90.想いの行方
ノエルの部屋の中で、混沌とした状況にはなったものの。
その場にいたジェイドが、テキパキと指示を出してくれたおかげで……パニックにはならなかった。
ジェイドが呼んでいた騎士たちも、医師の後にこの部屋にやってきたのもあって。
セインに先ほどの……マイヤードに関する事情聴取に協力してほしいと依頼をした――それに対してセインは、私をチラッと窺い見てきたので。
(ジェイドは……セインが私の専属騎士だから――こうして配慮をしてくれた……ということなのかしら?)
きっとセインとしては、まさかこうして言葉をかけられると思っていなかったようで――私に、事情聴取に行っていいのかと視線を投げてきたようだった。
そんなセインに、問題ないと――頷いて返事をすれば。
彼はジェイドが言った通りに、彼の護衛騎士たちと共に部屋から出て行った。
護衛騎士たちは出て行く際に、現場の証拠を彼ら自身の妖精の力を使用して――瓶の中に水たまりの液体を集めていた。
一方で薬の影響のためか、ぐったりと苦しんでいるノエルのために……ジェイドは医師とレイヴンに症状を詳しく見るように、と言葉をかけていた。
そうした経緯もあって現在、ノエルの側には初老の医師が器具を取り出して――身体の不調を調べてくれているようだった。
「……う……っ」
「ノエル……」
その様子を、私は診察の邪魔にならないように――見守ることしかできなくて。
(呼吸が苦しそうだわ……もし代われるのなら、代わりたいのに……)
ノエルが苦しそうな様子に、私は居ても立っても居られなくなる。
そんな私の側で、ジェイドは。
「……診断を待とう」
「ジェイド……」
「ノ、ノエル~~~!」
「お前も診断を……いや、他の可能性も見てくれ、レイヴン」
私と同じく、ノエルの様子を見たレイヴンはおろおろと慌てていた。
「アタシが……上皇后様の件を探っていたがばかりに……。ノエルの剣の稽古を他の者に代わらなければ……」
「……レイヴン」
レイヴンはぶつぶつと後悔している様子で、そう呟いていた。
そんな彼に、ジェイドはかける言葉が見つからないような――暗い表情を向けていた。
室内に沈黙が落ちた――その時。
「……陛下、殿下の症状について……ご報告です」
「……ああ、教えてくれ」
ノエルの側で、器具を使って診ていた医師がそう言葉を紡いだ。
その言葉で、部屋の中の視線が一斉に医師に向かう。
「殿下は……身体的には――高熱を発症されてらっしゃる」
「……なるほど」
「しかし……病原体や疲れというのではなく――根本的な原因は……」
「――妖精関連、か」
「はい……その通りでございます」
医師とジェイドが話している内容を聞いて、私は奥歯をきゅっと噛む。
(……あの時のマイヤード令嬢の言葉は……私を煽るための言葉だって……分かっているはずなのに)
それなのに、医師から告げられたノエルの現在の――症状の原因を聞いて。
複雑な気持ちを抱いてしまう。
(ノエルを追い詰めてしまった原因は、私にあると――)
彼が妖精の力が強くないことで悩んでいたこと。
それはすなわち、母親である私が妖精とは関係のない血筋ゆえに――彼にこうして悩ませてしまった……という証拠でもあって。
無意識のうちに、私は視線を下げて……床を見つめてしまっていた際。
「……大丈夫だ」
「え……?」
側から、聞きなれた――優しい低い声が聞こえてくる。
思わず声の方へ視線を向ければ。
そこにいたのは、医師から診断を受け終わったのか……こちらを見ていたジェイドだった。
どうやら医師の診断は終わり……セスが医師の帰宅を案内しに行ったようで――。
現在、ノエルの部屋の室内には――私とジェイド、そして難しい顔をしたレイヴンの三人が室内にいた。
「あの令嬢に何を言われようと……そしてノエルの――今の状況においても、お前に落ち度はない」
「ジェイド……で、でも……」
「本当にレイラは何も悪くない。それに伯爵令嬢の件は、お前の専属騎士からも聞き――いや……」
私がジェイドに、自分こそノエルを追い詰めてしまった元凶だと言う前に――彼は私を励ますように言葉を紡いでくれた。
そんな彼は私の方をじっと見て――申し訳なさそうに、眉を八の字にしてから。
「先ほども言ったが……今回の件は、俺の力不足ゆえにのことだ」
「そんなことはないわ……!」
私がそう言うと、彼は私を優しく見つめたのち。
ゆっくりと横に顔を振り。
「お前はそう言ってくれたとしても――やはりこれは俺の力不足で、責任になる」
「だったら私のほうこそ……!」
「レイラは母上が……あの令嬢に力を貸していたことを知らなかっただろう?」
「っ! そ、それは……だけどっ……! そうだとしても……! お互いに言えなかった事情を思いやると決めたから……だから、あなたには何も問題は……」
ジェイドにそう問われ、私は先ほどの会話を思い出して――そう返事をするのだが。
彼はどこか意志が固い表情になり。
「だからこそ、だ」
「……え?」
「お前が知らなくて……仕方のない状況を作った――俺が悪かったんだ」
ジェイドは私を真っすぐと見つめて、そう言った。
お読みくださりありがとうございます!
⭐︎の評価を下さると、励みになります。
よろしくお願いします!




