55.ドレス
「王妃様! こちらのドレスはいかがでしょうか?」
「あ、その……」
「お気に召さないようでしたら、こちらはどうでしょうか? 近年まれにみる大粒のダイヤを使用しまして……」
店員が、積極的に私にオススメのドレスを紹介してくれる。
しかし勧められたドレスを見るも、どれも豪華ということは分かるが――。
(全部綺麗なドレス……以上の感想が……見つからないわ)
もともとOLだったこともあり、ドレスの目利きなんてしたことがない。
おそらく、以前のレイラだったら喜々として選べるのだろうが……。
(あんまり散財したら、変な噂がまた出るかもだし……)
正直なところ、私はこの状況に困っていた。
王室専用――つまるところ王室御用達の服のお店であるのなら……せっかくなら、ノエルの服を買いたいぐらいだ。
(絶対、ノエルなら……何を着てもまちがいなく……! 素敵なのに……!)
ノエルのために――現在、選べないことに歯がゆさを感じる。
(いえ……! もしかしたら、次こそはノエルも一緒に……! なんなら、こうした場所があると知ったなら、ノエルと来れたりも……!)
そんな望みを持って……。
ここへ呼んできたジェイドの方へチラッと視線を送れば。
服屋の中に設置された豪華な椅子に、ジェイドは優美に座っていた。
どうやらテーブルには、紅茶も用意されているようで……寛げるスペースのようだ。
そして彼の足元には、あくびをして暇そうな子犬の姿もあり。
(ううう……これはジェイドの厚意なのかしら? そんなまさか……むしろ、気まぐれの可能性だって……)
店員からのオススメにはうまく答えられない状況で、そもそもどうしてこうなったかについて思考を巡らせていた。
ありていに言えば、現実逃避をしていた。
どう答えるのが正解かも難しいし、ジェイドがここに連れて来た真意も分からないまま――ドレスを楽しく選べるはずもなかった。
うーん、うーんと悩み続けていれば――背後から足音が近づいてきた。
「……どうした、気に入るのがないのか?」
「えっ……!」
「俺が購入するのだから――限度は気にしなくていい」
背後からゆっくりと来たのは、先ほどソファで座っていたジェイドだった。
あまりにも悩む私に、声をかけに来たようだった。
(限度がない……あまりにも、価値観が……いえ、ここで放心してはダメだわ)
前世との金銭感覚の相違をまざまざと感じさせられて、目が飛び出てしまいそうな気分になったが――クッと自分の意識をしっかりと持ちながら。
「ど、どれも素敵なドレスだと思います……けれど」
「けれど?」
本当はドレスなんて、欲しくない――とは言えない。
だってせっかくの……“陛下”の誘いを裏切ってしまう。
(ジェイドの気持ちを損なうことも、不敬罪になるのかしら……)
嫌な想像によって、ドレスを断る路線は断念する。
どうしたものか……と悩み続けていた私は、ピーンとあることを思いつく。
(どうして私だけが悩まなければいけないのかしら……こういうのは……)
ジェイドに向き直った私は、ハキハキと――。
「選ぶのが悩ましいので……ぜひ陛下、私に似合うドレスを選んでくださいませんか?」
「……!」
(そう! 難しいのなら、相手に選択肢をパスしてしまう! そもそもジェイドが誘ったんだから、ジェイドに選んでもらおう!)
悩みが解決したとばかりに、私は明るくほほ笑んだ。
王室御用達のお店なのだから、間違いなく私よりもジェイドの方が通いなれているはず。
しかし私がそうジェイドに、言葉をかけると周囲が少しザワついたような気がした。
(まぁ、ジェイドが女性もののドレスを選ぶなんて――なかなかない光景……ってことかしら?)
だが、恋人やカップル、夫婦においても……相手に自分に似合う服を選ぶことはなんら問題は無いはずだ。
ジェイドがいったいどんなドレスを選んでくれるかと、待っていれば。
「……この時期に、あえてなのか……?」
「え?」
「いや……そんなことは、きっと考えていないのだろうな」
ジェイドがぽつりとこぼした内容に、意味が分からず疑問を浮かべていれば。
私を見たジェイドは、毒気を抜かれたような表情を浮かべてから。
「――ドレス、か」
ジェイドは改めて、店内に置かれる多種多様なドレスを見渡す。
彼は歩きながら、色や質感を見たのち。
「これはどうだ?」
「これは……!」
ジェイドが選んだのは、青いドレスだった。
サファイアが胸元のレースにあり、白いシフォンがデコルテを上手く強調してくれるデザインになっている。
ドレスのデザインの良さに――私は目を奪われていた。
それにジェイドが選んでくれたものなら、彼だって購入しやすいだろう。
「すごく綺麗です……! ぜひこれにします……!」
「そうか――ならば、これを買おう」
「ありがとうございます。陛下」
「構わない」
(確かに今日も寒色系で着ていたし……レイラの体型なら、うまく着こなせそうね)
客観的に、ジェイドの見るセンスが素晴らしいと納得した。
(けれど青色……って、なんだか、ジェイドの――)
ふと、彼の瞳を見れば――ドレスと同じ色で……。
(自分の瞳で見慣れているから、選んだのかしら?)
よく見慣れている色を、無意識に選んでしまう――的な感覚があるのかもしれない。
(でもこれで、無事……ジェイドのお誘いは完遂ってことかしら?)
こうしてドレスを購入してもらったのだし……あとは、帰るだけ――そう思っていれば。
「先ほど、レイラが悩んでいたドレスもすべて買う。王宮に送るように」
「はっ、かしこまりました」
「!?」
もう終わりだと思っていたのだが――ジェイドの発言によって、私はギョッとしてしまう。
だから慌てて――。
「へ、陛下……、こんなにもドレスがあっても……全部着れないですし……」
「……最近」
「え?」
「新しいドレスを買っていないようだな。もし不便があって、買えていなかったのなら――解消するのが、夫の務めなのかと……」
「!」
ジェイドの言葉を聞いて、私はハッとなる。
確かに最近は、着やすいドレスを着まわしていたのだが……。
王宮が豪華なようにドレスだって、煌びやかなものを身に纏わないと――ジェイドのいらぬ噂が立ってしまう……ということで。
(私のためだけではないってこと……よね!?)
言葉そのままに捉えると、私のためにドレスを購入した――と聞こえるが、ジェイドがそんな慈善的なことをする可能性は……ゼロに近い。
勝手にジェイドの内心を理解した私は、どこか吹っ切れたように。
「ドレスを贈ってくださり……ありがとうございます! 陛下」
「……ああ、気に入ったのなら、いい」
ジェイドに精一杯のお礼を言うことにした。
そんなふうに、ジェイドの想いの考察やお礼をすることでいっぱいだった私は、この店の店員たちが……ジェイドと私を見て話していたことには、全く気付いておらず……。
注文を受けた店員たちは、集まって――。
「……まもなく、舞踏会の時期でしたよね?」
「ええ、だから――陛下が、王妃様にドレスを贈られたというのは……」
「最大の想いの証……!」
ジェイドとレイラを見て、そう言葉を紡いでいたのであった。
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