80.手
彼の頬に、私の手が添えられる――といっても、彼に握られて……そうなってはいる中。
私は胸の中でドキリ、としていた。
それは、ときめきというよりも……まずいことをバレてしまった気持ちに近くて。
(もしかして、そんなに……分かりやすかったのかしら……)
普段から、セインにも表情がバレてしまっている始末だった。
自分が気にしないようにしていた――「ノエルとの距離」についての不安を……ジェイドにも気づくほどに、出てしまっていたのだろうか。
(すでにジェイドには晩餐会を開いてもらっていて……酔った私の不始末ゆえに、ノエルに会えていないなんて……)
彼に正直に話すのは申し訳なくなってしまった。
せっかく、ジェイドからもらったチャンスを――私がダメにしてしまったということなのだから。
だからこそ、ダンスの練習ではいつも通りのように振る舞うこと……不安を気にしすぎないようにしていたのに。
(どういえば……いいかしら)
彼に安易な嘘をつくのも憚られるし、かといって正直に話してもいいものかとも……。
そんな迷いがある中、ジェイドは私の顔を見つめてから。
「言いにくいのなら、言わなくていい」
「……!」
「さきほど、そう話しただろう?」
そう、声をかけてくれた。
その言葉を聞いた瞬間、私はハッとなる。
(何を迷っていたのかしら……こうしてジェイドは、私を一方的に断じたりはしないのに)
彼の言葉を聞いて、私は――ジェイドに嫌われてしまう可能性を怖がっていたことに気が付いた。
もし自分の不甲斐なさで、彼を失望させてしまったら。
もし彼の厚意をダメにしてしまったことで、せっかく縮まった距離がまた遠くなってしまったら。
けれど、先ほど――彼とは家族という関係のうえで……私の在り方を肯定してくれたのだ。
(今、私が話しにくいと思っていることは……信じにくい前世の話ではなくて……)
ノエルとの関係、そして――家族としてジェイドにも聞いてほしいことだ。
ジェイドと……これまでとは違った関係を築きたい……そう思っていながら、自分の枠の中に引きこもってしまう形だった。
嫌われてしまうかも――という引け目ではなく、自分の過ちも含めて話すべきこともあるはずで。
「ごめんなさい……言いにくいだけだったの」
「? ならば、別に無理に話さずとも……」
「でも、それでも……ジェイドが気にしてくれたのなら……伝えるべきだと、思ったの」
私がそう言うと、ジェイドは不思議そうにこちらをじっと見つめていた。
そんな彼と視線を交わしながら――。
(確かに、同じことで失敗している私を伝えるのは格好がつかなくて……正直、嫌だけれども……)
それ以上に、こうして心配してくれた彼の想いに応えることの方が大切な気がして。
「私……ノエルと話すのに……また失敗してしまったみたいなの……!」
「ん?」
「せっかく、ジェイドが晩餐会を開いてくれたのに……あの時――私、泥酔してしまったでしょう?」
「ああ、そうだが……」
私が思い切ってそう言えと、ジェイドはキョトンと目を丸めているようだった。
彼の腕に抱かれている子犬もまた、首をかしげているようで。
「あのあと……ノエルに直接会って謝れていなくて――ジェイドの厚意を無駄にしてしまっただけでなく、私……うまくできなくて、本当に申し訳なくて……」
「……」
「ジェイドに心配までかけさせてしまって……本当にごめんなさい」
ジェイドが虚をつかれていようが、誠心誠意――気持ちを告白し、謝るべきだと思ったのだ。
そしてハキハキとそう言葉を紡いで、私は頭を下げた。
すると、目の前で横になっていたジェイドが上体を起こしたようで。
その際に、片腕に抱いていた子犬が解放されたのか――こちらの方へ近づいて、私の顔を心配そうに見つめてきた。
「くぅん……」
「……っ」
(子犬ちゃん、こんな顔を見せてしまって……ごめんなさいね)
感情が出やすい自分の表情に、悲しさや悔しさを感じていた時。
――ぎゅっ。
ジェイドが解放されたもう片方の手も使って――私の両手をぎゅっと握ってきた。
「え?」
思わず驚いて、顔をあげれば――向き合うように座るジェイドがいた。
彼は真剣な表情そのもので、こちらをじっと見て。
「まず、謝る必要はない」
「……!」
「それよりも……お前が――レイラが、俺に話してくれることに……」
ジェイドは何かを確かめるように、一度無言になったかと思うと。
もう一度口を開いて。
「嬉しいと――思うのだ」
そう言葉を紡いだ。
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