93.確かめる
「よ、妖精が触れるなんて……そんな……おとぎ話じゃないんだから。もう、驚かせないでよ」
レイヴンは私の話に理解が追い付かないようで、頭に手をやっていた。
そんなレイヴンにジェイドは、口を開き。
「嘘ではない……俺は、レイラが妖精を触れるところを――見たことがある」
「え? ジェイドが……見たことがある……? え……?」
混乱した様子のレイヴンは、信じられないと言うように――私をじっと見つめてから。
「え~~~~~!?」
さらに大きな驚きの声を上げていた。
「ま、待ってちょうだい! 王妃様は確か……妖精を認識できないはずで……そもそもユクーシル国の人間じゃなくて……」
「……その通りだ。レイラはもともと妖精を見ることはできなかったし……ユクーシル国の民でもない」
「で、でも……ジェイドの言う通り……見えて――しかも触れるってこと……?」
「ああ。だが――俺が確認しているのは……俺の妖精を見たり、触ったりしているところ――だ」
「ジェイドの妖精を……」
レイヴンはまだ気が動転しているようで、瞬きを何度もして――今が夢でないことを確かめているようだった。
なにより、公的な場ではジェイドのことを……「陛下」と呼んでいるはずのレイヴンが、こうまでして焦りを露わにしていることに……。
私もその緊張感が伝播してしまったかのように、不安になっていく。
(妖精のことをよく知る閣下でさえ、ここまで驚かれるってことは……やっぱり、ユクーシル国において、それほどまでにありえないこと……なのね)
以前、ジェイドからは「妖精を触れる事実」を公表しない方がいいと――助言されていた。
その理由が、今のレイヴンの反応に詰まっている気がする。
私個人的には、可愛い子犬の妖精をもふもふした……という認識なのだが、そんな単純な話でもないようだ。
「……もしかして、王妃様の……この事実を知ったのは――ジェイドの他には――アタシだけ、かしら?」
「……そうだ」
「なるほど……ね。確かに、この事実はこれ以上……今は広げない方がいいわ」
先ほどよりも幾分か、冷静さが戻ってきたレイヴンは――状況を確認するかのように質問をしてきた。
そしてジェイドの返事を聞いてから、彼はひとしきり考えたのち。
「他者の妖精が触れることを――公にしなかったのは、得策だと思うわ。アタシも、今でさえ信じられないんですもの」
そう感想を述べて……レイヴンは私の方をじっと見つめて。
「そう……今でも、アタシはまだこの事実は――信じがたいことなの。ノエルを助ける方法が増えるのは嬉しいけれど……ちゃんと確認させてちょうだい」
「確認……ですか?」
「ええ、もちろん――この目で事実を確かめたいの」
レイヴンはそう言葉を紡いだ――その時。
――バサッ!
大きな羽音が響き――その音の方へ、自然と目が向く。
音が出たのは、レイヴンの方の上のほうで――そこには、鷹ほどの大きさの……黄金の色を持った鳥が大きな翼を広げていたのだ。
(羽がこんなにも輝いている鳥がいるなんて……そもそも、この鳥は鳳凰……なのかしら?)
自分が前世で見て来た鳥とは明らかに違う姿形で、歴史の授業でうっすらと象徴として描かれていた鳥の形に似ているような気がした。
それほどまでに神々しく、見る者を惹きつける姿をしていた。
「……確かに、見えているようね」
「あ……! 閣下の肩の上にいる――輝いている鳥が……閣下の妖精ですか?」
「あら! 輝いて見えるなんて――ちゃんと王妃様の目は狂いはないようね」
私がレイヴンの言葉にそう返せば、彼は満足そうに頷いていた。
レイヴンにとって、彼の妖精は本当に大切な存在なのだと――彼の態度から窺い見れた。
「じゃあ、あとは――。ちゃんとこの子にも暴れないように言っておくから、触れてみてくれるかしら?」
「は、はい……!」
目の前の鳥の神々しさに、少し圧倒されてしまっていたが。
今はノエルを助けるために、自分ができることを確定しなければならない。
(もし、ジェイドの妖精だけが特別だったら……)
手を伸ばそうとする間に、私の頭の中には――良くない想像が生まれる。
今のところ……妖精だと認識してちゃんと触ったのは、ジェイドの妖精だけだ。
だから――自分ができることに制限がある可能性があり。
他の妖精を触ることができない可能性があること――。
その場合は、ノエルを助ける方法が最初の状態に戻って――困難な事態に戻ってしまう。
(どうか……どうか、ノエルをすぐにでも助けたいの……っ)
おそるおそる手を伸ばした私は、目の前にいる鳥に敵意がないのだと――自分の手をゆっくりと下から差し出したのち。
意を決して、鳥の腹部に――人差し指の背で触れるように近づければ……。
――モフッ!
「……え?」
私は目を見開いてしまった。
もちろん、レイヴンの妖精の鳥に触れたことの驚きもあるがそれ以上に。
「あなた……自分から王妃様に……?」
レイヴンが妖精にそう話しかけたように。
彼の妖精が自ら、私の手に――自分の首元を近づけるように、距離を縮めたのだ。
そして私の手には――レイヴンの妖精の柔らかい羽毛の感触があった。
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