61.変わること
「……笑ってしまって、すまなかった」
「い、いえ……」
ジェイドは、私にそう言葉をかけてから。
普段通りな――クールな顔つきに戻っていく。
しかし一方の私は、彼の顔を凝視していた。
(え……ジェイドがわら、笑った……?)
いつもな彼との――想像以上のギャップで、目が彼に釘付けになったのだ。
だってそれほど、彼の笑顔には破壊力があって。
「まず、敬語のことは――俺は気にしていない。だから気に病まないでほしい」
「え、あ、ありがとうございます……?」
「ああ……それと――お前の気持ちを聞けて、俺も良かったと思う」
「!」
ジェイドの言葉に返事をするのが、ようやっとだった。
そんな時だったのだが……。
(わ、私の気持ちを聞けてよか、良かった……?)
ジェイドはゆっくりと口を開いてから。
「自分の息子のために、俺にも臆せず話をして――心をくだけるお前を知れた」
そして彼は続けて。
「家族を大切にしたいという、お前を――その想いを俺は信じたい」
「……っ!」
「お前が、俺のための手伝いをしてくれることは嬉しいが――まずは、お前の悩みを解消したい」
「えっ……?」
「お前の中の家族は……いったい何をするんだ?」
「え、えっと……例えば、一緒に遊んだり……授業参観もそうですけど……うーん、あ! よくするのは、一緒に食事を摂ったりだとか……」
「ふむ……」
私の話を聞いて彼は、自身の顎に手を置いてから。
「ならば、晩餐会がいいか」
「ばん、さん……かい?」
「ああ、お前はノエルと会うことに……モヤモヤしているのだろう? 二人で会うのが難しいのなら、俺をだしに使えばいい」
「そ、それは……!」
「……王宮に帰ったら、ノエルとお前と――晩餐会の予定を作ろう。今日はもしかしたら、すでにノエルが食事を摂っているかもしれないから、都合が合わなければ近日中に」
ジェイドから提案されたのは、家族集まっての晩御飯の時間だった。
それは、願ってもないことだし――なにより。
(一緒に食事が摂れるなんて……とっても素敵じゃない……!)
王族という身分や王宮という通常ではない環境下で、いつも各々で食事を摂っていた。
しかしこうして時間を取り――集まって食事ができることに、私はとても嬉しくなったのだ。
「ほ、本当に、いいのですか……?」
「ああ」
「!」
ちゃんとジェイドからも言質を取った。
彼がこうして時間を作ってくれることに、今度こそ……一歩ずつ、今までは違う関係性を築けているのだと――あらためて実感できた。
外出に行く前は、王宮内でモヤモヤした気持ちでいっぱいだったが。
彼とこうして、腹を割って話せたことで……すっきりとした気持ちになれた。
(それに晩餐会も……!)
きっと王族同士で食事を摂るのは、格式張っているのかもしれない。
もしここの雰囲気が崩すことができるのなら――日常の一つとして、一緒にご飯を食べ合う機会に繋がれたらいいなあとも思った。
そうした明るい未来への気持ちもあって――先ほど、ジェイドの表情に釘付けだった私は。
今は、嬉しい気持ちいっぱいの方がまさって。
「陛下! ありがとうございます……っ!」
「!」
いつも以上に、顔の筋肉が緩みまくって――るんるんな笑顔を浮かべていた。
そんな私にギョッとしたのか、ジェイドはこちらをじっと見つめるばかりで。
(まさか、私がだらしない顔をしていたから、気分を害したり……?)
先ほどまであんなに、話し合っていたのに――まるで梯子を外されたような思いが一瞬よぎったが。
まだ自分の想像に過ぎないと、どうにか思考を整理して。
(顔をあらためるためにも……あっ!)
表情筋を取り戻しながら、私はあることを思い出す。
「その! 敬語のことにつきましても、お気遣いくださってありがとうございます」
しまりのない顔から、お礼を言う綺麗な形へとシフトチェンジした。
そんな私の様子を、彼は未だにじっと見つめ続けていて。
私が背中に冷や汗をかきはじめたころ。
「……気づいたのだが」
「……は、はい……?」
「別にそう、かしこまらなくていい」
「え?」
「王と妃なのだから、別に敬語じゃなくとも罪には当たらないし――それに」
ジェイドは、私の瞳を真っすぐに見ながら。
「家族……という関係を大切にするのなら、距離ができないほうがいいと思わないか?」
「え、それは……」
「どうだ?」
「そ、そうですわ」
「……です?」
「そ、そうね!」
私がため口に言い直せば、彼は納得したように頷き。
「それと……もう一つ」
「な、なに?」
「ノエルは名前で呼んでいるのに……俺は名前で呼んでくれないのか?」
「……エ?」
私の頭は思考停止してしまう。
(えっと、彼は……今、ナマエ……自分の名前を呼んでくれ……と……?)
まだ理解が追い付かないうちに、彼は続けて。
「俺も……名前で呼ばれたい」
「……っ!」
彼が私の方へ、少しズイッと身体を傾けながら――そう言った。
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