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63.帰ってから



「ふぅ……なんとか、自分の部屋へ帰ってこれた……わ」


私はジェイドとの外出から帰宅し、王宮の自室に戻っていた。

この世界では、一番見慣れた景色を見て――安心を覚える。


(今日は……濃すぎる一日だったわ)


先ほどまで、ジェイドと緑が豊かに生い茂る高原にいた。

そして彼の頭を――自分の精神統一も兼ねて、撫でていた気がする。


そんな中、走るのに満足した子犬が……私たちの方へ来たのは。

ジェイドの頭を撫でてから、十分後くらいだった。


(子犬ちゃんが来たのを合図に、帰ることになったのよね)


気づけば、夕暮れに差し掛かる時間にもなっており……。

ジェイドから「そろそろ帰ろう」と言葉を貰って、再び馬車に乗って――今に至る。


(けど……部屋に戻るまでは、なんだか現実味がなくて……)


そう、というのも。

王宮に帰った際に、ジェイドが手を差しのべて私を馬車から下ろしたのち。


『……また、連絡をしよう』

『は、はい……! 本日はありがとうございましたわ……!』

『……敬語』

『あ……! あ、ありがとう』

『ああ』


敬語が抜けきらない私に、ジェイドはそう言い――。

自然な流れで、私の手を掬い……彼自身の口元に持っていったかと思うと。


――チュ。


『!?』

『敬語はなしということを……忘れるな』

『えっ、あ……』

『では、また――な』


ジェイドは私の手の甲に、そっと唇を落としたのだ。

別れの挨拶にしては仰々しすぎて――むしろ、「また」といった始まりの挨拶のようなそれに……。


(この世界の挨拶はどうなっているの……っ!?)


またもや、頭が沸騰するかのように――エラーが起きてしまったのだ。


ジェイドは私に挨拶をしたのちは、どうやらするべき仕事があるようで……そのまま彼自身の執務室へと帰っていき。


私はどこかぼーっとしながら……セインに心配されつつ、部屋まで――なんとか帰ってくることになったのだ。


(冷静に、落ち着くのよ……私……)


こうして、今日のことを思い出すだけで――なんだか、心臓の挙動がおかしくなってしまいそうになるので、ひとまず見慣れた天井をじっと見て。


「すぅ……はぁ……」


深呼吸をすることにした。

そしてそんなことをしていれば……。


「お、王妃様……大丈夫ですか……?」

「あっ! セイン、だ、大丈夫よ? というか、ここまで案内してくれてありがとうね」

「いえ……王妃様のための行動は基本ですから」

「ふふ、助かっているわ。それに――今日も、一日……護衛をしてくれてありがとう」


私がそう返事をすれば、未だに心配そうな表情をしながらも――セインは、「王妃様のためになったのなら……良かったです」と答えてくれた。


そしてセインは、私の方をじっと見つめてくる。


「どうかしたの?」

「その……」

「?」


いつものセインなら、言うことを言ったら――さっさと私の部屋から出て行くのが常だった。


しかし今の彼を見ると……なんだか、悩んでいるようにも見えて。


そんな彼を焦らせるのは良くないと思った私は、彼の答えを待つ……すると。


「私の勝手な……個人的な判断で行ったのですが……」

「ええ」

「ノエル殿下が上皇后様とお会いになったのは……あの日一日だけのようでした」

「……!」


セインから言われたことに、私は彼をじっと見つめる。


(え? それって……)


彼は続けて――。


「ですので――あくまで、礼儀的に上皇后様とお会いになったのではないのかと……そう思っております」

「……」

「私が聞いた限りですと――年に数度、ノエル殿下と上皇后様は挨拶程度に親睦を深めているようですので……その……」


セインは一度……下を向いてから、再び私の方を向いて。


「ノエル殿下は、変わらず――王妃様を想っておられると思います」

「っ!」

「だから……私の勝手な報告で恐縮ですが――王妃様にこのことをお伝えしたいと思ったのです」


私はセインの言葉を聞いて――胸がジーンと打たれた。

だって、セインは……つまり。


(私があの時……落ち込んでしまっていたのを知って……)


そう、私を元気づけようとして……彼は、ノエルと上皇后様の様子を聞いてきてくれたのだ。


私はセインに命じてはいなかったにも関わらず――こうして私を気遣ってくれた彼に。


「セイン……」

「勝手なことをしてしまって……申し訳……」

「ありがとう!」

「!」


私は彼の方へ近づき、彼の肩に優しく触れた。

するとセインは、申し訳なさそうな表情から驚きに変わる。


「ずっと落ち込んでしまっていて……本当にごめんなさいね。けれど……セインがそう教えてくれて――いえ、あなたが私を気遣ってくれる優しさが……嬉しいわ」

「王妃……様」

「だから、あらためて――感謝するわ。セイン」


彼に笑みを向けて、そう言えば――セインは眉尻をやわらげて……私をじっと見つめたのち。


ハッとしたように、またもや下を向くと――。


「そ、その……報告は以上ですので……っ! 王妃様のためになりましたら、幸いです!」

「ええ、すごく助かったわ。ありがとう」

「い、いえ……それでは……私はこれにて……っ!」


セインはどこかぎこちない動きで、私の部屋から出て行った。

そんなセインの様子に、少し不思議さを感じながらも……。


(ノエルのことで、こうして――悩んでばかりだったけれど)


頭に思い浮かぶのは、先ほどのセインが気遣ってくれたこと。

そして――。


今日一日、気分転換に外出につれて行ってくれた――ジェイドのこと。


(ずっと私がどうにかしなきゃって、一人でばかり考えていたけれど……気にかけてくれる存在がいてくれることに……本当に……)


私は、安心感を持つのと同時に――最近まであったモヤモヤが、少しすっきりとするような感覚を持った。


私の目標はノエルが幸せになってくれること――だけれど。

こうして、優しい周囲の人々もまた――幸せになってほしいと、そう思った。


そんなことを考えていたら、思わず表情筋がゆるんでいたようで……。

部屋の中で待機をしていた侍女たちが、私を見て。


「まぁ! 今日の外出で、王妃様はご機嫌のようだわ……!」

「ええ、あんなにも――優しく笑ってらっしゃいますもの」


そう言われてしまって、恥ずかしくなった。

そんな時。


「ねぇ、護衛の方々に聞いたのだけれど……今日は陛下と――ドレスを選ばれたそうよ」

「まぁ……!」


今日の外出の内容が、もうすでに知れ渡っていることに――噂の速さは、すごいと感心していれば。


「もしかして――それって……」

「ええ! 舞踏会のことが……!」

「!?」


侍女たちが話している内容に、私の耳がピクッと動く。

そして内容を確認するべく、侍女たちに――すぐさま近づき。


「ね、ねぇ!」

「えっ! 王妃様……っ、ど、どうかなされました……!?」


今まで雑談で、私に話しかけられたことがなかったのもあって――。

侍女たちは、私の接近にかなり驚いているようだった。


「今、あなたたち――舞踏会っていったわよね……!?」

「は、はい……二か月後の舞踏会に関しまして、楽しみで話してしまっておりました……!」

「に、二か月後……っ!?」


私はその内容を聞いて、頭がくらくらしてしまう。

一方で、私の反応を見た侍女たちは焦ったように。


「先日、王妃様のお世話の際に――舞踏会の予定をお話させていただいておりましたが……伝えきれていなかったようで、申し訳ございません……!」

「あ、いえ……そういえば、そうだったかも……気にしないでちょうだい」


フラフラと後ろによろめく私に、侍女たちは心配そうな表情だ。

それに、彼女たちがそう言っていたということは――。


(最近は、ノエルのことで頭も心もいっぱいだったから……聞き逃していたわ……っ!)


小説内でも、基本的には――ノエルが苦境に立たされるシーンばかりだったので、舞踏会などという華やかなシーンの印象が薄かった。


(確かに……この世界なら、舞踏会は……ある、わよね……)


脳内の知識を総動員して、物語を思い出してみれば――舞踏会があったという記述は、読んだ覚えがある。しかし、問題はそんなことよりも……。


(私……華やかなダンスなんて……踊れないわよ……っ!)


元OLの私は――仕事以上の時間をかけることはなかった。

ゆえに……今になって、「ダンス」という大きな問題が、私の前に立ちはだかるのであった――。




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