87.予期せぬ再会
(どうして、ここにマイヤード令嬢が……?)
確か、審問会ではジェイドに「極刑」を言い渡されていた。
それなのに、今は――地下牢にいるどころか、こうして飄々と侍女をしていたということだろうか。
(しかも、ノエルに近づいてきていた……なんて……!)
あまりにも由々しき事態に、私はより眉間に力が入ってしまう。
そんな一方で、侍女を拘束するセインもまた――マイヤードの顔を見て、驚いているようだった。
「フォン伯爵令嬢……?」
確かめるように――セインは声をあげていた。
その声を聞いたマイヤードは、ニヤッと笑みを深くしたかと思うと。
「ええ! その通りよ」
「なぜ、あなたがここにいるのですか? 陛下から沙汰を……」
「ふんっ。あんなの正しくないわ! だから私はここにいるの、分かる?」
先ほどまでは捕まって、慌てていた様子だったのが一変して。
セインの問いかけに対して、マイヤードはまるで……自分が優勢だとばかりに声をあげていた。
加えて、私に視線を向けたかと思うと。
「妖精の加護がない能無しの意見なんて、通るわけないのよ!」
「……」
「ふふっ、悔しいでしょう? あんたはただのお飾りの王妃。誰にも好かれていないし、この国にはふさわしくないの」
まるで煽るかのように、言葉を吐いてきた。
彼女の言葉に、イラッとする部分はあるが――今、怒ってしまえば、無駄な時間を浪費してしまう。
マイヤードの言葉を聞いたセインは、「何を……! 無礼だぞ……!」と声を荒げていた。
そんなセインに、代わりに怒ってくれてありがたい気持ちを抱きながらも。
「……セイン、大丈夫よ」
「お、王妃様……」
「ふん! 何よ、余裕だとでも言いたいわけ?」
相変わらず不遜な態度を取るマイヤードに、いらだちを感じるが――グッと抑えながら。
「どうやらあなたが、言う通り……地下牢からは解放されていた――ということね」
「ええ、そうよ! 高貴なお方の手助けのおかげで、もとに戻ったの!」
高貴なお方というのは、つまるところ「上皇后様」ということなのだろう。
あくまで濁してはいるが、自慢げに話しているマイヤードを苦々しく思った。
(それに、マイヤードが地下牢から解放されたということは……ジェイドも知っていた……?)
私が知ったのは今時点のことだったため、驚きが大きかった。
もしジェイドが私よりも、先に知っていたのだとしたら……今回の件は自分に関係することでもあるので、教えてほしかった気持ちが生まれる……が。
(……ジェイドも立場があって、言えることと言えないことがある――無理に言わせるのは……私の本意ではないわ)
彼と話したこと、それに彼の言葉を思い出して――私はその気持ちを払拭する。
ジェイドが私の不利益を願って、マイヤードのことを秘密にしていたとは……信じたくないし――。
私が知るジェイドはそんなことをしない……そう思ったからこそ。
(今はそれよりも……)
マイヤードと会話をしながらも――息を荒げているノエルの方を窺えば、横になっている彼の側に小瓶が落ちていることに気が付く。
きっとこれが――上皇后様が処方した薬とやらが入っていた器なのだろう。
それを見てから、私はマイヤードに再び視線を向けて。
「……それじゃあ――あなたは高貴なお方の侍女になって、この瓶に入っていた薬を持ってきていたわけ?」
「ええ、そうだけど……それが何か悪いの?」
「はい?」
「私はあくまで――ノエル殿下の願いゆえに、あのお方が手を貸したと聞いているわ。だから、飲むのも自己責任でしょう?」
マイヤードはしてやったりといった顔つきになって。
「だから、私は無実だし――こうして拘束されるいわれはないの!」
「なんですって……?」
「殿下が望むべくしてこうなったのだから、当たり前でしょう? そうなるのも、仕方がないのよ」
続けざまにそう言ってから、マイヤードはノエルを一瞥して。
「妖精のお力が弱かったから、こんな目に遭ったのよ。お可哀想にね、能無しの母親から生まれてしまったが、ばかりに――悩みが尽きなかったようね」
「フォン伯爵令嬢、言葉が過ぎますよ……!」
「騎士は黙っていなさい! 私はあなたよりも身分は上なの! それに……あらぁ?」
マイヤードの言葉を聞いた私は――ノエルを侮辱された怒りと共に。
(私のせいで、ノエルが……悩んでいた……?)
彼女の言葉にひっかかりを感じていた。
そんな私の顔を見たマイヤードは、ニタリと笑みを浮かべると。
「もしかして、殿下の悩みをご存じでなかったのかしら?」
「っ!」
「あらぁあらぁ! あんなにも仲睦まじく過ごされていらっしゃるように見えたのに、やっぱり表面上ってだけだったのね」
「そんなわけ……っ」
「でもぉ……殿下が、力にこだわって……現状に悩んでいたのは――知らなかったのでしょう?」
マイヤードの言葉がグサッと、私の胸に刺さった。
(ノエルが悩んでいたのは……独り立ちゆえに、頑張っている……そう思っていたけれど……)
マイヤードの話が本当なら、「妖精の力」の少なさに悩んでいた――ということになる。
(でも……訓練場では、あんなにもすごい力を出していたのに……)
そんな素振りがなかったからこそ、何も力になれなかった自分に不甲斐なさを感じる。
私が黙っていれば――マイヤードはさらに言い募るように。
「本当のことだから、言い返せないのかしらぁ? ほんっと、あんたのせいで、不自由させられて嫌なことばっかだったの……でも」
そして彼女は、高らかに宣言するように。
「あんたみたいな、能無しに時間をかけてしまったのが無駄だったようね! あんたのせいで――殿下も可哀想な悩みを持ってしまったようだし」
「……っ」
「私は、陛下すらも超える――高貴なお方に後ろ盾になってもらっているの! だから、能無し王妃ごときが私を拘束するなんて、おこがましいわ――さっさと、解放を……」
マイヤードが圧力をかけるように、そう言い放った……その瞬間。
――ゴオッ。
突風よりも激しい、強風が部屋の中に吹き荒れ――部屋の扉が豪快に開け放たれた。
そして音があった場所に、視線が向き。
「ジェ、ジェイド……」
私は、扉から入って来た人物を見て、思わず声を漏らす。
そこには――髪を乱れさせてはいるものの、美しさには陰りがないユクーシル国の国王がいた。
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