54.到着
(ジェイドが……私をほめ、ほめた……え?)
私は、理解が全く追い付かなくなってしまった。
そして目の前にいるジェイドも、言いなれていないためか――視線を窓の方へ逸らしていた。
「え……」
「最近は大人しい色が多かったが……今日の服も似合っている」
「へ、あ……!?」
私の口からは、言葉にならない不思議な声が出てしまっていた。
だってそれほど、驚きが大きくて。
(本当に? 本当にジェイドは私を褒めているの……!?)
きっと私は露骨に、信じがたい表情になっていたのだろう。
再び私の方を見たジェイドがムッとした様子になって。
「……なんだ、おかしいか?」
「ええ、はい……あ、いえ! 違います! 褒めてくださりありがとうございます……!」
「……」
私はつい、うっかりとばかりに本音が出てしまった。
だって、ジェイドが私を褒めるなんて天変地異でも起きない限り――ありえないと思っていたぐらいだから。
でも私の返事を聞いたジェイドは、眉間に力を込めていて――。
(や、ヤバいわ……。不機嫌になっちゃった……?)
ようやっと気まずい空気から脱出だと思ったのに、これではたまったものではない。
どうにか、どうにか……ジェイドの機嫌をよくする方法……と急ぎ考えまくった私は庭園での出来事を思い出し――。
「頭をな、なでましょうか……?」
「は?」
言って後悔した。
めっちゃ考えた結果、この前の庭園でジェイドが求めていたことを思い出したのだ。
頭を撫でるなんて、普通ならしないが――ジェイドがあれほど求めていたのだから、今こそ……と思ったのだが――。
(普通に考えたら、おかしいって……なんで気が付かないの、私~~!)
焦りまくった私の脳は、混乱しすぎていたようだ。
やらかした……これは、処罰待ったなしだ……そう思っていれば。
「俺の機嫌を取ろうと思って……そんなことを言ったのか?」
「……はい、その通りです」
「はぁ……確かに言いなれないことを言った自覚はあるが……」
ジェイドは頭が痛いのか、彼自身の頭部に手をやって――ため息をついていた。
沙汰を待つ犯人のように、私がじっと待っていれば。
「別に、不機嫌ではない」
「え?」
「そんなに撫でたいのなら……そいつを撫でてやってくれ」
「わん!」
「っ! 子犬ちゃん!?」
ジェイドは何とも言えない複雑そうな表情をしてから。
私の足元に、声をかけた――すると元気な犬の鳴き声が聞こえてきて。
私が視線を向けると、そこには何度も見たジェイドの妖精である子犬ちゃんがいた。
子犬は待ってましたとばかりに、私の膝の上に乗り――大人しく座った。
「まぁ……いい子ね……ふふ」
膝の上にいる子犬の頭を優しく撫でれば、嬉しいのか……すりすりと私の手に、自身の頭を押し付けていた。そんな子犬の反応を見ると、先ほどジェイドとあった気まずい雰囲気が、和らいだように感じた。
(どうしてこうなったのかは、よくわからないけれど……まぁ、機嫌は大丈夫ってことよね!)
何も解決してないように感じていたが、子犬を撫でればいいようなので。
私はそちらへと集中した。
「……そいつを撫でたら、目的地に着くだろうから」
「目的地……ですか?」
「ああ、あそこだ」
ジェイドは窓から、指を差していた。
その方向を私も見ようと――子犬を撫でながら、窓に視線をやれば。
(あれは……服屋さん……ブティック的なところかしら?)
視線の先にはいかにも豪華そうな服屋があった。
(これは……OL時代でも見たことがないほど……大きい店ね)
まさに貴族御用達といった豪華絢爛な店の外装に、着く前から分かる広々とした建物の大きさ。
あまりのスケールの大きさに、思わず口が開いていれば。
「着いたようだ」
「……!」
「ほら、行くぞ」
あまりにもジェイドが自然に降りるので私も、降りようとする。
膝の上にいた子犬は、馬車の扉が開いた瞬間に外へ駆けて行った。
(子犬ちゃん、大丈夫かしら……え?)
先に降りた子犬の行方を心配していれば――馬車の外側から、手が差し伸べられていた。
「……」
無言でこちらに手を差し伸べている。
(え、掴んでいいの? 本当に?)
またもや彼がしなさそうな振る舞いに、思わずギョッとしたものの。
さすがにここで、時間を食うわけにも……ジェイドの手を拒否するなんて、大胆なこともできないので。
おそるおそる彼の逞しい手を取って、馬車から降りる。
そして私は、降りてから――ジェイドの手以上に、目の前の光景に圧倒される。
「お待ちしておりました。陛下、王妃様」
「……ああ」
馬車から降りた先では、かしこまった衣装を身にまとう店員がズラッと並んでおり。
いつも侍女に世話をされるくらいの――かしこまった人を見たことがなかった私からすると。
(す、すごい待遇だわ……)
そして豪奢な両扉が開かれた店の内部がチラッと見えて。
とんでもなく内装も豪華そうなのは、十二分に分かった。
私の前に出て行った子犬は、慣れたように店先を歩いており……。
周囲の店員たちは見えていないのか、はたまた見えていないふりをしているのか――全く子犬の方には見向きもしていない。
そんな中――ジェイドは私の方を向いて。
「何を驚いているんだ? ここは王室専用の服屋だ」
「え……!? 専用……!?」
「ああ……それに今日は……お前の服を買いに来た」
「っ!?」
彼から言われたことに――本日、二度目の脳内フリーズが起きてしまうのであった。
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