79.じんわり
(まさか、撫でるのを――ベッドの上で行うなんて思わないじゃない……!)
現在、私はジェイドに言われるがまま――彼のベッドの上に行き。
ふかふかなベッドの上に座っていた。
「では――頼む」
「え……?」
ベッドに座った私を見たジェイドは、私の方に頭を向けながら寝て――そう言った。
(つ、つまり……頭を撫でろってことなのよね……?)
頭を向けてきたということは、そうなのだろうと――思いつつも。
勝手な判断で、行うのは気が引けると思い。
あらためて、彼に確認しようとした時。
「何を迷っているんだ?」
彼はこちらに横向きになったかと思うと――そう問いかけてきたので。
「あ! その! どこをなで……」
「ほら、頼んだ」
――グイッ。
彼は私の手を掴んだかと思えば。
そのまま、自分の頭のほうへ導き。
私の手を頭に押し付けた。
(サラサラ……! 髪質がやっぱりいいわ……!)
触れた瞬間に、いったいどこのシャンプーを使えばこんなに素敵な髪になるのかと思うほどの、髪の触り心地に気づいた。
(はっ……! 私はいったい何を……)
あまりのジェイドの髪質の良さに、当初の緊張感を忘れて、撫でるのに夢中になりかけていた。
もし撫で方に不具合があって、ジェイドを不機嫌にさせていないだろうか……そう不安になって、彼の方をチラッと見れば。
「……」
(寝てる……?)
彼は目を閉じて、されるがままだった。
「……どこか、足りない箇所はないかしら?」
念のため、そう彼に尋ねてみれば。
「不足はない。もっと撫でてほしい」
「! は、ハイ……っ!」
別に何もやましいことはしていないはずなのに、ジェイドにそう言われて声が裏返ってしまった。
(そう、ベッドにいても何も、変なことはしていないわ。そう、これは応急処置のような……)
「わん!」
(そうよね、何もおかしくないわよね……わん?)
自分の中で盛大な言い訳をしていれば、可愛い鳴き声が聞こえて来て。
「子犬ちゃん……!」
声の方を見れば、ベッドの上にはジェイドの他に――寝そべるように尻尾を振り振りと動かしている子犬がいた。
ジェイドの集中しているがあまり、今やっと子犬の存在に気が付いて。
「ふふ、今日も元気なのね?」
「わんっ!」
嬉しそうな尻尾の様子に、そう声を掛けたら――子犬はハキハキと返事をして、私の方を見た。
子犬を見て、先ほどまであった変な意識……緊張感は和らいでいくような気分で。
癒されるように子犬を見ていれば、子犬はベッドの上に立ち上がり……こちらへ歩みを進めようとして。
「わふっ!?」
「……ダメだ。今日はお前の番じゃない」
「わう……っ」
ジェイドによって行く手を阻まれていた。
自分の進路を邪魔された子犬は、不機嫌になりつつも。
可愛い身体のサイズのため――ジェイドの逞しい腕に抱かれるがままだった。
「ふふっ」
そんな子犬とジェイドのやり取りに、私は思わず笑みを浮かべていて。
先ほどの雰囲気から一転して、場が柔らかく――肩の力を抜けるようになった。
そうしたタイミングもあって。
「そういえば、背中の方も撫でたほうが……身体はよくなるの?」
「ん? ああ、まぁそうだな……」
「よし! それなら、背中も撫でるわね」
「? あ、ああ。頼む」
ジェイドのために、撫でる――いわば、マッサージをしようと意気込み、そう声をかけた。
そして彼が当初言っていた頭部だけでなく、背中のほうもゆっくりと撫でれば……ジェイドは、無言ながらも安心したように身体の力を弛緩しているようだった。
(私のためにダンスの練習も付き合ってくれて……それに前はノエルとの晩餐会も開いてくれたわ)
ジェイドのおかげで助かっている部分が多々あることを、あらためて理解する。
(私からのお返し――いいえ、これからも彼の体調が良くなるのであれば……)
こうして思いやってくれる彼のために、できることはしてあげたいと――そう思った。
(それにようやっとダンスの懸念が解消できたのだから……ノエルとの時間も作らなきゃ……ね)
一つの問題が解消したのだから、現在一番大きな問題に集中できるということだ。
しかし――最近の芳しくないノエルからの返事を思い出し、ずきりとした胸の痛みを感じる。
(今はジェイドの方に集中よ……私……!)
ノエルのことを考えると、心配や不安で――今の応急処置に支障がきたしそうになったので。
慌てて意識を切り替えようと思った矢先。
「レイラ」
「は、はい……?」
「ダンスをしている時も思ったが――何か悩んでいるのか」
「――え?」
ジェイドからそう聞かれて、私は思わず手を止める。
すると彼はゆっくりと、こちら側に身体を倒すように――横向きになって。
「先ほどの疑問が、原因ではないのだろう?」
「……!」
彼の片手で抱かれている子犬は、きゅるんと――不思議そうに私を見ている中。
ジェイドは、自身の身体を撫でていた私の手を掬い取って。
――ピトッ。
「なぜ、こんなに冷たいんだ」
私の手のひらを、彼自身の頬にくっつけた。
いつの間にか――緊張なのか、不安のためなのか……自分の手のひらが冷たくなってしまっていたようだった。
そんな手に……彼の頬から温かな熱がじんわりと伝わってきた。
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