に行き、ドリンクを置きました。クレブくんはドリンクをのぞき込みます。


「これが擬人化のもと?」


牛乳さんは何も言わずに頷きました。クレブくんは一気に飲み干します。


「お、お、おおおお!」


クレブくんの体から蒸気が吹きだし、店に充満します。それが晴れたときそこには、変わり果てたクレブくんの姿がありました。


「擬人化だあああ!」

「……そして、今お前が欲しいものは何だ?」

「柿の種だあああ!」


擬人化したクレブくんは赤みがかった肌にTシャツと短パン。その姿でお客さんに向かって突進します。


「お客様、逃げて。このドリンクで擬人化中の者は欲しいものを狂って追い求める。その柿の種が危ない」

「あ、ああ……」


牛乳さんが擬人化クレブくんを牽制している間に、お客さんは柿の種を持って店から逃げ出ていきました。


「ねー、僕は柿の種が欲しいんだけど。どこにあるの? あと、こんな面倒な性格になるなんて言ってくれれば良かったのに。それにさ、牛乳さんもこんなの面倒でしょ? なんであのドリンクくれたの?」


クレブくんは柿の種を求めてこそいるものの、正常な判断力は残っているようでした。


「擬人化時間は一時間だ。それくらいなら、夢を見せても良いだろう。柿の種の場所は知らん。言っては効き目が無くなる厄介な薬なんだ。あとあげてはいない。代金は頂く」


牛乳さんはすべての質問に律儀に答えました。そして続けます。


「この店では柿の種なんて提供していない。欲しいなら外に出ろ。迷惑だ」

「え、でもあのお客さんは――」

「持ち込みが可なんだ。とにかく外に出ろ。別の客もいる」


クレブくんはそれに頷いて店を出ました。そして鼻をすすります。


「人型だと鼻が良くて柿の種が見つかったり、しないかな……」

「馬鹿なことを言うな」

「え? なんで牛乳さんがいるの?」

「代金の徴収を忘れていた」


牛乳さんは済まし顔で手を差し出します。クレブくんは財布を出して払いました。クレブくんの財布の中が空っぽになりました。クレブくんは気にした風もなく、自らの財布を地面に放り捨てました。


「僕いま柿の種を探すのに夢中だから」


牛乳さんはどうでも良さそうに店へ戻っていきました。クレブくんはきょろきょろと辺りを見回しながら歩きます。


「とりあえず、酒場があったら柿の種もあるよね」


クレブくんは普段あまり外の景色を見ることが無いのでしょう。すべての景色に興味津々です。そんなに注意深く歩くので、すぐに酒場が見つかりました。クレブくんはごく自然に扉を開けます。


「柿の種あるー?」

「はぁ!? お客さん、開店は20時からだよ」

「柿の種ある?」


クレブくんは机を拭いていた女性に詰め寄ります。女性は狼狽して答えました。


「な、ないです。うちの名物は『極限スパイシーナゲット』だから……」

「ふーん。それ、美味しそうだね」

「た、食べますか?」

「いや、いい。柿の種がありそうなとこ教えて」


女性は視線を巡らせて答えました。


「三丁目の八百屋の青年さん。彼、人脈が広いからなんでも知っているしなんでも持っているはず」


クレブくんは店から出て、八百屋に向かって一目散に走り出しました。人間の足なので速い速い。すぐに八百屋につきました。


「柿の種あるー?」

「柿は果物屋に行ってくださいよ」


そこではいかにもな好青年が店番をしていました。


「ほんとに? ほんとに柿の種が一つもないの?」

「あ、ああ。ないはずだよ。なあ父ちゃんっ、柿の種ってある?」

「ないよー。どうかしたのかい」

「なんでもないっ」


店の奥から父ちゃんと会話までして、青年は柿の種があるかを調べてくれました。クレブくんはその一連の流れを見て一つ頷きます。


「じゃあ、柿の種がどこにあるか知ってる?」

「二丁目の駄菓子屋さんのおばちゃんさ、さいきん柿を食べたみたいなんだよ。もったいないって言うのが口癖だから、種も残ってるかもしれないな」

「わかった」


クレブくんは店から出て、駄菓子屋に向かって一目散に走り出しました。人間の足なので速い速い。すぐに駄菓子屋につきました。


「柿の種ある?」

「あるよぉ。そこの列の左から三番目だよ」


駄菓子屋のおばちゃんは、お菓子の「柿の種」を指さしました。クレブくんは、おばちゃんに尋ねます。


「これ、本物の柿の種?」

「ああ。類似品なんかじゃないよ」

「じゃあ、これもらうね」


クレブくんはお菓子の柿の種を一箱ごと手にとって、当然のように店を出ていきます。


「代金っ!」

「えー、必要?」

「そりゃそうじゃ、バカヤロ!」

「やだ」

「じゃあそれを返しな」


クレブくんは自身が手に持っている柿の種を見、おばちゃんを見ました。そして店を飛び出して逃走します。


「逃げろーっ!」

「待てーいっ!」


クレブくんは思わず後ろを振り返りました。おばちゃんがすさまじい速度で追いかけています。


「どこからそんな力が出るのよ!」

「つーかまえた、よ」


クレブくんはあっけなく、おばちゃんに捕まってしまいました。駄菓子屋の中まで連れ戻されます。


「金を払いな」

「だって僕、無一文だもん」

「じゃあそれは返してもらうよ」


クレブくんの抵抗もむなしく、柿の種はおばちゃんが取り返しました。おばちゃんは更にいいます。


「そうだね……。私はつい先日、柿を食べたんだよ。柿の種、いるかい?」

「くれるの!? なら、なんで今うばったのよ!」


クレブくんの顔には驚きと喜びと疑問が全て浮かんでいました。それでも抵抗はせず、はたから見たら駄菓子屋で仲良く話し合っているようにも見えます。さきほど捕まえられたのが、よほど堪えたのでしょう。


「菓子じゃなくて本物のほうだよ。乾燥してるから持ってきな」

「どういうこと?」


クレブくんの疑問の声も聞かず、おばちゃんはクレブくんの手に柿の種(真)を握らせます。そして駄菓子屋から追い出してしまいました。


「ご飯はやれないが、お金がないならその種を土にお埋め。やがて柿がなるよ」

「そうなの!? やった、僕すぐに埋めてくるね」


クレブくんは家に駆け戻ります。その途中に牛乳さんが立っていました。


「牛乳さん! なんでここにいるの?」

「別件だ。さきほどの客、タダ食いをしていたということに今ごろ気づいてな。探しているところだ」

「ふーん」


クレブくんは道を急ごうとしました。しかし、つまづいて転んでしまいます。


「わわわ、あああっ」

「頃合いだったか」


牛乳さんはその場から飛び退きます。クレブくんの体へと水分が吸収されていきます。そして場はからっからに乾きました。そして突然、クレブくんはカニの姿へと戻ったのです。


「戻った!」

「柿の種を見つけたのか?」

「うん! なんで分かったの?」

「欲しいものを手に入れることでも元の姿に戻るんだ」


クレブくんは首をかしげたあと、柿の種を握り直して道を急ぎました。クレブくんは家にたどり着きました。一目散に庭に行き、柿の種を埋めます。


「早く大きくなーれ」


クレブくんはしばらくその柿の種を見て感傷に浸っていました。それを終わらせたのは、大きな大きな腹の音。


「僕そういえば、まだご飯を食べてなかった!」


クレブくんは一瞬だけ悩んだ後、さきほど牛乳さんが居た場所まで早足で戻りました。牛乳さんがクレブくんに向かって走ってきます。いえ、その手前には以前の「お客さん」がいます。


「ぶつかるっ!」

「お客さんだっ!」

「カニ、そいつを捕まえろ!」


三人は激突しました。全員が倒れ込みましたが、牛乳さんは一番に立ち上がり、お客さんを強引に起こします。


「金を払え」

「な、何の話だ」

「俺の居酒屋の代金だよ!」

「わ、わかった」


お客さんは黙って財布を出し、一万円札で払いました。牛乳さんはお釣りを返しました。その様子を眺めていたクレブくんは言いました。


「僕のおかげでこの人は捕まったんだよ」

「そうだ」

「だから、僕に奢って?」

「無理だ」


牛乳さんは一蹴しました。お客さんを解放し、場にはクレブくんと牛乳さんだけが残ります。


「僕、さっきのドリンクでお金なくなっちゃったの」

「……はぁ。しかたない。今回だけだ」


牛乳さんは渋々といった風にそう言うと、クレブくんを連れて自身の居酒屋へと戻りました。そしてそこでクレブくんは美味しい料理を食べ、牛乳さんは雑談に付き合ったのです。

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