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いちわ!

昔々のことでございます。カニのクレブくんが、一本のわらを握って遊んでいました。家から出て、外を何とはなしにブラブラしているのです。


「ぼくの柿、いつ芽が出るかなー」


クレブくんは上機嫌です。庭に植えた柿のタネが気になっているようでした。


「ふんふふふーん。巻かれたい奴はこのわら、とーまれ」


そんな時、一本のわらにアブが止まりました。命知らずなアブです。クレブくんは即座にそれを巻いて結びました。


ブンブンと鳴いて暴れるアブを眺め、クレブくんはご機嫌です。アブの口をこじ開け、舌を切ろうとします。

そこへ、一人のお爺さんが現れました。


「これ、カニの坊や。そのアブを放してやりなさい」

「僕がせっかく結んだのに、タダでなんかやーだね」


お爺さんは懐からおにぎりを取り出します。


「では、このおにぎり二つと交換してくれるかい?」

「やった! でも、なんでこんなの欲しがるの?」


お爺さんは語り出しました。


「昔、ウミガメを助けて竜宮城に行ったことがあってな。恩は売れば何倍にも返ってくるんだよ。今度は天空城にでも行きたいと思ってるんだ」


なるほど、とクレブくんはうなずきます。けれど話は止まりません。


「竜宮城では毎日がパーティーで——」


話し出すと止まらないものです。クレブくんは静かに立ち去ろうとしました。


「まちなさい、アブとおにぎりを交換しようじゃないか」

「ん、わかった」


こうして取引は無事に終わり、クレブくんは歩き出します。


「おーにぎり、おーにぎりっ」


道の向こうから、キツネのルーネがやってきました。


「あっ、クレブくん。おいしそうなおにぎりね」

「うん、米はもっちり、海苔はパリパリ、塩がきいてるよ」


まだ一口も食べていないのに、クレブくんは適当なことを言います。実際は明太子おにぎりなのに。その嘘にルーネが食いつきました。


「それなら、この笠六個と交換して。」


クレブくんは無視して通り過ぎようとしますが、ルーネは引きません。


「おにぎりは二つしかないけど、笠は六個あるのよ? 一個だけでいいわ。お得でしょ?」

「でも、笠は食べられないよ?」

「食べられるわよ。とーっても美味しいんだから」


嘘の応酬の末、クレブくんは頭に笠を六個も積み、残ったおにぎりをポケットに入れました。そして、試しに一つの笠にかぶりつきます。


「うげぇ、まずい。ルーネめ、だましたな!」


笠の破片を吐き出し、クレブくんはルーネを追って走り出しました。


しばらくすると、道ばたに六体のお地蔵さんが並んでいます。


「お地蔵さん、頭が丸見えだね。隠さないと笑われちゃうよ?」


クレブくんは、自分の頭から笠を一つずつ取って、お地蔵さんにかぶせていきます。


「だめだよ、これは僕の分だから。」


お地蔵さんは一体だけ仲間はずれになりました。クレブくんはお地蔵さんに交じり、しばらく拝まれるのを待ちます。しかし、だれもやって来ません。クレブくんは思い出したように声を上げました。


「いけない。ルーネが先に行っちゃう。この道の奥にはぼくの家もあるんだぞ。ルーネなら泥棒くらいしてるかも。詐欺も暴力もしてるに違いない!」


勝手にルーネの罪を増やしながら、クレブくんは道を急ぎます。




しばらく進むと、クレブくんはルーネを見つけました。ルーネはその場に座り込み、ゴホゴホと苦しそうに咳き込んでいます。


「やあ、ルーネ。てっきり追手から全力疾走で逃げてると思ったのに、なんでこんなとこで倒れてるの?」

「クレブくん、ゴホ……別に、ゴホ、追手に追われてるわけじゃ、ゴホ……ないのよ」

「何言ってるの? ゴホゴホうるさくて聞こえない」

「さっきのおにぎり、明太子だったわ。塩むすびじゃ……ゴホ、なかったのね」


クレブくんは首をかしげます。それは演技でもなく、本心からそう思っているようでした。


「とにかく水を、ゴホ、持ってきて」

「はーい」


クレブくんは近くの泉から水をくみ、ルーネに渡しました。その水を飲めば飲むほど、ルーネの体はどんどん小さくなっていき……ついには消えてしまいました。あとには服だけが残ります。


「ルーネ?」

「おぎゃあ、おぎゃあ」


服の中から小さな産声が鳴りました。クレブくんは覗き込みます。そこには一匹のキツネの赤子が包まれていました。


「ルーネが赤ちゃんになっちゃった?!」


クレブくんはしばし固まります。けれど、すぐに笑顔に戻りました。そして赤子を道のはずれに寄せます。


「復讐できたから、いっか」

「ヒトゴロシ二ナルキデスカ」


誰かが、背後からクレブくんに声をかけました。


「だれ?」

「ユキオンナデス」


冷気が広がります。クレブくんは背後を振り返りましたが、誰もいませんでした。


「ヒトゴロシデモ、ワタシガコワイノデスネ」

「ん? 聞き取りづらいよ」

「ヒトゴロシデモ、ワタシガコワイノカ!」


その声は平らで抑揚がありません。クレブくんは首をかしげました。


「ちゃんと怖がれよ――じゃなくて。人殺しでも私が怖いのかと、あざ笑っているのです。きちんと聞き取って、怖がりなさい」

「えっと、誰だっけ。姿が見えないのに怖がれって言われても無理だよ」

「雪女です」


雪女は聞き取りやすいように抑揚をつけました。しかし、クレブくんはどんどんと注文をつけていきます。


「ふーん、姿が見えないのは固定なんだ」

「下民に姿を見せる道理はありません」

「そっか。まだ未熟で、化ける術を使えないのか」


クレブくんは前を向きなおし、元通りに歩きはじめ――


「そんなわけがないでしょう!……いいわ、特別に見せてさしあげます。どんな姿がご希望ですかっ」

「絶世の美女! どうせ無理だろうけど」


クレブくんは勢いよく後ろを向くと、瞬きを忘れてじっと宙を見つめます。雪女はそのまま美しい女性に姿を変えました。しかしクレブくんはため息をつきます。


「それがあんたの思う絶世の美女? やっぱりこの程度か」

「なっ……!?」


雪女はさらに美しく変化しました。女神の化身と見まがうような美しさです。けれど、クレブくんはそれをひと目見ただけで視線をそらします。


「ふーん」


そして、なにも無かったように歩き出しました。雪女は信じられないという顔で、その前に立ちはだかります。


「私の本気、思い知りなさい」


まばゆい閃光が走り、クレブくんは目をきつく閉じました。光が収まるとそこには、まるで月から降りてきたような美女が静かにたたずんでいました。


「すごい……」

「ふん。わたしの手にかかれば、造作もないことです。それで?」

「好……いや、その……。月が、きれいですね」


太陽が空高くに浮かんでいる中でのその言葉に、雪女は唖然としました。


「わ、私に告白のつもりですか? 身のほどを知りゃないっ――!」

「アハハッ!」

「わたしの前でなんのつもりですか。不届き者!」


雪女の顔は真っ赤です。クレブくんもつられて、ちょっぴり赤くなります。クレブくんは笑い混じりに言いました。


「それより雪女さんの美しさ……僕だけのものにしたいな。僕にしか見えないようにしてよ。できないの?」

「……面倒な。所詮は愚民、期待して損をしました」


雪女はそっぽを向きながら、しっかりと術をかけました。クレブくんは雪女のほうを見ずに逃げるように走り出します。雪女はつられるように足を踏み出し——ふと、何かを思い出して振り返ります。


小さなキツネの赤子が、か細く鳴いています。放っておけば、命が尽きるのも時間の問題でしょう。雪女はそっと手をかざしました。青白い光が赤子を包み、わずかに体が震えます。雪女はうなずき、ぽつりとつぶやきました。


「クレブを人殺しにはしたくないのです」


そして雪女は、クレブくんの後を追いかけました。




家まで勢いのまま走っていったクレブくんは、大変なことを目にしました。数日前に植えたばかりの柿の木が急成長し、たわわに実をつけています。そして、その枝には三体のサルが登っていて、熟れた実を次々と平らげているのです。


「ぼくの柿をうばうな!」

「ちがう。柿は、俺と」

「私と姉さんのものなの!」

「です……」


クレブくんは木に駆け寄り、荒々しく登り始めました。けれど、もともと木登りは得意でなく、さらに上からサルに柿を投げられて妨害され、まったく登れません。


「木登りでおれらサルに」

「勝てるわけないの!」

「です……」


クレブくんは必死でよじ登り続けます。雪女は遅れてやってきて、サルとクレブくんを見比べながら首をかしげています。


そのとき、激しい動きのせいでクレブくんのポケットからおむすびが転がり落ちました。


「おむすびころりん、すっとんとん」

「おむすびころりん、すっとんとん」

「です……」


おむすびは速度を落とさず転がっていき、小さくも深い穴の中へ落ちてしまいました。クレブくんの目には涙が溜まっていました。


「泣く時間があれば別のことを始めなさい」


雪女は突き放すように言いました。クレブくんはその言葉に顔を上げます。


「わかった。ぼく、おにぎりを取り返してくる」

「へ?」


クレブくんは穴に顔を近づけ、中をのぞきこみました。中は真っ暗です。クレブくんは穴に手を突っ込みます。


「うーん、なんかある。動いてる? うわっ!」


突然、穴が広がったのかクレブくんが小さくなったのか――気づけば彼の姿は穴の中に消えていました。




クレブくんが目をこすって辺りを見回します。そこはたたみ八畳ぶんほどの空洞でした。


「うぅ……。ここは?」

「コカーラキ」

「え? どこにいるの?」


高音で早口なので聞き取れません。それに、声の主が見当たらないのです。


「コォー」

「えっ、きみ?……ねずみ!?」


クレブくんの足元には、ねずみがいました。無数のねずみたちが彼を襲います。


「カムビャット!」「カムビャット!」「カムビャット!」「カムビャット!」


その勢いに押し倒されるクレブくん。


「もう! “かむびゃっと”って、なに?」

「ソラデン、ソモナイ、ラターノキナ」


クレブくんの問いかけにも、聞き取れない言葉でしか答えてくれません。クレブくんがねずみを振り払い抵抗をはじめたころ、ねずみたちは攻撃をやめ、彼の上から離れていきました。代わりに現れたのは、一匹の偉そうなねずみ。


「――客。私は長老だ。これで聞けるか」


クレブくんは黙ったままです。まるで声がまったく聞こえていないかのようで、長老に目線の少しも向けません。


「客っ!」

「キャッ、キャッ!」「きゃっきゃ!」

「コタンタノ!」「こないだの!」

「客ー!」


周囲のねずみたちがざわざわ騒ぎはじめます。クレブくんはその都度、言葉を発するねずみのほうを見て同じように発音します。すると、しっぽにピンクのリボンをつけたねずみが長老の耳元でささやきました。


「キカットマンダ」「キットマンだ」

「客はおまえだ」


長老はクレブくんを指さして言いました。


「ぼくが客!?」

「やはり自分が客だと思ってなかったか。そう、おにぎりくれたのお前だ。歓迎する」

「歓迎ってことは、たらふく食べていいんだよね」

「そのつもりだ」


騒ぎはすっかり静まり、長老が手を叩くと次々と料理が運ばれてきました。


マグロの刺身、彩り野菜のサラダ、からあげ、焼き鮭、大根の漬物、野菜スープ……。


「やったぁ! でも、米とかパンは? あと水も欲しいな」

「むり」

「えっ? ぼく、おにぎりあげたんだよ」

「米もらって米あげるわけないだろ。パンも水も貴重だし、やらん」


クレブくんは困ったようにねずみたちを見ます。クレブくんは自分と目を合わせようとしないねずみたちを見て、主食も水もなく食べれない料理を見て、料理をひっくり返してしまいました。


「客!?」


クレブくんは肩の力を抜きます。顔に笑顔が戻りました。そして、料理を次々にひっくり返していきます。


「客、やめろ!」

「やだ! ひっくり返すの楽しいもん」

「アー!」「キッ!」

「シー!」「タッ!」


あたりは再び混乱に包まれます。ついに、長老までもが叫びました。


「アダラ! コレシッ!」

――「あいつは敵だ!攻撃開始っ!」


砲弾、剣、トマト、からあげ、服、リボン……。あらゆるものがクレブくんに向かって飛んできます。体格では勝っていても多勢に無勢。クレブくんはあっさりと追い詰められてしまいました。


「これ持って、帰れ。二度と来るな」

「わかった。ぼくも来たくないもん、こんなところ」


クレブくんは、長老が突き出した大きなつづらをひったくると、立ち止まりました。

始まってしまった、暴れまわりすぎのクレブくん。続きが読みたいと思ってくださった方は、評価お願いします。

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