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にわ!

「ねえ、どうやって帰るの?」

「……」

「まさか、分からないとかないよね」


そのまさかでした。長老は誰かに助けを求めようと視線を巡らせましたが、クレブくんを抑えつけるのに必死でだれも助けになってくれそうにありません。しかたなく、長老は苦しげに口を開きました。


「来た穴をベースに掘れば、いつかは地上に出るはず」

「来た穴って、あの、手が一本ギリギリ入るやつ?」

「そうだ」


クレブくんは黙ってその穴を見つめ、手を入れ、土を掻き出しました。数回くり返すうちに、手が一本余裕で入るくらいの穴になりました。


「ねえ、これって──」

「土をここに積むのはやめろ」

「じゃあどこに積めばいいの? それに、これで上まで掘るって何年かかるんだろうね」

「……申し訳ない。ここで暮らせ」


クレブくんは顔をゆがめました。閉じ込められることに対する恐怖が、ありありと顔に現れていました。そしてクレブくんは──


パクッ


クレブくんは長老を丸のみにしてしまいました。もちろん、黙って飲まれる長老ではありません。


「キー!」


長老が叫びました。お腹の中から、全力でです。クレブくんは腹を押さえて飛び跳ね、天井に頭をぶつけ、倒れただけでねずみたちに被害を与えます。


ねずみたちは作戦をまとめ、行動に移しました。


「カロパナッスレ」

――「暴れる力で穴を掘ったほうが早く帰れますよ」

「なに言ってんの」


パクッ


話者は丸のみにされました。


「「キー!!」」


長老と話者が叫びました。声は反響し、部屋じゅうに響きわたりました。ねずみたちは続けて、天井からロープを何本も落とし、クレブくんの体に巻き付けます。


「「「「キーーー!!!」」」」


長老と話者とクレブくんが叫びました。足にロープが絡みつき動けなくなったクレブくんを、ねずみたちは慎重に囲い込みます。


「やーっ!」


勇敢な一匹のねずみが突撃し、クレブくんを槍で突きました。


パクッ


丸のみされました。


「「「「キーーーー!!!!」」」」


長老と話者とクレブくんと勇敢なねずみが叫びました。クレブくんはまだ自由を許されている手で近くのねずみを捕まえ、丸のみします。さらなるねずみを捕まえ、丸のみします。


「距離を取れ!」


指揮官の声が響いて、それ以上の犠牲は出ませんでした。


「「「「「「キーーーーーー!!!!!!」」」」」」


長老と話者とクレブくんと勇敢なねずみと犠牲者1と犠牲者2が叫びました。その声で天井にひびが入ります。


ゴゴゴゴゴッ


割れ目から光が差し込みます。


「わぁっ!」


クレブくんは外の光に歓声を上げ、他のねずみたちは巨大な音に悲鳴をあげました。その声が決定打となり、地面が割れ、天井が崩れ落ちます。天井が落ちてきた衝撃で、クレブくんは5匹のねずみを吐きだしました。




地下の世界は土に埋まり、すべてが静かになったとき。生き残ったねずみたちもすでに別の住処を探しに旅立ち、そこに立っていたのはクレブくんただ一人でした。大きなつづらを抱えたまま、土の山を登っていきます。


「クレブっ!」

「あ、雪女さんだ!」


クレブくんはつづらを放り出して雪女に駆け寄ります。雪女はぷいと顔をそむけてしまいました。


「ふんっ。やっと帰ってきましたか。やはり下民など我がいないと何もできないのですね。だから、一緒に――」

「いや? 僕、昨日までもちゃんと生活してたし。それに、今回も自力で帰ってきたよ。一人でも過ごせるし!」


雪女はあわてて言葉を切りました。


「なんでもないのですっ、下民がっ!」


サルの三兄弟は柿の木から飛び降り、背後からどうどうと二人の会話に割り込みました。


「お前ら、俺らの前で」

「いい感じになっちゃだめなの!」

「です……」


クレブくんは三兄弟のほうを見て、柿の実がほとんどなくなっているのに気づきました。


「お前らこそ僕の柿を奪うなー!」


三兄弟はすぐに木の上へ避難しました。クレブくんは勢いを殺せずに木にぶつかります。


ドンッ

「うぎゃああー!」


頭を打って泣き出しました。


「バカなカニだな」

「自滅しちゃって。」

「揺らさないでほしい、です……」


クレブくんはすぐに泣き止みました。


「喋った!きみ、喋れるんだ!」

「……です」


大はしゃぎです。木に登って姉さんの手を握り、ぶんぶん振り回します。飛び跳ねます。


「いや、木に登れたのですか。面倒な」

「あっ!」

「きゃっ」


そして、案の定。クレブくんは枝から足を踏み外し、サルの姉の手を握ったまま木から落下してしまったのです。


「ぎゃあっ!」(落下の衝撃)

「きゃっ」(上からサルの姉が降ってきた衝撃)

「わぁ!」(サルが木から落ちた興奮)


「サルが木から落ちたっ!?」

「はよ話まとめろや、われっ!」

「「「「え?」」」」


一同が雪女を凝視しました。雪女は顔を真っ赤にして叫びます。


「ち、ちがうのです、これはっ!」

「下民がっ、私を見るな!はしたないっ!」


三兄弟は、雪女が前に出ると後ろへ、後ろに下がると前へ。雪女の動きをよく見て、寸歩の狂いもなく足を動かします。


「だからっ、見るなと言っているのです!」

「あ、ああ」

「分かったわ」

「です……」


三兄弟は、目、耳、口を順にふさぎました。


「見ざるだー!」

「聞かざるだー!」

「言わざるだー!」


クレブくんはそれを見てはしゃぎ回っていました。


「下民よ、止まりなさい」

「こちらを向きなさい」

「下民めっ、私を見なさい」

「クレブッ!私はここにいるのですよ!」

「私の言葉を無視するでない!」


雪女のまわりに肌寒い青い覇気が立ちこめました。その覇気はだんだんと強くなっていき、四人もふざけるのをやめて雪女に注目しました。


「寒いって。やめてよ、雪女――さ、さま」

「だって存在感が皆無……いえ、何でもありません」

「謝罪、するわ」

「です……」


「下民が、下民が! 逃げなさい、はやく。バカぁ! 私は存在するわ! 存在感おおありなのです!」


吹き上がる吹雪。全員の言葉が途切れました。雪女の覇気はさらに強まり、凍りつくような冷気がすべてを包みます。クレブくんも、サルの三兄弟も、雪女でさえ、すべてが氷の彫刻となってしまいました。


そして、長い時間が経ちました。




すべてが凍りついているこの地球上で、ただ一人だけが生き残っていました。キツネの少女――ルーネです。


彼女の一日は、氷の壁に線を一本刻むことから始まります。


「赤ちゃんの頃も合わせて、これで6年くらいね。私も6才よ。キツネの平均寿命っていうと、野生だと4年くらいだから……あら私、長寿なのね。あの女、雪女だっけ? の加護のおかげね」


氷を割って口に含み、それが朝食です。ルーネは、今日も日課の「氷像のもと」へと向かいます。


「あいうえおー、かきくけこー」「あめんぼあかいな、あいうえおー」


誰もいない中で発声練習をしながら歩いて、ルーネは氷像のもとにたどり着きました。クレブくんとサルの三兄弟、雪女が氷像となっています。


「クレブに若返りの水を飲まされて赤ちゃんになった。でも記憶が残ってたのは幸いね。ねぇクレブ、あんたのせいでこうなったのよ? ちょっとは保障してほしいわ」


そう話しかけながら、ルーネはクレブくんの氷像を少しずつ削っていきます。


「世界が凍ったのは、あの女――雪女のせいでしょう。あれを解かせたら、この世界に光が戻るのかね。でも、あの女に触れたら、やけどしたから、解かせないのよね」

「あんな知らないサルを解かす必要もないし、消去法でクレブを解かしてるけど。」


ルーネは氷をひとかけら口に含み、氷像から離れていきました。


さらに時が流れます。



パリンッ。


ついに、クレブくんの体をまとう最後の氷が砕けました。


「ルーネッ、遅いっ! 僕、目はつぶってたけど意識はずっとあったんだからね! 一日に10分くらいしか解かしてなかったよね。ずっとやってたらもっと早かったんじゃないの!?」

「命の恩人への一言目がそれ――え、意識はずっとあったの?」


ルーネは張り合うように声を張り上げ、中途半端に口を閉じました。


「毎日変なこと喋ってたよね。僕が好きなの?」

「はぁ!? あれは独り言っ、聞くなっての!」

「ふーん、僕に聞かれたのが悪ひ……」


クレブくんは舌を噛みました。がたがた震えています。


「寒い……。なんでルーネは平気なのよ」

「雪女さんに光をもらったからよ。ほら、あの時の――」

「うぅ……」


クレブくんはルーネの話を聞かず、元気を振り絞って叫びます。


「雪女の人殺し!――ん、カニ殺しか。えっと、そう。カニ殺しー!」


ついに雪女の氷像を叩き始めました。すると、氷に亀裂が走り、ついには綺麗に割れてしまいました。そして雪女は動き出し、雪がやみ、空から光が差し込み、世界中の氷が瞬く間にすべて解け、跡形もなくなりました。


「だれが人殺しですか!」

「わっ、氷像が喋った!」

「私は像ではありません。雪女です。神に近しい存在なので、崇めたてまつりなさい」

「やだ」


すぐにいつもの調子で、会話が始まります。サルの三兄弟もクレブくんたちに近づきました。


「ふぅ、やっと動けたな」

「待ちくたびれちゃったのよ」

「です……」


クレブくんはその声を聞いて、サルの姉に飛びつきます。


「サルの姉さん、また『です……』以外を喋ってよっ」


サルの兄はクレブくんとサル姉を引きはがしながら言いました。


「姉さんの名前は姉さんじゃない」

「姉さんの名前はリリ、私はネネ」

「です……」

「今さら名前を出しても無駄なのです。クレブはどうせ覚えませんよ」

「覚えてるよ。使わないだけだもん」


あたりは7年ほど前と全く同じ調子で時を刻み始めます。


「とにかく、一件落着ね」


そう呟くと、ルーネはできるだけ気配を消してその場から離れていきます。


「きゃあっ!」


しかし、つづらに足を取られて派手に転びました。全員が駆け寄ります。


「このつづら、僕がねずみからもらったやつ!」

「開けてみな」

「良いものが入ってそうなの」

「です……」


クレブくんがそわそわしてつづらに触れるか触れないかというとき、ルーネは勝手につづらを開けてしまいました。


「ルーネ!? 僕が開けたかったのに!」


ルーネは笑みを浮かべました。


「私が転んだことより、つづらの方が大事だものね。あなたを助けた私より、世界を凍らせた雪女さんのほうが好きだものね。」

「うん」


クレブくんは戸惑いながらも頷きました。ルーネの体から力が抜け、倒れてしまいます。一同はそれを気にせず、つづらの中身に興味津々でした。


「それより中身を見なさい」

「うわっ! バナナ一年分!?」

「バナナっ!」

「バナナっ!」

「です……」


つづらの中身には、青々しいバナナと「バナナ一年分」と書かれた紙。


「私が五割です。そして、クレブ三割、サルたち一割、ルーネ一割でしょう」

「なんで!? 僕が全部もらうもん」

「ルーネのおかげでつづらに気づいたのです。その功績は配慮しましょう。そしてサルたちもバナナは大好物です。あげないのは酷でしょう」


クレブくんは腕を組んで考え込みます。


「わかった。僕が八割、サルたちとルーネで一割ずつ!」

「良くありません! 私の分がないではありませんか」


その裏で、サルの三兄弟はすでに動いていました。


「今のうちに」

「つづらごと逃げるのよ」

「です……」


「3、2」

「1」

「です……」


サルの兄がつづらを持って逃走します。妹は追いかけようとする雪女たちの妨害です。サル姉は頭を下げつつ、バナナを五本落としながら撤退しました。


「返せー! 僕のバナナ!」

「私のバナナよ!」


追いかける声だけが空に響きます。バナナもサルたちも、あっという間に消え去ってしまったのです。


ルーネは黙って立ち尽くしていましたが――


「クレブ、三人でバナナを取り返そうよ。もし私が活躍したら――」

「そうですね。バナナの取り合いは取り返してから。取り分は功績に応じて決めますよ」

「いいね! バナナを取り返したらまず、取り分を決める、だからねっ」


雪女はすでに自分が活躍できそうな作戦をブツブツつぶやいていますし、クレブくんは訳ありげに条件を確認し直しました。


「こんなつもりじゃ無かったのに……」


こうして「バナナ奪還&サルボコ計画」は始動してしまうのでした。と、その前に。


「この五本のバナナ、どう分けますか」

「二人とも仲間だもん。一本ずつあげるよ。で、僕が3本ね」

「私、巻き込まれたんだから慰謝料として多めにしてよ」


サルの姉さんが落としてくれた五本のバナナすら、争いの種でした。




「サルの住処は七つ。どこからでも出入り自由なそうです」

「サルって、大きな音を出すと驚くらしいよ」

「でもあの三匹、群れとは行動が違うような……」

――調査、分析。


「大きな音出されたら、私もびっくりしちゃうわ」

「三対多数になれば勝ち目はないですよね」

「サルの住処って木の上とかだから、出入り口とか数とかの概念が無いはずだよね」

――問題点。


「ルーネは耳栓をすればいいんだよ」

「分散させて個別撃破が現実的よ」

「サルの住処に関する情報は少ないので、捕虜になったふりをして忍び込むのもありかもしれません」

――作戦の絞り込み。


「ところで、バナナってまだあるの?」

「もう食べられてたらどうしよう!」

「早く実行しなきゃ!」

――焦りと気づき。


「計画はこの紙に……あっ!」

「ちょっと! 風に飛ばされたじゃない! 責任とってよね!?」

「大丈夫です。私の緻密な計画が、サルに理解できるわけがありません」


そして、ついに決行の日。太陽を背に、三人は進みます。


「暑いです。雪を降らせましょうか?」

「お願いするわ」

「延期なんかしないんだから! 十分ぶりの恨み、今こそ晴らしてやる!」


雪が舞う中、作戦開始です。

雪の舞う夏。

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