ごわ!
頭たちとの席は、びっくりするくらいスムーズに整えられた。サルの組織、恐るべし。机の上にはバナナが山盛りで、部屋中にふんわり漂う甘い香り。これが敵の本基地なんだから、クレブが勝てるわけないのよ。
その三兄弟さんたちはというと、今も無言でバナナをもぐもぐもぐもぐ……永遠にバナナ食べてるんだけど!? そろそろ、なんで私がここに呼ばれたのか知りたいんだけど。
「その……」
ためらいつつ声を出してみたら――あら、案外あっさり。
「あ、バナナは勝手に食べていいぜ」
「皮はこの箱に捨てるのよ」
「です……」
……やった、食べ放題きた。バナナを手に取って、皮をむいて食べる。うん、おいしい。めちゃくちゃおいしい。でも、私が聞きたかったのはこういうことじゃない。
「おいしい……」
「だろう?」
「もっとリラックスしていいのよ」
「です……」
そんな私の心配なんて、すぐに吹き飛ばされる。遠慮なく食べちゃおうっと。バナナを1本、2本、3本……。私、人生でこんなに一気にバナナ食べたことないかも。おいしい。ふつうのバナナよりも断然おいしい!
待って。――これ、クレブがとってきたやつよね? 私、勝手に食べちゃっているわ。これ絶対怒られるやつだ。証拠がなくて分からないはずでも、謎に当ててくるというのが想像にたやすい。
そのせいか、私の手がスン……と止まった。いや、怖すぎでしょ私。どれだけクレブにビビってんのよ。
「バナナはこんくらいにするぞ」
「そうね。ルーネなの? あのやかましいのについて語るのよ」
「です……」
「やかましいのって? クレブと雪女のこと?」
三兄弟が一斉に頷く。うん、否定はしないわ。むしろ同意。クレブは黙ってても騒がしいし、雪女は静かだけど圧が強いし……で、私はなんだろう。空気かなぁ。
「そういえば、名前を聞いていなかったわ」
毎回「サルの三兄弟さん」って呼ぶのも面倒だしね。クレブは絶対覚えないから、私が代わりに覚えといてあげるのがチームの良心ってやつよ。
「おっ、名前聞いてくれたのはお前が初めてだ」
「やっぱり他の奴らとは違うのね。そうね、私はネネ、姉さんはリリ、兄さんはロロなのよ」
「です……」
ネネ、リリ、ロロ。なるほど、語感よし、覚えやすさ満点。ていうか、あの二人ほんとに聞きもしなかったのね……似た者同士の自己中め。
そして急に空気が「ちゃんと話しましょう」モードにシフトチェンジ。私も慌ててバナナの皮を捨てて、背筋をぴん。はい、真面目モード入りましたー!
「何を話したいのかしら」
「単刀直入に言う」
「私たちはあなたを仲間にしたいの」
「です……」
えっ、仲間!? 予想外すぎて変な声出そうになった。あっぶな。てっきり尋問コースかと思ってたのに、なんで歓迎されてんの!?
「お前はあとの二人と違って、無理やり引っ張られているだけな気がするんだ」
「巻き添えに見えるのよ」
「です……」
うぐっ。それ、思ってたけど言われると地味にくるやつ……。
たしかに、私は氷が溶けたあとにその場からスッとフェードアウトする予定だった。でも、つづらに躓いて、なんか流れで仲間になって……うん、巻き添えってやつよね。
思い返せば、私が中心になったことってあった? あの二人が前に出て、私はその後ろでわちゃわちゃしてただけじゃない?
「私……もしかして、何もできていない?」
「そうだな」
おいロロッ、なんで即答!?
フォローという文化を尊重してよ。空気読んで!
「そのパーティーでは、お前は活躍できていない」
「でもルーネ、こっちのパーティーならルーネは活躍できるのよ」
「です……」
そういうことね。今の職場は私に向いていない。こっちに来なさいってか。このパーティー、甘いわ。バナナも甘いけど、言葉も甘いっ。揺れる、心が揺れるっ!
「まずお前は、あいつらに対してスパイの役割ができる」
「それに、鼻が利くから探し物が得意なのよ。でも、彼らはそんなルーネの特技を使おうとしないの」
「です……」
たしかにそうね。私の嗅覚スキル、全然活かされてないのよ。あることだって知らないんじゃない? それを、三人なら生かしてくれる、と。
三人が私を見てる。視線が熱いわ。こんなに私を欲しがってくれているなんて!?
「どうする? 俺はどっちでも良いが。」
「私はルーネに来てほしいのよ」
「です……」
出たわね。「決断はあなた次第」ってやつ。実は私を求めているんでしょ? 知っているわよ。でも……、逃げ場なし。
私、こういう選択ほんと無理なのっ! 私を求めているっていうのは分かる。それでも声がでない! ああ、酸素が薄い……。めまいがするわ。
ネネが陽キャすぎてまぶしい。ロロの存在感は強いし、リリは沈黙で威圧してくる。え、無言で攻めるの反則じゃない?
――と思ったら、救いの手が。
「まあ、今すぐ決めなくてもいいさ」
「とりあえず今回だけ一緒に戦ってみるの。お試し期間なの」
「です……」
お試し期間――なんて優しい響き。ありがとう、サル様たち。私は了承を示すために、無言で何度も頷いた。ラップが浮かんできたわ!
乗るしかないこのビッグウェーブ、クールフェイスのロロに連れられて、シックダーク、だけど心は――心は、なんだろ。
「心は、バナナウェーブ!」
変な目で見ないでっ! 逆に反応が返ってこない方が怖いんだけど。私は目をきつくつぶった。そして恐る恐る目を開けると、テ、テーブルが消えた!?
三人ももう戦闘服に着替えてるし。行動早い! さっきまでスカウト面談だったよね!? 展開スピード早すぎて、私また置いてかれてない?
「行くぞ」
「ええ」
「です……」
やだ、なにこのセリフ。かっこいいわ……! 私も言った方がいいかな。「です……」って。いや、それはリリのセリフか。
「こうしようじゃないか」
「ルーネは先に行って、クレブらと合流した風を装うのよ」
「です……」
私ひとりで突撃させる感じ!? まだ試されているってことかな。うう……もはや囮でもなんでもやってやるわ!
「わかったわ」
強がって言ってみたけど、全力で泣きたい。まずどこ行けばクレブに会えるかも分からない。
「案内、します」
「ありがとっ」
ありがたい。無言だけど超スムーズ。プロの誘導だわ。サル社会、なんか洗練されすぎてない? 単純にここで暮らしたい。
そんな感じで、私はクレブと雪女のもとへ向かった。すぐにたどり着いたわ。いやほんと、あのサルさんの誘導スキル高すぎるわ。案内が終わった瞬間に消え去っていったし。
あっ、クレブがいたわ。よし、上からダイブで感動の再会演出いくわよー。
「クレブッ! あっ――!」
距離感が狂った……。
「いったぁ……!」
クレブ、頭押さえてる。頭突きがクリティカルヒットしたっぽい。私もいたいんだけど、そんなこと言っちゃだめだよね。クレブの怒りが頂点になっちゃう。どうしよどうしよ、なんとか話題をそらさないと……。あっ、これよ!
「でも見て! 桜の花びらよっ!」
どうにかなる、どうにかなる……。くるくる舞う桜の花びら、ナイス演出よ。クレブの視線もそっち行ったわ。ふっ、食いついたようね。
「僕の頭に、花が咲いてた?」
「そうよ! ねえ、それより私に何か感想は?」
とにかく何でもいいから、どんどん話題を更新して頭突きのことを忘れさせないと……。あれ、でもそっか。私はもうサルチームだから関係ないのか。いやでも、スパイとしてはクレブと仲が良いほうが良いはずよね。
「ない」
あ……。だめね、私もうクレブと絶交するかも。好きの反対は無関心って言うでしょ。クレブは私に対して無関心なのよ。終わった。私、スパイとしての価値消えたわ。
待って、ここに注目! 地面に注目! 花びらが一か所に集まっているわ。ひとりでに動く花びらなんて、そんな魔法起こりえないはずよね。雪女の仕業かしら。雪女も驚いているみたいだけど?
「Hello!」
なにこれ! 花びらが一か所に集まって、くっついてなんか――動いた!? 動いてしゃべった!
「なにこれ! 小人ちゃん!?」
「I made from cherry.」
「その……英語、すごく間違ってますよ」
うん、英語ダメダメすぎて逆に可愛い。驚きの「Nhh!?」も声が高くて愛くるしいし。そして――穴掘り始めた!?
しかも自分で入ったし。なんの儀式よ、これ。うわっ、飛び出た! で、クレブの手にジャスト着地してる。
「ンー! アイムチェリー! ハロー!」
「……なにこれ。何言ってるのか、全然わかんないんだけど」
話し方が変わってるけど。あー、キャラ変えましたって演出ってこと? なんか分かるわ。この子、私に似てるかも。なにかと雑で、妙に印象に残るあたりとか? クレブに雑にあしらわれているあたりとかね!
「さくらんぼの小人らしいですね」
「この子、私の立場を狙ってるのよ!? ダメよ、そんなのっ!」
ライバルよ、この子はライバルなの。絶対に近寄らないでよね! あれ、私、サルたちの仲間になるんだっけ。じゃあ別に良い? あれれ……。なんか変な感じ。でもその瞬間――
「シャーッ!」
「きゃああああっ!」
地面がっ、沈んでる! 私のいるところの地面だけ、なんか沈んでる! 結局落とし穴に落ちたような状況になったわ。私のいる地面に落とし穴が後でできたような、変な体験ね。
「アイヘイトルーネ。アイムクレブース」
「なに言ってるの?」
「分かりません。英語が下手なのに使いたがるらしいですね。――嫌な奴です」
上から声だけ聞こえてくるわ。だれか助けて……。そう、ネネ、助けて! 助けてくれないなら嫌いになるからね!?(条件付き友情)
「ふんっ。なんだか、この小人はとても危ない気がします」
気がしますじゃないのよ、気がしますじゃ! 私という実害が出てるのよ。絶対その小人のせいよ。
「キーッ!」
えっ、小人ちゃんがまた叫んだ!? 次の犠牲は雪女かしら。やった、地面に沈んだ者どうし仲間ね。やっと分かり合えるかも。
「やめろ!」
「オーケー。ソーリー」
素直! 小人ちゃん、クレブの言うことは聞くのね。私よりもクレブに従う力が強い感じかしら。
「……小人さん、私に謝りなさい」
「ノー!」
ユキオンナの命令にも屈しない。小人ちゃん、強い……!
「私の命令は聞かないのに、クレブの命令は聞くのですね」
「イエス! ビコーズ、アイムクレブース!」
「どういう意味よ!」
それさっきも名乗ってたけど、名前じゃないなら何なの!?
「小人、僕の奴隷になれ!」
「イエス、オールウェイズ、アイティンクソー!」
「何が言いたいのですか……」
よくわかんないけど、とにかくクレブの命令には反対はしてなさそうね。見上げるほどの忠誠心よ。
「僕、雪女さんを傷つけたやつなんて大嫌いなんだ。うーん、罰として……グラウンド百周! なんてね」
「イ、イェッサー!」
スパルタ! そして小人ちゃんも簡単に呑むな!
「おい、あいつらを捕まえるぞ!」
「あっ、そうだった! 捕まえるぞっ!」
精鋭たちの声かしら。サル陣営だから、私を助けてくれるかなぁ。いや待て。私の存在感がどれだけあるか証明してやる。私からは何も言わず、私に気づいてくれる人がいるかチャレンジよ。
「とにかく捕まえるっ!」
「クレブは私が守ります」
「雪女さんが戦ってくれている間に、僕はバナナを取り返してくる!」
「まっ、何を!」
うわー、クレブの無計画突撃きたー! いつものね。
「加勢に来たぜ」
「クレブが逃げ出しているのよ」
「です……」
ネネたちが来たわ。 ここで名前が呼ばれたら私の勝ち!
「やめてください。壁の外に出られれば、さすがに助けられません」
「それなら、どうやってバナナを取ればいいの?」
「この乱戦に勝つのです。戦いに勝った者が全てをもらえるのです」
……私の話題、ゼロ!? まずネネたちが一言もしゃべらないし……。戦いがヒートアップしてきたわね。誰も落ちてこないわ。一人くらい足を踏み外す人はいないの? もはやだれでもいいから落ちてきて。
音だけで、サルたちが勝ったのが分かる。みんな拘束されたんだわ。でも私だけ、埋まったままスルー。存在感皆無ね。いいわ、こうなったらもう少しだけ埋もれててやる。地縛霊となるまで……。
「お前らが俺らに勝てると思うな」
「東電という二重スパイがいた? だから何だって話なの」
「です……」
「え、俺、こいつらのスパイじゃねぇし!」
ネネたちの会話、普通に始まったわね。 あのー、私がどこいったか気になるわよね。さっき仲間になろうって言ったばかりだものね。なんでお前らの脳内から私が消えてるのよ!
私だけ仲間外れ……。
「申し訳っ、ありませんね! クレブ、私に力を!」
「えぇ……。分かった、いいよ」
力を? なにこの急展開。てかクレブ、雪女には優しいわね。まさかのまさかなのかしら。ちゃんと覚えておいてやるんだから。
「うわ、なんか元気が……」
「黙って。舌を噛みますよ」
「おい、何してやがる!」
え、なにしてるの? なにしてるの? なにして――
「ひゃっ!?」
あっ……声でちゃった。でもしょうがないじゃない、地鳴りすごいし、風が巻き起こってるし……え、浮いた!? 私いま浮いてる。地面、爆破された!?
ちゃんと地面に戻ってくることができたわ。結果的に私は無傷だったけど、みんな吹き飛ばされてる。クレブ、雪女、東電がいないわね。
どこ行ったのかしら。また私置いてきぼりなのね。そして東電が代わりに入ったのね。
とにかく、ネネたちを揺さぶり起こしてでも真相を聞くわ。私に気を駆けなかった正当な理由がなければ、サルたちのチームにだって入りたくはないわ。