はちわ!
短めです。
三人は目的の壁にたどり着きました。
「なんというか……普通ですね」
「面白くないね」
「簡単に割れそうだけどなあ」
もとは白かったであろう壁は、薄汚れて落書きがいくつか施されているものの、基本的にはありふれた壁と変わりありません。
「まあ、変な壁だと技術を調べるのも簡単そうですしね」
「そうだね。さ、穴開けて」
「え、私に言っています?」
「うん」
まったくためらいなく雪女に丸投げするクレブくん。雪女は少し呆れつつも、不思議な気持ちになりました。
「頼られるのは嬉しいのですが……クレブはもう少し、自分で解決する術を学んだほうが良いのではないでしょうか」
「えっ! 頼られるの嬉しいんだ! じゃあ、おんぶしてー。歩くのめんどい」
「何言ってるんですか。馬鹿ですか。凍らせますよ」
軽口を叩き合いながらも、雪女は素早い動きで氷の槍を生成し壁に向かって発射しました。
ガンッ
「傷はつきましたね」
「百回くらいやれば穴あきそう?」
「千回は必要だろ」
周囲の視線もありますし、結局この方法は断念することになりました。
「ドリルは? 回すの」
「氷が削れるだけだと思いますが……」
一応試してみました。氷が削れました。音は先程より静かで、壁が削れたかどうかと言えば、どちらかといえば削れたほうでしょう。理論上なら、一万回ほど回せば穴が開くかもしれません。
「東電、やってー」
「俺っ!?」
「スパイってこういうの得意でしょ」
クレブくんは早々に雪女を見限り、東電にバトンを渡しました。東電は壁を睨みます。
「あー、どうせ無理だけど」
ザンッ
どこからともなくナイフが現れ、壁に突き刺さりました。そう、確かに突き刺さったのです。
「すごい! 雪女さんより深いよね。50回くらい刺せばいけそうだよ」
「いや、せいぜい10回が限度だな。疲れるし……それに、感覚的にこの壁、内部にすっげー硬い何かがある。これ以上は入らんわ」
「えー」
クレブくんはわかりやすく不満顔ですが、雪女はわかりやすくホッとした様子でした。
「私の存在価値がなくなるところでした……」
「そうかもね。どうしたら穴あけられると思う?」
「何をしているのですか」
突然、背後から声がかかりました。三人は勢いよく振り向きます。そこにはロボが立っていました。
「気配がなかったな……」
「迷惑です。住民から苦情が入りました」
「あ、この壁に穴を開ける方法、なにかある?」
「なにを馬鹿なことを――」
そう言いながらもロボは顎に手を当てて数秒間沈黙しました。
「――できなくはありませんが」
「ほんと!? じゃあ、お願い!」
雪女は少しだけ眉をひそめました。
「ろくでもない方法だったらどうするのですか」
「違います。そうではなく、私はあなたがたに上層へ行ってほしくないのです」
「大事な顧客だからだろ。まだその遊びやってんのかよ」
「え、開けてくれないの? 早くー」
ロボは表情をわずかに変え、不敵に笑いました。初めて見せたその顔にクレブくんは吹き出しそうになりましたが、雪女がなんとか抑えます。
「あなたは私に、何を提示できますか」
「どういうこと?」
「取引ってことだな」
クレブくんは、無償で何でも得られると思っている節があります。最初は不満そうでしたが、「取引」という言葉を聞いた瞬間、目の色が変わりました。
「じゃあね……引き受けてくれないとロボの家ぶっ飛ばすよ。雪女さんが」
「え、私ですか? まあ良いですけれど。どうせ他人の家ですし。」
東電は三歩後ろに下がりました。ロボに近づきました。そして小声でロボにささやきます。
(俺お前の味方になるわ。あんな狂ってるやつら、無理)
しかしロボはその言葉に耳を貸さずに言いました。
「本気でしょうか」
「そりゃ、本気じゃないと取引にならないからねっ」
クレブくんは上機嫌でした。雪女はクレブくんの隣でただただにっこりと微笑んでいます。
「であれば、あなたがたを危険分子とみなし排除します。下層の住民すべてに敵と認識されれば、さすがのあなたがたでも逃げ切れないでしょう。なにしろ下層は密室のようなものですから」
クレブくんの顔が一転して真っ青になりました。冷や汗が一筋流れました。ロボに対してはどうにも分が悪いようです。雪女が前へ一歩進み、クレブくんをかばうように立ちました。
「そちらこそ本気ですか。それなら――」
「このような取引はやめましょう。不毛です。下層での生活も案外悪くありませんよ?」
割って入られ、雪女は口をつぐみました。ロボから放たれる本能的に逃れたくなる気に当てられ、唇を噛みます。今度はクレブくんが手を握りしめて前に出る番でした。
「じゃあさ、おとっちゃんに聞いてみようよ! おとっちゃんの決定なら、ロボも文句はないでしょ?」
「うるさい。お前がおとっちゃんと言うな」
クレブくんはその家まで走り戻りました。雪女と東電もそれに続き、ロボは肩を落として全速力で追いかけました。クレブくんがドアをノックすると、おとっちゃんが顔を出しました。
「なんだい?」
「おとっちゃんさん、あのね、僕らそこの壁に穴を開けようと――」
「クレブ。すみません、中で話させてください」
「それはいいけどねぇ」
おとっちゃんは不可解そうにしながらも、三人を家に入れてくれました。ロボももちろん家に入りました。五人はテーブルに座ります。
「僕ね、そこの壁に穴を開けたいの」
「でも、そんなの無理だしダメだよね、おとっちゃん」
「なんで穴を開けたいんだい?」
クレブくんは雪女たちに話した内容をそのまま、おとっちゃんにも説明しました。
「ふーん。いいと思うけどなぁ」
「だよね! だから穴あけてよ、ロボさん」
「いやです」
「ていうか、ロボって穴あけられんの?」
東電の何気ない一言に、ロボは顔をしかめました。
「開けられないと思っているのですか。では実際にやってみせましょう、という展開を期待しているのでしょうか。あまり良い策だとは思いませんね」
「ちっ」
しかしこの話題に、雪女が興味を示しました。
「確かに知りたいですね。私でさえ開けられなかった壁なのに、あなたがなぜ開けられるのでしょうか」
「あなたの氷は所詮雪からの派生です。最初から氷を鍛えた私に勝てるはずがありません」
おとっちゃんはその様子を見ながら、腕を組みなおしてロボに問いかけました。
「なぁ、ロボはこいつらに手を貸す気はないんだなよな」
「ありません」
「じゃあ、こちらが手を貸すとするかね」
「おとっちゃんも壁に穴を開けられるの?」
クレブくんはロボに睨まれて、おとっちゃんを見つめ続けました。
「んー、そっちと協力すりゃな」
「私ですか? ああ、熱波でも使えるのですか?」
「そうだね。急な温度差をつくってな、割るんだよ」
「了解しました」
ふたりは打ち合わせを始めます。そこにクレブくんが割り込みました。
「急な温度差って?」
「物は急激な温度の変化があると壊れてしまうのです」
「その性質を使うのさぁ。私が熱波で、雪女さんが氷だな」
その後、ロボを除いた四人は簡単に話し合いをしました。
「じゃあ、決行は明日ね」
「ああ」
「ええ」
翌日。雪女とおとっちゃんは特別な気負いもなく壁の前に立ちました。クレブくんも後ろに立っていました。
おとっちゃんが目に見えない熱波を発し、雪女が一拍遅れて冷気を送ります。壁にひびが入り、そこに雪女のドリルが突き刺さりました。
パリンッ
奇妙な音とともに壁に穴が開きました。そこから水が漏れ出していきます。三人はそそくさとその場から立ち去ります。しかしその様子は、何者かに見られていました。
三日後。噂はすでに広がっており、壁の浸水は止まらず、下層の地面はどこもぐちゃぐちゃで長靴が必須となっていました。
そんな中、下層に一匹のウサギが現れました。
「めんどくさ。さっさとやりますか」
彼は手をひとつ上げ、潜伏させていたスパイを呼び出します。スパイは告げました。
「クレブ、雪女、おとっちゃん――この三者が犯人でっす」
二話更新でした。一昨日に更新を忘れたのと、区切りが微妙だったので。