88.冷たい目
「大きな声が扉の外まで聞こえていたが――」
「へ、陛下……っ」
「興味深いな」
部屋の中へと、ジェイドは歩みを進めて。
マイヤードの方へと近づく。
どうやら、急いで彼一人でここまでやってきたようで。
扉の後ろには騎士の姿はなかった。
そして――近づいてくるジェイドにマイヤードは、絶句をしているようで。
「俺を超える――後ろ盾があるから……何をしてもいいと、言いたいのか?」
「そ、そんな……め、滅相も……」
一切の感情の色がない、ジェイドの瞳に睨まれて。
床に座り込んでいたマイヤードは、身体を震わせていた。
「ほう? そもそも、お前の顔をもう見ることはないと――そう思っていたが……」
「……っ!」
「まさか、こうして汚いことを成すとはな」
「なっ……! 私は汚いことなど……っ」
マイヤードの前で歩みを止めたジェイドは、彼女を見下ろしながら。
「――ノエルの身体に害があるものを、持って来ただろう?」
「……え?」
「命令されたから持って来ただけでは――話は通じない。王族の身を害する者に、どんな末路があるか分かるだろうに」
ジェイドの言葉を聞き、マイヤードはサアッと青ざめていく。
「で、ですが……私には、高貴なお方の……っ」
「名前も出せない高貴な奴とは誰だ? そもそも――」
言い募るマイヤードにジェイドは、ピシャリと。
「この国の王は誰だ?」
「そ……それは、陛下……です」
「王より、権力がある者がいると――そう言いたいのか?」
「……っ。い、いいえ……」
ジェイドの言葉を聞いた彼女は、反論する気持ちがなくなったのか。
視線を床に落としていた。
そんなマイヤードの反応を見たジェイドは、彼女から視線を外し。
「レイラ……遅れてすまなかった」
「!」
「この場に来て、おおよそのことは今の状況で理解した。すぐに医師も来るだろう」
「ジェイド、ありがとう」
「いや、俺は……」
ジェイドはベッドでぐったりとしているノエルを見て。
眉間に力を込めたかと思うと。
「お前にばかり、ノエルのことを任せっきりにしてしまっていた。こうなってしまったのは……俺の落ち度だ」
「そ、それは……っ」
「今更、父親面をするのはよくないと思っていたが……お前の言う通り、ノエルとの時間を作るべきだったな」
ノエルの顔を見ながら、ジェイドは思いの丈をこぼしているようだった。
そんな彼を見て、私は複雑な気持ちになる。
確かにジェイドが、ノエルのことを気にかけていたら……いや、そう言ってしまったら――最近の私だって、良くなかった。
(ノエルの邪魔にならないようにと、よかれと思って距離を取っていたことが――こうなってしまうなんて……)
強引にノエルに会えば解決したのかもそれないが、果たしてそれを望んでいないノエルが喜んだのか……結局は、今の結果論しか残っていない。
私が無言でいると――ジェイドが、口を開いて。
「それに、念には念をと思ってな――医師とは別に、レイヴンにも連絡をした」
「え……閣下に?」
「ああ、あいつの家は代々妖精を研究している家だから……今のノエルの状況に、妖精のことが絡んでいるのなら力になってくれるはずだ……俺も度々、世話になるし……な」
ジェイドの話を聞いて、私はハッとなる。
そうだ、先ほどのマイヤードの話からも――ノエルは妖精の力にこだわっていたと聞いた。
それならもしかしたら、身体的な不調だけではない可能性だってある。
ジェイドの言葉に心強さを感じていれば――ジェイドはぼそっと。
「特に……母上が絡んでいるのなら……なおさら、妖精のことは……」
「ジェイド?」
「……もし妖精に絡んだ問題なら――詳しくは、レイヴンが教えてくれるだろう」
私がジェイドの言葉を聞き直そうとすれば、彼は安心させるように――そう言葉を紡いだ。
先ほど聞いていた言葉と違うように思いながらも。
私はジェイドから言われた内容に、コクリと頷きを返した。
そしてジェイドは、再び口を開くと。
「医師とレイヴンの到着の前に……不届き者の沙汰が一番だな」
「!」
「お前に心配かけたくなくて――地下牢から解放されてしまっていた旨を……伝えていなかった。すまない」
「いえ――あなたが言ったように……言えないことだってお互いに譲り合うって、決めたじゃないですか」
「……ありがとう」
私の言葉を聞いたジェイドは一度、目を見開いてから。
優しくこちらに視線を向けて――小さく笑みを浮かべた。
そして――。
ジェイドは先ほどの冷たい雰囲気に戻り――床で気を落としているマイヤードを一瞥した。
するとマイヤードは、ビクッと身体を震わせ。
「今度こそ、逃げる前に――刑を執行する」
「なっ……! へ、陛下……お待ちを……!」
「前はどうやら――地下牢にネズミが入ったようだが……もうそんな不備は犯させない」
ジェイドがそう言葉を紡いでから、セインが拘束するマイヤードの身柄を地下牢へ送るために――ジェイドの護衛の騎士へ……妖精の力を使って、連絡しようとしていたところ。
「い、いいのですかっ!? 私は、フォン伯爵家の……妖精の力が使える伯爵令嬢なのですよっ!」
マイヤードは食って掛かるように、声を荒げた。
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