86.優先すべきこと
(上皇后様がノエルに、処方薬を……? 彼女が医師だったなんて、聞いたこともないし――物語の設定で見たこともないわ)
セスから聞いた話に、私は驚きを隠せなかった。
もちろん、自分が知らないだけで――上皇后様が医療の知識があって、活躍している可能性もあるのかもしれないが。
(こんな黒い痣に、高熱を発症させるなんて――普通じゃないわ)
とてもじゃないが、「医師でした」で納得できる状況ではない。
頭の中では、上皇后様の行動に不信感を覚えつつも。
今はその疑問を解消するよりも、ノエルの状態を良くしなければならない。
今すべきことの優先順位を、頭の中で出した私は。
「セス! 今すぐに王宮所属の医師を呼んでっ!」
「は、はい!」
「それと……もう一つ」
セスは私の顔をじっと見て、言葉を聞き逃さないように――集中しているように見えた。
そんな彼に私は……。
「陛下を……ジェイドにも今の状況を知らせて! そして緊急だと、私の言葉を伝えてほしいの」
「!」
私の言葉を聞いたセスは、驚いているようだった。
そりゃあ、陛下に緊急を――あの関係が冷え込んでいた王妃からの言伝なんて、私とジェイドの会話をずっと聞いていない使用人たちからしたら……。
(自分が外れ役をしてしまうなんて、嫌、よね)
最近は、私の周りに侍女がたくさん来ているとはいっても――まだまだそれは、私の近くに控える使用人たちにおいての話で。
通常の使用人たちがどこまで、今のジェイドと私の関係を知っているのかは……不透明だ。
セスはその中でも、よく私やノエル――そしてジェイドとの会話を聞いている方だが……。
(あくまで、セスの主はノエルなのだ。緊急性があるため主を救うために、医師の手配はしてくれるだろうけど……ジェイドへの言伝は……)
現状、私の専属騎士であるセインは侍女を拘束して見張っているため――私が代わりに人一人を拘束するのを代わることは難しい。
それに妖精の力も使えない私が、妖精の力が使える侍女を拘束しきれるのかも怪しい。
だから、医師を呼びに行くセスこそが――もし可能ならジェイドに声をかけられたら……それが最善で。
(私が医師を呼ぶ手配や……走るのが速ければすぐにでもやってのけたいのに……)
非力な王妃であり、転生してからは……医者を呼ぶのはもっぱら……使用人たちに命じることで成している生活だった。
もし自分がユクーシル国における生活のすべや、王宮内での仕事を熟知していたら……。
(いえ……すべてを知りきるには……途方もない時間と知識が必要だったわ)
もし何でも一人でできるようになっていたのなら、きっと今だって俊敏に動けたのかもしれない。
しかし私が知っていた物語では、そんな細かな描写はなく――今から学ばないといけないことを悔やんでも仕方ない。
私なりに、この世界や成り立ちを――この厳しい王宮内での生き残り方を必死に考えてきたのだ。
(だから、今できる最善の方法は――セスに頼ること……)
そう思って、彼に言葉をかけた。
そしてセスは、私の言葉を聞いてから――ぼそっと。
「殿下から言われたのは……殿下と等しく王妃様を重視すること――つまり……」
何か確認するように、彼が口を開き――コクリと頷いたかと思うと。
「王妃様、このセス――医師を手配し……陛下へ王妃様からの言伝を今から伝えさせていただきます……!」
「……! セス……!」
「緊急を要するので、すぐに行ってまいります……!」
「ありがとう、セス。私はノエルの側にいて、容態を見ているわ」
「ありがとうございます……! 医師様が到着した折に、何かお気づきのことがありましたら、お伝えいただけますと幸いです」
セスはそう言葉を言い切ると――妖精の力を使ったのか、まるで風のようにその場からスッといなくなった。
(そうか……セスもまた妖精の力が使えたのね。私が足が速かろうと……セスには勝てないわね……)
妖精の力が使える、使えないの差は大きくあるのだと実感した。
(ここで落ち込んではだめよ! ノエルの側に居ながら……)
自分の不甲斐なさに、ズキッと胸が痛みだしたが――今は、それどころではないと意識を切り替えた。
そしてベッドでうなされながら、目を閉じているノエルに……声をかけながら、彼が寝やすい体勢に介助をする。
そんな折に――。
「わ、私に……こんなことをして、許されると……!? 放しなさいっ」
「……おとなしくしろ」
「私は、上皇后様がついていらっしゃるのよっ! 今すぐ放しなさいっ!」
セインが拘束している侍女から、高い叫び声が出た。
今の状況を許せないようで、怒りを露わにしている。
そんな侍女の発言を聞き、私は無意識のうちに眉間に力が入っていた。
(ノエルをこんな状況に追い込んでいて……なんでこんなにも偉そうに……)
怪しい侍女の方へ視線をやれば――ふと、この侍女の声に聞き覚えがあることに気が付く。
あれ、この声はいったい……と思っている中。
セインの拘束から、なんとかして抜け出そうとした彼女が――自身の身体を激しく揺さぶったことがきっかけで。
侍女の黒いベールが頭からずれて――コトン、と落ちる。
それで露わになった侍女の顔を見て、私は信じられない気持ちになった。
だって、そこには――。
「マイヤード……伯爵令嬢……?」
審問会で裁かれたはずの――マイヤードがそこに、いたからだ。
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