74.寂しさ
(ふぅ……ダンスの練習はじめの日は、心臓が大変なことになると思ってたけど……)
ジェイドとダンスの練習を続けること――約一か月。
あの日以上の大変なことは起きていなかった。
というのも、私がダンスのアドバイスばかり求めるから……それ以上ジェイドが、何も話せないだけなのかもしれないけれど……。
あれから、ジェイドから連絡を受けて――指定されたダンスの練習時間に、彼の宮へ向かう日が続いていた。
現在も――今日のジェイドからの連絡を待っている状況だ。
(確かにダンスはどうにかなりそうに……なってきたけれど……)
ダンスに関しては良い状況だが、私の中で大きな問題が生まれている。
それは……。
(晩餐会の日以降、ノエルに謝れていないし……会えていないこと……!)
私にとっての死活問題になっていた。
ノエルの授業後を狙って、彼のもとへ向かうも。
ノエルが優秀すぎるせいか――もうその場にいないことがほとんどだった。
剣の稽古に至っては、ノエルの剣技を指導しているレイヴンから。
『ノエルは、間違いなく才能の塊よ……! こんなにも早く理解してしまうなんて……それに屋根の件でも、素晴らしい才能を秘めているようだからね』
『え……え?』
『アタシは、ノエルの指導要綱を改める必要があるみたい! またね! 王妃様……っ!』
ノエルどころか、レイヴンすらも早めに授業を切り上げて――。
何かが分かったかのように走り出していた。
(ノエルが素晴らしい成績を出しているのは……すごくいいことだけれども……)
授業後だけではなく、マナーの授業であれば――見学という形でノエルに会えるかもと思って向かうも。
マナーの講師からは、「教えることが尽きてしまったので、例外的な場合に備えたマナー授業へ変えるために……少しの間、内容を見直してきます」と言って、王宮に次回来る日は来月になってしまった。
(例外的な場合ってなに……!? 緊急時のマナーがあるってことなの……!?)
貴族のマナーなんて、授業として習ったことがない身からすると何も言えず……。
授業参観できる機会が消えてしまったことに、悲しさを覚えていた。
教えることがないほど、ノエルの飲み込みが早いということなので――すごいことなのだと、ノエル本人にそう伝えたいのだが……。
(肝心のノエルに会えないなんて……)
しかも彼の部屋へ訪問しようにも、運悪く不在であったり。
一緒に会う機会を作ろうと手紙を書いてみるも――運悪く予定があって無理だったり。
現在は、ノエルの執事であるセスに――時間ができたら教えてほしいという旨を伝えて、返事待ちの状態だ。
(こんなこと思いたくないけれど……本当に、思いたくないけれど……)
こんなにも会えないと、勘ぐってしまう。
それは――ノエルが私と会いたくない、という可能性だ。
(成長から起きる――反抗期ってことなのかしら? いえ、そもそもノエルに嫌われたことを想像するだけで……)
世界が滅亡してしまったくらいに、私の心は絶望してしまう。
あまりの現実は、直視できず――ジェイドとのダンス練習に集中することで、なんとかここまで生きてきたが……。
ノエルに謝れないこと、会えないことが……かなりのダメージとして、私の中に生まれていた。
「王妃様、そろそろ陛下からのお誘いの時間です」
「あ……今から行くわ」
セインから声をかけられた私は。
(ひとまず、今日も……ダンスに集中しなきゃ、ね)
辛い現実を見ないように、ジェイドのもとへ向かうのであった。
◆◇◆
「……もう、十分に踊れるようになったな」
「! 本当に?」
「ああ、舞踏会なら――十二分すぎるほどだ」
ジェイドの宮にある――芸術的な部屋で、私はジェイドからそう言葉をかけられた。
「熱心に集中していたから、だろう……良かったな」
「ええ、本当に……! よかったわ!」
お世辞なんて滅多に言わない……ジェイドに言われたからこそ――ここまで信じられるのかもしれない。
これでもう、舞踏会のことで悩まなくていいという気持ちと。
(あっという間……だったわ……なんだか、寂しいような……寂しい……?)
どうして私は寂しいなんて、思ったのだろう。
ノエルと会えない大きな問題から、目を背けられるから?
(いえ、それはないわ。ダンスに集中しても、終わればすぐに――ノエルのことで頭がいっぱいになるのだから……)
そうなると頭に浮かぶのは、一つの可能性だった。
それはジェイドと交わす会話や、ダンスの練習が思いのほか居心地がよくて――。
つまりは彼と過ごす時間が、私にとって親しい人と過ごすような……。
温かみがある時間だった……ということなのだろうか。
(でもそれも、今日で終わりだと思うと――家族と離れるような)
寂しさを感じた――ということなのだろう。
きっとそうだと、私が思っていれば。
「だから――あのお返しを貰おうか」
「え?」
「ダンスが形になったら、俺を撫でてくれるのだろう?」
「!」
彼の言葉を聞いて、私はハッとなる。
(そうだった……! ノエルのことで頭がいっぱいだったけれど……!)
ジェイドから受けた――「撫でること」を求める要望について、私はバッと思い出すことになった。
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