58.柔らかな風
ジェイドからの問いかけに、私は疑問を頭に浮かべていた。
(どうして彼が、私の気分なんかを……?)
別に彼には――関係ないことのはずなのに。
そんな私の想いが、そのまま表情に出ていたのか。
彼は、少し気まずそうにしながらも。
「……昨日、お前が――暗い顔をしているような気がした」
「!」
「だから、この前の……俺を助けてくれた礼も兼ねて、外出を誘った」
ジェイドの言葉を聞いて、私は彼から目を離せなくなった。
だって、そのままの言葉を受け取るならば――純粋な気持ちで、私を気遣ってくれたから……今回の外出を誘ったということが、単純明快で分かったからだ。
先ほどの反省も生かして、彼の気持ちを――素直に受け取ろうと、頑張るも……。
(偏見が……彼は冷酷王なのだと、そう思おうとしてしまうなんて……)
自分の脳が、エラーを出すかのように……何度も否定を告げてくるのだ。
それほどに――素直に信じるには難しい現状で。
何も返事ができずに……彼をじっと見つめていれば。
「庭園の時……いや、その前から――お前は話し合うことの重要性を、言っていたな」
「は、はい……」
「俺は……大きな欠陥があるんだ」
「え……?」
「それも王として」
「え、え……!?」
突然、話し出したジェイドの言葉に、私はまたもやギョッとしてしまう。
だって、そんな欠点をどうして今……。
「王族が国民から敬われるのは……王族が妖精の大きな力を得ているからだ」
「……」
「その力をもって、他国の脅威を払うことができる――ゆえに王として認められる」
ジェイドは淡々と話しながらも、丁寧に事情を教えてくれた。
「その力を……俺は制御しきれていないんだ」
「……!」
「今――走り回っている、あの妖精が子犬になってしまうのが、証拠で……俺が強大なあいつの力を制御できないがゆえに、無理やり妖精の身体を小さくしている現状だ」
私はジェイドの話を聞いて――。
(つまり……子犬ちゃんになるのがダメだった……ってこと?)
妖精というスピリチュアルな存在の事実を、理解しようと――必死に脳に力を入れていた。
私からすれば、可愛い子犬の姿の方が愛らしくて……とっつきやすい印象だったが――。
きっとジェイドからすれば、自分の不甲斐なさの象徴という感じで……。
「その弊害なのかもしれないが……力の反動なのか、寝ることができていない」
「……え!? それは、不眠症のような……?」
「不眠……寝ようとしても痛みで起きてしまう、慢性的な睡眠不足のようなものだ」
「そん、な……」
彼から聞いた、彼の身体の難点は――想像以上のひどさだった。
確かに、彼の目元には……クマが濃くあらわれている。
(寝不足は身体に、本当によくないわ……OL時代に、身に染みて経験したんだから……)
毎日睡眠時間を削って、残業をし続けていたのだ。
その結果が……自分が死ぬという運命だった。
ジェイドも昔の自分とほぼ同じような――過酷な体調の状態なのではないのだろうか。
(あれ……でも、そういえば……)
ふと思い出すのは――ジェイドが夜遅くに、私の部屋にやって来た日のこと。
あの時の彼は、文字通り倒れるように眠っていて……。
私が疑問を浮かべているのが――彼にも伝わったのか、ジェイドは口を開いて。
「基本的に、俺は眠れない……はずだったのだが、お前に触れられた日は――例外だった」
「ふ、触れる……?」
「あの時は、俺の首を触っていただろう?」
「あ……!」
あの時の状況が、脳内で高速に再生される。
あれは、私にとってかなりジェイドに不敬を働いてしまったことへの罪悪感でいっっぱいだったため、なるたけ思い出さないようにしていたが――。
確かにあの時、ベッドに倒れそうな際に――ジェイドの首をギュッと触った気がする。
「あ、あの時は……本当にごめんなさい……」
「いや、謝らなくていい……今なら分かるのだが――お前が触れてくれたおかげで……俺は久しぶりに眠れたんだ」
「え……?」
私がキョトンと彼の方を向けば、彼は眉尻を柔らかくして。
「どうして、お前に触れられるとそうなるのかは分からないが……それでも――お前のおかげで、痛みがなくなったんだ」
「!」
「本当に助かった、ありがとう」
ジェイドはまっすぐと私を見て、そう言った。
彼にこうして真剣に思いを伝えられたこと、そして話してくれたことに、私は動揺してしまう。
(私がお互いを知る時間が必要だと――そう言ったから、ちゃんとそうしてくれたってこと……? でもこの話を私にして、本当に……)
かなりの重要機密だということが、彼の話から十二分に分かった。
だからあれだけ、話すのに抵抗感があったことも――理解できる。
その際に、私はハッとして。
「あ……! この話を、ここでしても大丈夫なのですか? あまり人がこなそうとはいえ、もしかしたら……」
「大丈夫だ」
「え……?」
私がそう心配していると、ジェイドは――私たちの周りを指さす。
すると、何もないように見えていたそこに……薄い……本当に薄い透明の膜が張られていることに気づく。
(まるでシャボン玉のような……!)
私は驚きで、声をあげた。
「こ、これは……!」
「妖精の力を借りて、空間を作った……王宮の部屋のように、防音や――内部にいる人への衝撃を和らげてくれる」
「わぁ……!」
「もしこれを作らなかったら、ここを通り過ぎるあの妖精によって……強風が吹き荒れるからな……」
ジェイドは少しため息をつきながら、そう語った。
確かに、柔らかい風が気持ちいいと思っていたが――まさかこのシャボン玉のような膜のおかげだったとは。
ジェイドは何気なく話しているが、彼のおかげで……快適に過ごせているのだと、あらためて実感する。
「今でも……俺の話が漏れる心配をするなんて、な」
「?」
「本当に――お前は、変わった」
ジェイドは私の方を見ながら、何かを確認するように――こくりと頷いてから。
「親と子の情なんて、まやかしだと思っていたが――お前を見ていると」
「見ている……と?」
「俺の考えが違うと――そう思うんだ。だからだろうか……」
そして彼は続けて。
「レイラ……お前から――目が離せない」
そう――ジェイドは言葉を紡いだ。
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