65.エスコート
よおし、晩餐会だ――そう思った私は、明るく部屋の扉を開けると。
「お母様、もう……体調は大丈夫ですか?」
「っ!!!!!!!」
部屋を出た廊下にいたのは――輝かんばかりにキュートなノエルだった。
(まぶ……まぶし……まぶしすぎるっ!!!)
まさかここでノエルと会うとは思ってなかったのもあり……。
あまりの可愛らしさ、尊さが一気に来て――倒れそうになった時。
「お母様っ!」
「王妃様っ! 大丈夫ですか!?」
「セ、セイン……ありがとう」
セインが私が後ろへ倒れてしまう前に、身体を支えてくれた。
目の前にいたノエルは、驚きと悲しみの表情が浮かんでおり――ノエルの後ろに控えるセスは、いつも通り、私の奇行にギョッとした様子だった。
セインに支えてもらいながら、姿勢を直し……。
「ノエル、驚かせてしまって……ごめんなさいね」
「違います! 僕が突然来たから――お母様が……っ」
「っ! ノエルは何も悪くないわ! 私がノエルに久しぶりに会えて――これはその……嬉しすぎて倒れてしまいそうになったのよ……っ!」
「……ほ、本当ですか?」
私が焦ってそう言うと、ノエルはうるうるとした目で心配そうに見つめてくる。
そのため本当だと、一生懸命――ノエルに伝えれば。
「お母様の体調が……僕は心配ですので、無理をしないでくださいね……っ!」
「うぅ……っ、心配させてしまって、本当にごめんなさい。この通り、私はもう元気よ」
「?」
ノエルが自分を心配してくれた嬉しさのあまり――うめき声が出てしまったが。
そんなことよりも、ノエルを安心させるため……腕を見せて、力こぶを見せるポーズを取れば。
ノエルはキョトンとした様子だった。
(あ……この世界では、こんなポーズの文化は無いのね……)
文化の違いを感じ――私は腕をそっと下ろして……ひとまず安心させるように笑みを浮かべることにした。
「と、ところで、今日ここへ来るのは聞いてなかったけれど……もう授業は終わったの?」
「あ……! そうなんです……! 今日は晩餐会があることもあって、授業も早めに終わりまして……お母様をエスコートできれば……と思って……迎えに来ました!」
「!」
ノエルの話を聞いて、私のために――彼はここまでやってきたことを知る。
それに――。
(先日のこともあって……うまく話せないと思っていたけれど……杞憂だったわね)
上皇后様と楽し気に話しているノエルを目撃してから。
私はもう必要とされていないように――そう思って、心の距離を勝手に感じてしまっていたが……。
こうして私を気遣って、迎えに来てくれるノエルを見て……。
(私が勝手に、ノエルの気持ちを決めつけるのは良くないわ……っ! だってこんなに健気でいい子なんですもの、上皇后様もメロメロになってしまうのも、無理はないわ!)
上皇后様と会っていたことへのモヤつきよりも――ノエルの魅力が輝いているのだから仕方がないのだと、頭で結論を出した。
(あら……もしかして、私のモヤモヤはもう解消されて……?)
呆気なく、私の心の靄はどうにかなったようで……もしかして――。
ジェイドがこの解消のためにセッティングしてくれた……本日の晩餐会の目的は果たしてしまったのでは――と、思った矢先。
「その……お母様をエスコートしたくて……来たのですが――ご迷惑でしたら、遠慮なく言ってください……っ!」
「えっ!?」
「僕がお母様にお会いできることに舞い上がってしまって……お母様の都合よりも、僕の気持ちを優先してしまったので……」
ノエルの声を聞いて、私は目の前の天使に集中する。
まさか、私に迷惑をかけたと――心優しいノエルがそう、気にしてくれていることを知って。
「ノエル、迷惑なんて思わないわ」
「お母様……」
「ずっとノエルに会いたかったのよ? だから……」
私は迷いなく、ノエルを見つめて――口を開く。
「ノエルの言葉に甘えて、エスコートを頼んでもいいかしら?」
「……! はい……!」
先ほどまで、しょんぼりと――申し訳なさそうな表情をしていたノエルは、私の言葉を聞き……パアッと顔を輝かせていた。
私の言葉で嬉しそうにしてくれるノエルを見て……さらに、胸がぎゅっと掴まれるのだが、これ以上の奇行を起こすと捕まってしまうと、自分を律し。
表情筋を総動員して、あくまで自然体を装った。
「お母様……! お手をどうぞ……!」
「ふふ……ありがとう。ノエル」
晩餐会の会場へ向かうため、ノエルは私の方へ――手を差し伸べてくる。
そして、私は小さな彼の手に自分の手を重ねた。
守るべき子どもだと思っていたが……こうして、前のめりにエスコートをしてくれる彼の姿を見て。
私は胸の内で、ほっこりとした温かさを感じるのと同時に――ノエルが自分の気持ちを出してくれる変化に、嬉しさを感じた。
そのまま、ノエルに案内をされながら――晩餐会会場へと向かうのであった。
◆◇◆
「……共に、来たのだな」
「!」
晩餐会の会場である――広い食堂に入った瞬間。
すでに室内にいて……椅子に座っているジェイドが声をかけてきた。
ジェイドの言葉にいち早く反応したのは、ノエルで――。
親子間というには、恭しすぎるほどにお辞儀をして。
「お待たせいたしました……お父様。此度は、招待下さりありがとうございます」
「……ああ」
ノエルの言葉を聞いたのと同時に、私はジェイドの方へ向き直り。
「お待たせしま……」
「? お母様……?」
返事をしようと思ったのだが――そこでハッと気づき、口を閉じた。
突然、話すのをやめた私に……ノエルが不思議そうにこちらを見つめる。
チラッとジェイドを見れば、私が言葉を――敬語を喋るのをやめたことに、満足そうに小さく笑みをこぼす様子なのが分かり。
(うう……慣れないけれど……家族の始まりの一歩よ……!)
そうなのだ、ノエルでさえ――親と子という関係とは、程遠い言葉使いをジェイドにしている。
どうにかジェイドとノエルの関係を、より親しいものにするためにも……私がひと肌脱ぐ覚悟を持つ必要がある。
今日はジェイドと二人きりではなく、ノエルが側にいるため。
変な緊張感が自分の中に生まれるが――意を決して。
「待たせて、ごめんなさい。今日は――呼んでくれて、感謝するわ」
「!」
私がそう言葉を紡げば、隣にいたノエルが目を見開いているのが分かった。
心配するように「お、お母様……?」と言葉をこぼした時。
それと同時に、ジェイドが口を開いて。
「待ちぼうけではなかったから――気にするな。それよりも今日は――」
ジェイドは、私とノエルの方を見つめながら……ほんの少し口角をあげたかと思うと。
「……ともに食事を楽しもう」
そう言葉を紡ぐのであった。
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