64.一方の気持ち
■セイン視点■
「……」
私は王宮内の廊下を歩いていた。
気づけば、窓の外は真っ暗になっており……。
(王妃様に元気になってほしいと思い、伝えたが……)
先ほど、王妃様にノエル殿下の直近の予定を伝えた。
王妃様の気分が暗くなった――あの日から。
自分ができることはないかと、そう考えた結果。
ノエル殿下の執事であるセス殿に、最近の予定を聞くことにしたのだ。
王妃様の専属騎士ということもあり、セス殿は素直に予定を教えてくれた。
その予定から――ノエル殿下が上皇后様と会ったのは、王妃様が見たあの日だけだったことを知った。
(だから、タイミングが悪かっただけだった……そのことを伝えたくて……)
王妃様の気分が晴れたら……そう思って伝えたのだが。
自分の想像以上に――彼女が優しく笑ってくれた、その笑顔を見て。
(見せる顔が無くて、すぐに出てきてしまった……)
顔に熱が集まっているような感覚もあって、そんな変な顔を王妃様に見せるわけにはいかない。
(そもそも、私の言葉は不要だった気もする)
思い出すのは今日の――陛下と王妃様の外出のこと。
今までそうした誘いがなかったがために、一緒について行きながらも……どうなることかと、少し緊張していたが。
(――とても楽しそうに……されていた)
遠くからではあったが――高原に着いた際。
陛下と地面に腰を下ろして……談笑されていたのだ。
そんな彼女の顔を見た時。
彼女の気分が晴れたことに嬉しさを感じるべきなのに……なんだか、チクリと胸を刺すような痛みが走った。
(いや、そんなわけはない――レイラ様の幸せこそが、私の使命)
専属騎士として、主の喜びに――共感できないのは以ての外だ。
だから……自分の違和感に、蓋をした。
今日は外出の護衛を終えて、明日の護衛に備えるため――早めに休みを取ることにしている。
王妃様の部屋の前にも、他の護衛のための騎士が待機しているのを確認して……今は、王宮内にある騎士宿舎へと帰る途中だ。
専属騎士になったおかげで、広々とした一人部屋が割り当てられてとても快適な空間になった。
(今までは、3人部屋で……私に対して良くない心象を持つ者と同室だったが……)
王妃様のおかげで、そうした苦しみや――そこに関わる辛さが一気に解消された。
だから……。
(これ以上のことは望むべきでは……ない)
自分でも、今の気持ちが良く分かっていないが――今以上に、いいことなんて……ほかにはないのだと再確認した。
(考えるよりも、行動をしよう。早く寝て、明日に……ん?)
意識を切り替えて、部屋へ戻ろうとした時。
廊下で一人の侍女とすれ違った。
薄暗い廊下だったからだろうか、なんだかその侍女の顔が見られなくて不審に思い――。
咄嗟に、彼女の横顔を凝視しようとしたが。
(どこかで見覚えがある……? 王宮にいれば当たり前だが……)
詳細に顔つきが見られなかったために、違和感の確信が持てなかった。
違和感があるからと言って、侍女を止めて――あらぬ疑いをかけるのはよくない。
専属騎士である私も……王妃様も、まだ繊細な立ち位置だからこそ。
荒波を立ててはいけない。
気づけば侍女は、持ち場の方へ向かったのか――廊下からは消えていた。
(王宮内であれば、また会えるはずだ。だから――)
次に会った際には、必ず違和感の正体を突き止めようと心に決める。
そして私は明日に備えて、部屋へと戻るのであった。
■レイラ視点■
「王妃様っ! 本日もお美しいですわ!」
「え、あ……ありがとう」
「いえ、お役に立てましたら、私たちの甲斐がありますわ!」
ジェイドと外出をした翌日。
私は椅子に座って、侍女たちに着替えの支度を手伝ってもらっていた。
というのも……。
「今日は……陛下とノエル殿下と……晩餐会なんですよね?」
「え、ええ……」
「まぁ! 楽しんできてくださいね!」
侍女たちは私の気持ちをよそに、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
(私だって、晩餐会は楽しみ……楽しみにしているわよ……!)
そう、今朝――起床と同時に、朝早くやってきたジェイドの使いがやってきて。
『本日、早速ですが――陛下から、ノエル殿下とともに晩餐会を開かれるとのことです。ご参加でよろししいでしょうか?』
一瞬にして眠気を飛ばす、衝撃言伝を渡してきたのだ。
もちろん、答えはイエスと返したのだが……。
(昨日から、ずっと悩みが消えないわ……)
今日の晩餐会はすごく楽しみだ――けれど。
昨日聞いた「二か月後の舞踏会」が私の頭にずんとのしかかってくる。
眠るギリギリまで、その悩みでいっぱいだったため……今朝の目覚めは、すごくウトウトしていたのだが――。
(あの言伝のおかげで、すっかり覚醒したのよね……)
こうして頭が冴えわたるのはいいようにも思うのだが、逃げられない現実に――悩みが尽きない。
(そもそも、王妃だから――踊らなくてもいい可能性だって……)
そうした予感が頭をよぎった際。
「今日の晩餐会も素敵なことですが――舞踏会も楽しみですよね」
「……!」
「いつも陛下とは、舞踏会にダンスをされてらっしゃいますが……きっと今年はいつも以上に、素敵なダンスになりますわ……!」
「ええ! お互いの心が通じ合っているダンスになりそうですわよね」
私の予感は、侍女たちの言葉によってガラガラと崩れる。
(やっぱり、踊らないと……ダメなの……!?)
またもや大きな悩みの渦に逆戻りしてしまう。
(そんなに毎年踊っていたのなら、もしかして身体が自然と覚えている可能性もあるわよね……!)
悩みに行き詰まった私は、明るい現実逃避をすることにした。
さすがに、今から――侍女に頼んで、ダンスの先生をつけさせるのは無理がある。
だから……一縷の望みにかけて、そう考えようと――していた。
朝から、ダンスに対する悩みと今日の晩餐会のことで……考えることはいっぱいだったため、気づけば窓の外は夕日が沈む頃合いになっていて。
「王妃様……そろそろお時間です」
「セイン、伝えてくれてありがとう。行きましょうか」
部屋の外から、セインが声をかけてくれたのを合図に――私は立ち上がる。
(今は晩餐会のことに――それにノエルに会えることに、集中しなきゃ、ね!)
気持ちを切り替えて……私は部屋の扉の方へ、向かうのであった。
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