72.始まるも…
「あらためて聞くが――今後、酒を飲むときは、どうするんだ?」
「っ!」
先ほどの約束について、ジェイドからそう問われ――。
私の頭は、ぐるぐると混乱してしまう。
(戒めじゃなくて、本当に有言実行のことだったなんて……!)
確かにジェイドと一緒の時であれば――。
晩餐会での自分の恥ずべき思い出が再生されるため……間違いなく飲み過ぎなんて事態は起きないだろう。
それに約束は約束であり――確かに内容の食い違いはあったが……。
(お酒に対しての――今後の態度をみせるのだから……戒めといってもやっぱり過言ではないわ……!)
深く考えすぎるのではなく、前向きな「戒め」として捉えようと。
私は意識を切り替えた。
そしておもむろに口を開いて。
「お酒を飲むときは……ジェイドがいる時に、飲むわ」
「ああ、問題ない」
「……っ!」
ジェイドは先ほどよりも至近距離に、自身の顔を近づけて。
私の言葉に――満足そうに、にやりとした笑みを向けてきた。
そんな彼の表情を見た私は、慣れない彼に驚いてしまったのか……。
顔が赤くなるばかりだった。
(でも、これで――ジェイドへの謝罪は完了かしら……?)
ふぅ、一件落着だと――そう思った際。
私はハッと気づく。
「そういえば、今日私を呼んだのって……」
「――お前との約束のためだな」
「!」
「だから、ダンスの練習をするぞ」
そう、今日はジェイドが私を誘ってくれたのをきっかけに。
私は先日の謝罪をしなくちゃ、と意気込んでいたが。
もともとは――酔っていながらも交わした約束を、彼が守ってくれた結果なのだ。
現在進行形で、近い距離感のジェイドは――私の方を向いて。
「いったい何が不得意なんだ?」
「え……えっと……」
彼の言葉を聞き、私は――。
(確かに色々やらかしてしまったのは、良くなったけれど――こうして、舞踏会の対策ができたのは……良かった……の……かしら……?)
ダンスのことは……ここ最近の大きな悩みだった。
少し強引な約束だったとはいえ、学べるチャンスは活かしたい。
だからこそ、ここは素直な気持ちで――。
「その……不得意というよりは――舞踏会で必要なダンス……すべて教わることってできるかしら……?」
「すべて……?」
私の答えに、目を見開くジェイドがそこにいた。
◆◇◆
「なるほど……これは、教えがいがあるな」
「ごめんなさい……」
私はそう謝るので――精いっぱいだった。
「事情は……深くは聞かないでおく――これもお前の変化なのだろう……」
きっとジェイドの中では、過去の踊れたレイラとのギャップがあるはずで……。
しかしこれまでの――レイラではしてこなかった数々のおかげなのか、ジェイドからそう……言葉をかけてもらった。
「ありがとう……ジェイド」
彼の指導のもと、ダンスを教えてもらう――ということで、ジェイドと密着しながらステップを確認していったのだが。
(ドキドキよりも――ハラハラな気持ちでいっぱいだわ……)
はじめは、こんなに美しいジェイドと手を握り合ってダンスなんて……と緊張していた。
しかし始めてみて、分かったのが――現在、毎回の頻度で……。
(彼の足を踏んでしまっているわ……!)
まるでもぐらたたきのように、動いては彼の足を踏み。
次のステップを踏もうとしたら、彼の足を踏み……。
こんなに足を踏んだのは、前世も今世もはじめてと言っていいほどの経験をしていた。
飲酒のことも含め、ダンスの状況に申し訳ない気持ちがいっぱいになる。
そんな時――。
「だが、動きを覚えるのは早い」
「え……?」
「覚えているからこそ、足を踏み出しているのだろう?」
「それは……そうだけど……」
ジェイドの言葉に驚いて――彼の顔を見れば、眉尻を和らげている彼がいて。
「一日でこれなら――舞踏会までに踊れるはずだ」
「ほ、本当……?」
「ああ」
ジェイドの言葉を聞いて、私は思わず嬉しくなった。
どう見ても、ボロボロな状況だと――落ち込んでいたので、彼にそう言われたのが救いになったのだ。
(OL時代に、記憶力は取り柄で……いろんな仕事をし続けてきた甲斐が、ここで活かされたのかしら……?)
OLの時のことを思い出すと、あまりの残業の思い出で――胸がキュッとなるが。
それほどまでに、仕事をたくさんまかされて……さばききれないほど頭をフル回転させていたのが、もしかしたら今に通じているのかもしれない。
(けれど、もう……身体を壊すことをしては……ダメだわ)
この世界で、「残業」という概念があるかは分からないが――間違いなく働き過ぎはよくない。
しかも今は、ノエルを守りたい……幸せにしたいという目標もあるのだから。
過労によって、倒れるわけにはいかない。
そんな前世の自分のことを思っていたら―ーふとジェイドの様子に目がいく。
(彼も……根を詰めて働くタイプよね)
国の王だからといって、どっしりと命令するだけでなく。
ジェイドの場合は、彼自身も政務に集中している。
「その……時間を作ってくださり――ありがとうございます」
「ん? 約束だろう?」
「でも……」
先日、部屋まで運んでくれた際に聞いたのは――。
身体を適度に動かすのが必要なのだと……ダンスの時間をつくることに、彼が気遣ってくれていた。
だから、つい――こうして……。
「私ばかりが得をしてしまっている気がして……」
「……」
「何かお返し……というほどでもないけれど、ジェイドのためにできることはないかしら?」
私はそう言葉を伝えれば。
彼は手を自身の顎に置き――何かを思案するような顔つきになったかと思えば。
「お返し……か」
「は、はい……!」
「ならば――」
彼は案が浮かんだようで、私の顔を再び見つめると。
「ダンスが形になったら……くれないか?」
「え?」
途中が聞き取れずに、私が聞き返せば――彼は再び口を開いて。
「ダンスが形なったのち、俺を――この前のように……撫でて……くれないか?」
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