95.本番
レイヴンと私は、ベッドの側面に並んで立っていた。
その対面にジェイドがこちらを見守るように、立っている。
レイヴンはノエルの腹部のあたりに手をかざしたのち――「できそう……ね」とポツリと呟いた。
「今から……私の妖精の力で――ノエルに加護を与えている妖精を引きはがす……予定よ」
「は、はい……!」
「そうすると――ノエルに加護を与えている……妖精がこの場に現れるわ」
「なるほど……」
「だから――王妃様は……その妖精に触れて、黒い付着物を取ってあげて欲しいの」
「黒い……付着物……?」
私の隣で、ノエルを見つめながら――レイヴンはそう話した。
私は彼から内容を聞き、思っていた以上に……やる行動はシンプルだと思っていた。
(でも――黒い付着物を取るだけでいいの……?)
レイヴンに、今の自分の中にある疑問を口に出せば。
「ええ、その黒い付着物が――妖精をおかしくさせている物体よ」
「!」
「王妃様は、守り手……。守り手は妖精に触れることで――妖精につく病や怪我を、取り払うことができるの」
やることはシンプルだが――未知数の……妖精に対して行う方法に私は……。
レイヴンの話を何度も頭の中で考え巡らせる。
(つまり、守り手という存在は――妖精を触って効果を出せる……そんな存在なのかしら?)
脳裏には、幾度かジェイドの妖精である子犬を触ったことを思い出す。
確かに子犬は嫌がりもせず――私が触ることができて……。
(ジェイドからは……私が触ると楽になると――そう言っていたわ)
いつもはジェイドを「さする」ことで、身体を落ち着かせる効果があったのだと――そう思っていたが。
もしかして……これが、レイヴンの言う――守り手ゆえに、起きていた効果だったのかしら?
思い出の中では、子犬という妖精ではなく……ジェイド本人を元気づけるためにしたことだったのだが。
(今からは――妖精を触ることに集中しないと……ということね)
先ほど、レイヴンの妖精を触ったという経験はしたが―ーあの鳥の妖精に何かできている実感は特になかった。
だから、今――ぶっつけ本番に近いような……プレッシャーを私は感じていた。
そんな中、レイヴンは事実を話すように淡々と。
「先ほど――アタシの妖精に触れていただいた際に……不思議な感覚があったの」
「え?」
「まるで、安心を感じるような……温かい感覚に近いものが――妖精から伝わってきて……王妃様の力が本物なのは、アタシが実際に経験したわ」
そう話すレイヴンに私は、自然と彼のほうへ視線を向けていた。
すると彼もまた、私の方を向いて――。
「だから……王妃様の力はノエルを助けるカギになっているのは――間違いないわ」
「閣下……」
「どうして王妃様に守り手の力があるのか……分からないことだらけだけれど――それでも、その力は今の状況の中で希望なの」
私に言葉を紡いだレイヴンは、そう言い切ってから。
「それと最後に、妖精をひきはがす際には――ぼんやりとしたオーラの状態で出てくると思うわ」
「ぼんやりとした……?」
「ええ、アタシが――妖精を通して見えているように引きはがすことになるの。本来なら、この子みたいに実体があるんだけれどね。妖精の――魂のようなものかしら?」
レイヴンは肩に止まっている妖精に視線を投げかけた。
「だから、危なくはないけれど――きっとこの子みたいに、触りやすくはないわ。それにすぐにノエルの身体に戻る可能性だってあるから……気を付けてちょうだいね?」
「わ、分かりましたわ……!」
「まだ守り手については、話しきれてはいないけれど……それは後にするとして。今から行う方法に関わる話は――以上よ」
「! 教えてくださり……ありがとうございます」
私はレイヴンの話を聞いたのち。
対面にいるジェイドの方へ視線を向けていた。
すると彼は――。
「何かあれば、必ず――お前を守ろう」
「え、あ……」
「俺にできることは……今は――それくらいのようだからな」
「! で、でも……そう言ってもらえて、安心したわ」
「そうか、それなら――良かった」
私を気遣う言葉をかけてくれた。
こうしてジェイドから言葉にされると、心臓がおかしな挙動を取ってしまうので――少しビクッとしてしまうが……それでも。
(こうして味方でいてくれる人が、側にいてくれて……ホッとしたわ)
ひとりぼっちでやっているのではないと、背中を押してくれるような励ましを感じたのだ。
「よし……っ!」
私は自分に活を入れるように、自分の両手で拳を握ってから。
「閣下……! よろしくお願いいたします」
「――準備はいいようね。では……いくわよ……っ!」
レイヴンは早速とばかりに、ノエルに向けていた手をそのままに。
通常の言葉としては聞き取れない――初めて聞く言葉を口に出したかと思うと。
レイヴンの肩にとまっていた鳥が、煌々と光り出した。
そしてレイヴンの手に光が集まり出したかと思うと。
「捕まえたわ……! 王妃様っ、ベッドの向こうに――持っていくから、向かってちょうだい」
「は、はい……!」
レイヴンの掛け声と共に――私は彼が示す場所へ向かう。
ジェイドもまた邪魔にならないように、距離を取りながらも側で見守ってくれていた。
そしてレイヴンが言った場所に待機していれば……後を追うように――レイヴンが光を言った場所に持っていく。
「いい? ここで手を放すわよ……!」
「分かりました……!」
そしてレイヴンが――この部屋で比較的スペースが空いている空間に、その光を置こうとする。
(閣下の言う通り――普段なら光なんて触ろうとしても……できないわよね)
レイヴンが……ノエルの妖精を引きはがして、光としてここまで持って来たのもすごいが――ここからが本番なのだ。
急いで、黒い付着物を取らなければならない。
(今のところ、オレンジ色の光にしか見えないけれど……)
私が見つめる中、レイヴンが床にその光を置く――その瞬間。
――ボワッ!
光はまるで炎のように、姿を変えた。
「え?」
まさか光から、炎に姿を変えるのも驚きだが――それ以上に。
炎が、オレンジ色から……真っ黒に変色したのだ。
そしてその黒色は、形を作っていき。
「ヴヴッ……」
唸り声をあげた。
その姿は、大きく――私の腰ほどある身長にがっしりとした四足の体躯のそれは――。
「ラ、ライオン……?」
私は思わず、言葉が漏れていた。
そして目の前に現れた存在――記憶で知っているライオンよりも、体格が大きい黒いライオンから……目が離せなくなった。
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