きゅうわ!
三日後、下層の街に上層から技術者一人、憲兵の副団長、そして護衛の憲兵たちがやってきました。目的は二つ。壁に開いた穴の修復と、犯人の確保です。
技術者は長靴を履いて穴の修復に向かい、副団長は護衛を引き連れ、とある家の前で命じました。
「ここか。開けろ」
「はっ」
次の瞬間、扉は破壊され、副団長たちは強引に突入しました。
「おう、お客さんかい」
「憲兵だ。この家の者全員、三十秒以内に集合しろ」
物騒な口調におとっちゃんも慌てて走り出し、家の者をかき集めます。集まったのは、ロボ、おとっちゃん、クレブくん、雪女、そして東電でした。
「ピッタリ三十秒です」
「これで全員か?」
「そうだよぉ」
「敬語っ!」
叱責と共に、おとっちゃんは憲兵に強く叩かれ、床に倒れ込みました。憲兵たちは遠慮もなくテーブルにつき、家の者は立ったまま尋問が始まります。
(やっぱり逃げた方がよかったんじゃ?)
(ダメです。上層の人に会わなければ、連れて行ってもらうどころか話すらできません)
クレブくんが憲兵の椅子を奪おうとするのを、雪女が静かに制止します。
「お前は、侵入者をかくまっているな?」
「はい。下層に落とされた者は、こちらで預かって働かせています」
倒れたおとっちゃんの代わりにロボが答えました。
「悪人をかばうつもりか?」
「我々には彼らに関する命令はなく、判断は任されています」
副団長は静かにうなずきました。次に彼の視線は、雪女とクレブくんへと移ります。
「おとっちゃん、雪女、クレブ。お前たちが犯人だな」
「最初からそれが目的だったんですねっ」
「つまり、今のやり取りは前座だったと」
クレブくんは楽しげに、雪女は慎重に言葉を選びます。
「実はね、僕らが壁に穴を開けたんだよ!」
「って、言ったらどう思いますか?」
思わずうなずいたクレブくんに、雪女は慌てて補足します。しかし副団長は冷たい笑みを浮かべました。
「そうか。――なぜだ?」
「牢獄に行きたかったからさ。俺は牢獄マニアなんだ」
東電が割り込んでそう答え、雪女は冷たく見つめます。
「牢獄マニアは東電だけです。非常識と一緒にしないでください」
「僕は常識人だよ!」
「壁に穴開けた時点で常識ゼロです」
(……バカ、わざとだよ。こいつらに嫌なことさせたいから、捕まるの好きだけど、ついてくの嫌って言えば逆に――)
(……意味わかりません)
二人の小声の会話は、やがて諦めの沈黙に変わりました。
「で、なんの話でしたっけ?」
「お前らは牢獄行きだ」
「やったぜっ!」
東電は両手を上げて歓声を上げます。副団長は淡々と宣告を続けました。
「おとっちゃん、雪女、クレブ、東電、ロボ――全員牢獄行きだ」
憲兵たちが一斉に立ち上がり、五人を拘束します。彼らは抵抗せずに大人しく連行されました。
副団長が率いる集団は、下層と上層とを結ぶ穴までたどり着きました。技術者たちも戻ってきています。
「壁の穴の修復は完了しました」
「上々だ」
副団長は護衛の一人に目配せをします。護衛は懐から一枚のカードを取り出し、穴の隣に当てました。すると穴が広がり、地面に魔方陣が展開されます。
「すごいっ!」
「静かにしてろ」
魔方陣が動き出し、次の瞬間には一行は先ほどとは別の場所に来ていました。
「すごいっ!」
「静かにしてろ」
五人は強引にどこかへと連れていかれます。そして一つの部屋へと入りました。そこには、底なしの穴が開いていました。
「入れ」
「やだっ!」
「無理やり入れてほしいのか」
「どこに続いているのですか」
五人はそろって怯えたような表情をしていました。すべてを吸い込んでしまいそうなその穴は、人の不安をあおります。
「牢獄に続いているんだよ」
「牢獄って、どこに――」
雪女は後ろで拘束された手を微妙に揺らします。他の四人は小さくうなずきました。
「ファイトッ!」
クレブくんの掛け声で、五人が一斉に動き出しました。護衛たちを凍らせ、熱し、倒していきます。
「あとはあなただけです」
「な、なぜ……」
護衛達はあっさりとやられてしまいました。残ったのは副団長、ただ一人。副団長は隠れて服の後ろについているボタンを押しました。警報が作動します。
『アラート。侵入者発生! 地点 3-53!』
「なに!?」
「警報……さてはこいつ、隠れて私たちを通報しましたか?」
「厳罰ですね」
雪女は震えている副団長を底なしの穴に放り込み、扉を閉めました。
「私は絶対にあの穴に入りたくはありません」
「そりゃそうだよ!」
クレブくんも大きくうなずきました。しかしその時、背後から足音が鳴りました。二人の男で、どちらも銃を構えています。
「手を上げろ! 上げないと打つぞ!」
「うん。――なんで?」
クレブくんは両手をピンと上に伸ばしたまま首を傾げました
「コチョコチョしちゃいます!」
「わっ、あはは! やめてっ」
クレブくんは手を下げて楽しそうに雪女にコチョコチョをしかえしました。
「なめやがって……」
男は眉間にしわを寄せ、銃を構えなおしました。
「とにかくお前らもっ! 手を上げろ!」
「わかってるよぉ」
「あげれば良いのでしょう、あげれば」
「抵抗はしない流れですか」
五人とも抵抗せずに両手をあげます。しかし、もう一人の男は目を見開き、銃を落っことしてしまいました。おとっちゃんを指さして言います。
「まさか……おちゃっちゃんの子ども!?」
「おとっちゃんに何か用ですか?」
ロボの祖父である「おちゃっちゃん」の知人、ボドでした。おとっちゃんは目を見開きます。
「ああ、ボドさんか! 私の父が助けた、ああ、上層に行った後どうしてたかと思ったらぁ!」
「うん、君と遊んだこともあったね。あ、ごめんねリテオ、先に戻っててほしい。ちょっと知り合いでね。もちろん仕事はこなすからさ」
もう一人の男、リテロはボドを何度か見返しながら走って行ってしまいました。ボドは廊下に座り込みます。
「えーと、この3人は誰だい? こっちは君の子どもだろ。」
「ああ、それはねぇ」
「こちら3人はおとっちゃんが助けた『侵入者』です。3人、この人はボド――私の説明にあった上層に行った人です。私は面識はありませんが。」
ロボはおとっちゃんの言葉をさえぎって言いました。ボドは続きを促すように視線をロボに向けます。ロボは、これまでの経緯をかいつまんで説明しました。
「なるほどね。外に行きたいわけか。昔の私と同じだ。そういうことなら手助けもしたくなるな」
ボドは快活に笑いました。クレブくんは期待に目を輝かせます。
「どういうこと!?」
「私、このときを待っていたのかもしれないね。今まで、外に出ようにも今一つその勇気が無かったんだ。だって、この世界でそれなりの地位も作ってしまったし、外のことなんて忘れてしまったからね」
クレブくんは一転して首を傾げます。
「意味わかんないし。」
「私の部屋の窓、一応は開かない物だけど、割って海へ飛び降りるのは簡単だ。そこから脱出しな」
「割れるのですね。弱い窓です」
成り行きのまま、一同はボドの部屋までやってきました。クレブくんが拳を振り上げます。
パリンッ
「いやっ、今割る!? もっとタイミングとか考えてよ!」
「だって、お前がいつ裏切るか分かったもんじゃないし……」
「行きますよ」
『アラート。地点5-17にある窓が割れた』
急にサイレンが鳴り響きました。ボドは反射的に部屋のドアを見ます。
「はあ、私が反逆者扱いにされそうだろ! もっと、私がいないときに割るとか証拠隠滅とか私を立てる方法を考えてだなっ!」
「意味わかんないっ」
ボドがクレブくんに掴みかかりますが、東電はボドの肩に手を置いて言います。
「言ってることは分かるが、ま、いいだろ。俺らには関係ないしな」
「良くないっ!」
ボドは東電を振り払って、まだ介入してきていない、おとっちゃんに掴みかかりました。
「お前なら客の私を助けてくれるだろ!?」
「そうだなぁ、いちおう前のお客さまだったし、事後サポートするかー」
ボドはその言葉を聞くと手を下ろし、息を吐きました。ロボは前に出て、ボドと向き直ります。
「ボドさん、外に出るのは嫌なんですよね」
「ああ、一応こっちで地位も作ったしな」
ロボはナイフを割れた窓のほうに投げて、クレブくんたちを牽制します。
「窓から飛び降りようとするのやめてください。全員、いったんボドを助けます。おとっちゃんの頼みです」
「はいっ」
クレブくんは部屋に降り立ち、直立不動で答えました。東電はロボの投げたナイフを手に取り眺めています。
「でも、おとっちゃんとロボだけで証拠隠滅くらいできるだろ」
そう言うと、東電はナイフをロボの顔に向かって投げ、窓に手をかけました。しかし、ロボは素早く間合いを詰めると東電の首にナイフを当てました。東電は片手をあげ、ひらひらと手を振ります。
「分かったからナイフ当てるのやめろって……」
「はい。事後サポートなので、ボドさんの地位を上げなければいけませんよ」
雪女も無言で首を縦に振りました。おとっちゃんは全員を見まわします。
「よし、作戦会議だぁ」
「おい、足音が聞こえないか?」
「聞こえるねっ」
「誰か、憲兵が来たな」
「しょうがないなぁ、いったん隠れるよぉ。ロボボ、隠れ身の術ー」
ロボは一つ頷くと、てきぱきと指示を出します。
「雪女さんは上に氷の床つくって、みんな登って。あ、ボドさんはこれ。追ってが来たときの台本だから覚えてね。みんな登った?」
ロボは最後に、懐から取り出した筆で氷に色を塗って天井と変わらないような見事な作品に仕上げました。そして自身も上に登って身をひそめます。ちょうどロボが隠れ終わったとき、ボドの部屋に憲兵のノルタールが入ってきました。
「ボドっ、何があった!」
「ああ……。実は、窓から侵入者が入ってきた。だが大丈夫、撃退したぜ」
「それにしては戦いの跡がないね……。というか、窓ガラスは中から外に割れたってデータにあったよ。嘘ついてんじゃない?」
ロボは目を不自然に左右に揺らします。
「ち、ちげぇよ! ……えっと、えっとな」
「どうした」
「いや……ほんとのことをいうよ。――さっき、アラートが鳴っただろ」
「ああ、君とリールが行ったね。リールだけ先に戻ってきたけど、そのときに何か?」
ノルタールはじっとボドの目を見つめました。ボドはノルタールの目を見つめ返します。
「じつは、アラートの敵ってのが俺の知り合いだったんだ」
「どういうことよ。上層の者はアラートに引っかからないはずだけど。」
「下層の知り合いなんだ」
「下層――君、いったことなんてあった?」
「あー、視察のときとかな」
「そうか。それで?」
ノルタールはボールペンと紙を用意して続きを促しました。ボドのまわりを憲兵たちが取り囲んでいます。ボドはそれを見て頭を下げました。
「結論、敵はこの層で逃走中だ。時間がたつほど遠くに行ってしまうから、俺の話を聞く前に先に探しに行け」
「そう。場所に心当たりは? 二班に分かれるよ」
ボドは黙って天井を指さします。そして、ポケットから鉛筆と紙を取り出して書きました。
『敵は5人。この天井に、カモフラージュして潜伏している。手練れも多いので、既知であることを生かして味方になったフリをして追い詰めた。ばれないように先手を取って捕まえたい』
紙を見せながら、口でもボドは説明します。
「わかんないな。扉の向こうに逃げて行ったんだが。」
「そう。じゃあ1,2,3班は捜索。他はここで待機ね。さあボド、あっちはあっちで何とかするだろうから、何があったか語ってくれない?」
ノルタールはボドと自然に会話をしながら、紙を見せます。
『了。半信半疑だけどね。天井に違和感も無いよ。口のほうも真実でしょ。納得できる説明してくれないとダメだよ』
『もちろん。』
その後も口と紙で別のことを話し続けます。
「知り合いだったからちょっとくらいは話してもいいかなって思って、リールを帰して話聞いてみたんだが、あいつら外に逃げたいらしくてよ。」
「俺の窓から逃げられるからって――ほんとに、魔が差したというか、あいつらが本気だったとは思わなかったというか……」
「アラートなってから怖くなって、あいつらをこの部屋から追い出した。だから誰も窓から脱出とかはしてないよ」
「ふーん、重罪だね」
「なら、罰してくれればよいさ」
「それは上層部だけが知ることだ。私たちにできるのは、事実をありのままに書いて送るだけ」
突入準備を整えながら、悟られないように口で話し続けていました。
『手練れがいるって書いただろ。天井を二重にして、絵具できれいにごまかしやがった。気を付けろよ』
『了』
その裏で、クレブくんたちも何やら話し合っていたのです。
「はい、氷像はできましたよ。私の美しい氷像に雑な色を乗せないでくださいね」
「では雪女さんが塗りますか?」
「遠慮しときます。あ、他にすることは?」
「天井を作ってください」
「三重天井ってこと!?」
「クレブっ、静かにしろ……」
そして、戦いの火ぶたは切られます。
『準備完了』
その紙が落とされた瞬間、爆発音が鳴り響きました。そして、憲兵たちは天井に隠れていた五人を見つけます。戦いの末、憲兵は彼らを捕まえました。
「ボド、裏切りやがってー!」
「全員を捕えた。情報は本当だったわけだが、ボドをどう見るか」
「ボド、裏切りやがってー!」
「素晴らしい作戦で侵入者を捕まえたということで昇進だな」
憲兵は拘束された五人を見ながら、しばし休息しました。そしてクレブくんたちはコソコソ話していました。
「すげ、ほんとに氷像なんかを俺らだと思ってる」
「私が氷像を遠隔操作で動かしていますから。」
「ロボの氷像への色塗りが、リアルすぎるんだよぉ」
「ありがとっ」
「どうでもいい。とにかく脱出するの!」
そう、三重に作られた天井。その上のほうのスペースに、五人はまだ隠れていたのでした。そして、憲兵たちの意識がそれている間に窓から飛び降ります。幸い、まだ窓は修復されていませんでした。
「えいっ」
「えいっ」
五人は簡単に窓から飛び降りることができました。窓の外は海です。二階から飛び降りたようなものなので、全員無事です。
「なあ、なんか窓の外から音がしなかったか?」
「そうか? ま、捕まえたからいいだろ。早く牢に入れねぇと」
「そうだな」
海に飛び込んだ五人のうち、クレブくんと雪女、おとっちゃんは溺れそうです。残りの二人がその三人を介助しながら、浜へ向かっていきます。それまでの間はずっと暇なわけです。
「そういえば、ロボとおとっちゃんまで脱出って……良いのですか?」
「ちょうど引退かとおもってたところだしねぇ、いいんだよぉ」
「じゃあ、二人もバナナ取返し作戦に参加してね!」
「うるっさいな、泳げないやつらが!」
五人はゆっくりと海を流れ、浜にたどり着きました。