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06.憧れ…?



いったい何が起きたのか。


ノエルのマナー講師・マイヤードに、これ以上横暴な対応をさせないためにとはいえ、私は結構性格が悪いことを行った気がする。


マイヤードと対等に話すためだったが、質問攻めなどもしたし……見る者によっては威圧感が出ていたはずで……。


だからノエルにも怖がられるものだと思っていたのに。


「お母様は、僕のヒーローです!」

「ヒ、ヒーロー?」

「はい! 絵本で見たことがあります! ピンチの時に颯爽と助けてくれるのが英雄……ヒーローと呼ばれる者なのでしょう……?」

「え? そ、そう、かしら……?」

「はい! すっごくカッコよくて……僕の憧れの姿です!」


ノエルの瞳は純粋な憧れ100%といった具合で、私を見つめてくる。


そんなキラキラとした青い瞳に見つめられると、否定の言葉なんて言えなくなってしまう。しかも私の姿に憧れなんて……。


(ん? ちょっと待って! 相手をやり込める方法に憧れ……!?)


私はハッと気が付く。私のような間接的に相手をやり込める方法は――正々堂々と喧嘩をするのとは違い、いわば蛇のように計算をして相手を懲らしめていくことに近い。


よく言えば、頭脳派なのかもしれないが……一歩間違えば悪役と糾弾されかねない方法だ。


小説内でのノエルはもちろん、幼いノエルがこの方法に頼らなければならなくなるのは悲しい。


(だって、彼は十分……真っ直ぐに苦しんでいたし、なによりもこれからは――彼を守るべき大人が前に出るべきだと……そう思うの)


両親への理解を最後まで諦めなかった彼だからこそ、相手の言葉尻をとって戦う――人間関係のこじれに巻き込まれて欲しくないだけなのかもしれない。


私の場合はブラック企業でそれなりにメンタルは鍛えられたし、レイラに付きまとう偏見の目だってそのうち慣れていくだろう。


しかしノエルは、まだ幼く純真だ――ゆえに彼にまで辛い思いはさせたくない。そこまで考えて、私は意を決したようにきゅっと唇に力を入れてから――。


「ねぇ、ノエル」

「? どうしたの、お母様」

「ノエルが私に憧れるって言ってくれたこと、すごく嬉しいわ」

「っ! 本当ですか? だから僕もお母様と同じように……」

「けれど、ノエル。この方法は、予想以上に敵を作ってしまう……少し危ない方法でもあるの」

「敵……?」

「ええ。だから、ノエルはこの方法をせずに、もし辛いことがあったら私や周りの大人に助けを求め……」

「じゃあ、お母様は僕のために……危険な状況になってしまったの、ですか……?」


ノエルの言葉を聞き、私は言葉に詰まってしまう。それは真実であり、人間同士のいざこざがあった場合は避けられないもの。ゆえにノエルへの返事に窮してしまう。


するとノエルは、私が無言な様子から何かを察したのか瞳に精一杯の力を込めて、こちらを見つめてくる。


「僕はお母様を危険に晒したくないです!」

「……っ!」

「お母様がこうして僕の側に居てくれることが――僕はとっても大切なんです!」

「ノエル……」

「今日、お母様と会うまで――信じられていなかったんです。もしかしたら、僕の都合のいい期待だけで……ここに来たら本当はお母様はいないかもしれないって」


ノエルの想いを聞き、私はきゅっと胸が締め付けられる。


ここまでにノエルが「母親が振り向いてくれない」というトラウマを抱えていたなんて。ノエルに言葉をかけようにも、うまく言葉を紡げない。


「だけど、先生に立ち向かうお母様を見て……それに昨日の使用人たちに対しても、僕を守るために言ってくれるお母様を見て……もう一人じゃないって……勇気を貰えたんです」

「……」

「僕に寄り添ってくれる――大切なお母様を、僕だって……守りたいんです!」


ノエルの真っ直ぐな想いを聞いた私は、一方的に彼を守ることに終始しすぎていたことを反省した。彼はとても聡く、状況をきちんと理解できる一人の人間だ。


なのに幼いからと言って、「何もしないで守られていろ」と言ってしまっていたのだ。


一般的に幼い子供を守るのは、常識だと思っていたが――それを本人に鵜呑みにさせるのは、本人の感情に亀裂が入ることもそうだが、大人の強引さが入ってくる。


けれど、やっぱりノエルは私からするとずっと幼く、危険とは無縁にのびのびと暮らしてほしいのが本音ではある。


(でも、それはノエルの気持ちを無視してしまっているのよね)


ノエルを身体的な危険から守るだけでなく、彼の気持ちだって側に居て尊重していきたい。小説の最後に描かれた感情が無くなってしまうノエルなんて、もう……見たくないから。


私は踏ん切りがついたように、彼の方へ一歩近づき……目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ノエル、ごめんね」

「……?」

「私、何もノエルのことが分かっていなかったみたい」

「え……?」

「ノエルが危険に遭わないようにだけ、すればいいって思っていたけど――それは、ノエルの気持ちを無視していたわね」

「っ! お、お母様は何も悪くな……」

「ううん。これは私が何も見えていなかった事実よ。だから、きちんと謝らせてほしいの……ごめんなさい、ノエル」

「っ!」


私はきちんと彼の瞳を見て、言葉を伝える。するとノエルは謝られたことに最初、驚いていた様子だったが――少し逡巡した後、落ち着いて言葉を口に出した。


「うん。お母様が僕のことを想ってくれたのは嬉しいから……許すって言うと……なんだかむずむずするけど――僕はお母様を許します」

「ふふ、ありがとう。ノエル」

「……!」


ノエルが言ってくれた言葉を聞き、やっと彼とちゃんと向き合えている気がして、無意識に笑顔を浮かべていた。するとノエルは、目をまんまるくして、こちらをじーっと見つめてから。


「お母様の笑顔、僕、大好きです」

「ノエル……! 私もノエルの笑顔、そしてノエルのことが大好きよ!」


天使すぎるノエルの言葉と表情を見て、私の胸は彼への尊さでキュンキュンになってしまう。思い余って後ろへ倒れてしまいそうになるのを、ぐっと耐えて――素直な気持ちを言葉にするのに集中した。


そして仕切り直すように態度を改めてから、彼の青い瞳を再度見つめた。


「これから、私はノエルの気持ちを無視することはしないように努めたいと思う――けれど」

「けれど……?」

「やっぱり、降りかかってくる危険からノエルを守りたいと思っているの」

「っ!」

「でも! 一方的にではないわ。危険があるとき……またはありそうな時は、どうしてこうしたのか――それとこれからどうしたいのか……ノエルに伝えようと思うの」

「……で、ですが、それだとしても――お母様はやっぱり危険に……」

「うん、でもね。それが親だから――側に居る大人の役目だから、じゃ……納得できない……かしら?」


柔らかい声のトーンでノエルに、私の気持ちを伝える。これはノエルを無視することではなく――やはり彼の年齢や立場を考えたうえでの私の姿勢表明だった。


小説で長年読んできた……あくまで外部の人間に過ぎなかったが、それでも彼を見守ってきたような感覚をずっと持っている。だからこそ、彼が傷ついてしまうことを見過ごすことは到底できない。


「確かに危険はあるかもしれないわ……けれど、ノエル。ちょっと突き放すような言い方にはなるけれど、それが大人になったらできることにもなるの」

「……!」

「未成年だと、親の同意や意見が優先されるように――ままならないしがらみがあるわ。そうした時に、私だからこそできることもあると思うの」

「……」

「今回のことだって、私があの先生に否定的な態度をとったことで――きっと王宮内では、マナーの先生に向けられる視線は変わるわ。もちろん、私に対してもあるかもだけれど……」

「でもそれは……」

「状況が変わって、危険が生まれるかもしれない。でも、でもね――この場合こそ、大人な私の権力を使えると思わない?」

「へ……?」

「お母さんは“王妃”なのよ? そしてあなたは王太子。息子の王太子が未成年で舐められるのなら――母親の王妃がその在り方を正す。それが権力であり、力の使い方――ってなんだか難しい話だったわね……だから一番伝えたいことを、言うわね」

「一番……?」

「ええ」


しっかりとノエルと視線を合わせながら、私は呼吸を整えて言葉を紡ぐ。


「ノエル、あなたを愛しているから……今使える力をもってして、あなたを守らせてほしいの」

「……っ!」


ノエルを取り巻く問題は、マナー講師のことだけではない。


この王宮はノエルにとって敵だらけの環境で、そうした環境に立ち向かうために私の力を少しでも役に立てたい――幼い彼にはまだ早すぎる権力社会の構図だとしても、ノエルにも分かってほしいと言葉に想いを込める。


するとノエルは、私の方を見ながら決意をしたように声を出した。


「……お母様の気持ち、分かりました。僕がまだできないことが多く、歯がゆくて――悔しいですが……お母様がこう想って守ってくださるって知れたから、お母様の行動を否定はしません」

「ノエル……」

「で、でも……! ぼ、僕だってできることがあるかもしれませんので……! 危険には注意しますが、僕にもお母様を守らせてくださいね……?」

「……!」


どこか拗ねたような表情を浮かべながら、ノエルは私に言葉をかけた。その内容に彼の精一杯の気持ちが現れているようで――私は思わず、ノエルをぎゅっと抱きしめる。


「わ……!」

「ありがとう、ノエル。あなたの気持ちが嬉しいわ」

「……僕も、お母様の気持ちが嬉しい」


二人で温もりを分かち合うような抱擁だった。ノエルの気持ちと私の気持ち、お互いが歩み寄ろうと言葉を尽くしていたと、そう思った。


少しでも、ノエルを大切だって想う気持ちが伝わっていればいいなあと思いながら、彼を抱きしめ続けるのだった。


◆◇◆


気が付けば、夕日が温室の窓から差し込む時刻となった。


ノエルの側に控える執事に聞けば、本日の残りの予定はマナー講師の授業だけだったため、気を取り直すようにティータイムを再開した。


再開後、ノエルはもうミルクや砂糖を遠慮することなく、自分の好みに合わせて紅茶を楽しんでいた。その様子を見て、彼が健やかに過ごせることがなによりも嬉しいのだと実感した。


そんな楽しいティータイムは、時間があっという間に過ぎていき――まだ楽しみたい気持ちを残しながらもお開きとなった。


「お母様……また、また一緒にお茶を……」

「ええ、また一緒に飲みましょうね」

「……! はい……っ!」


前のめりな様子で喜ぶノエルの姿に、心がじんわりと温かくなる。まだ彼を見ていたい気もするが、部屋で休むことも身体には必要だ。


(それに、ノエルの側には味方の執事がいるわ……あくどい使用人たちはいなくなったから、安全に部屋で休めるはず)


小説内で数少ないノエルの味方は、ちゃんと記憶している。彼の側に仕える執事・セスもその一人だ。昨日は私の態度のあまりの豹変ぶりに、百面相ばりに表情が変化していたけれど……。


つまりは裏がない信頼できる人物……ということなのだろう。ノエルの成長を第一に、私は機械的に仕えてくる使用人と共に自分の部屋へ戻っていくことにするのであった。



■ノエル視点■


執事のセスに連れられて豪奢な自分の部屋へ、ノエルは戻ってきた。セスだけを引き留めて、他の使用人たちを下がらせると、ノエルは部屋のソファに腰かける。


「セス、あらためて聞くが――お前は誰に忠誠を誓っている?」

「もちろん、ノエル様――そしてノエル様の守護妖精様に誓っております」

「……分かった。ならば、これからは僕だけでなく……お母様の安全も第一に心がけろ」

「……っ! はい、かしこまりました……!」


先ほど、自身の母親であるレイラに相対していた時とは違う顔つきで、ノエルは執事へ命令を下す。天使のような柔らかい瞳ではなく、淡々と冷たく――上に立つ者の顔つきだった。


「お母様がこうして急に変わられるとは……予想外だったな」

「……」

「何かの洗脳を受けている様子もないし……僕が声をかけたのをきっかけに……? いや、それとも元から気持ちに蓋をしていたのだろうか……」


ノエルの様子からは「幼い」という言葉は全く感じられず、そうした様子に執事も特段驚かず――無言で側に控えている。


ノエルの部屋の窓からは夜を照らす月明かりが差し込んでおり、その月を眺めながらノエルは言葉を紡ぐ。


「どんなきっかけだろうと関係ない。僕を見てくれるお母様を――あの温かさを失いたくはない」

「……」

「父上の方に、今日の報告は向かっていたか?」

「はい。先ほど、温室にいたメイドが騎士に今日の報告をしておりました」

「ふぅん……。ならばきっとお母様に対して、圧力をかけてくる可能性が高い……あの父上は、お母様を毛嫌いされているからな――僕に対しても、冷たいが」

「……っ」

「まぁいい、父上がどんなことをしようとも――僕が、お母様を守る。それだけだ」


大人びた表情をしたノエルが、決心したようにぽつりとそう呟くのであった。



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