52.うまく…
視界に入ったノエルと上皇后様を見つめていた私は――頭が真っ白になった。
(どうして……上皇后様とノエルが……)
よく考えたら、祖母と孫の関係であるので二人が会うのはなんらおかしなことはない。
しかもジェイドの母親である上皇后様は――先日会った際にも感じていたが、王宮内で顔を利かせているようだ。
だからどこへ行こうにも、なんら障壁もなく自由に行き来できる。
別に上皇后様の行動を制限したいわけではない……だが。
(胸の奥がキュッと痛むような……)
傍から見れば、祖母と孫の和気あいあいとした雰囲気は良いもののはずだし。
何も問題はないはずなのに。
私よりも、上皇后様と過ごす時間のほうが嬉しそうに見えて。
もう私との時間は――見限られてしまったんじゃないかって……。
(なんだか合わせる顔がなくて……咄嗟に、隠れてしまったわ……)
一緒に隠れたセインも、どうしたのかと疑問を浮かべた顔でこちらを見つめている。
きっとノエルがジェイドと会っていたら、こんな感情は抱かなかったのだが――。
こと上皇后様となったら、話は変わる。
(だって……この前も、私に明確な敵意を向けてきたから……)
ジェイドと庭園で過ごしていた際に、上皇后様とは出会った。
その際に、「分をわきまえる」ようにといった発言を私にしてきたのだ。
なにより、「ノエルを生んだこと」を家族としてではなく、別の目的で褒めてきたような……。
自分の中で、言い知れぬモヤモヤを持った相手とノエルが過ごしていることに――面と向かって耐えられなかったのかもしれない。
おもむろに私は――自分の首からかけているカメラを両手でキュッと掴む。
私の手の掴む強さで、カメラのボタンを押してしまったようで……小さな駆動音が鳴ったが、気にする余裕はなかった。
「王妃様……」
「……」
セインが、こちらを窺うように小声で話しかけてくる。
しかし上手く返事を返せない。
気づけば――訓練場の出口にいたノエルと上皇后様は、どこかに向かうようで……。
私とセインには気づかないまま、他の通り道へと歩き去ってしまった。
二人の背中が見えなくなったのを機に、私はようやっと身体に力が戻ったようになって。
「セイン……今日は、ノエルに話しかけられなかったわ」
「それは……」
「上皇后様との時間を邪魔しちゃ……悪いかなって、そう思ってしまって……」
「……」
セインに私は笑顔を向けてから、「部屋に帰ろうと思うの」と伝えた。
すると彼はそれ以上問いかけることはなく――私の側に控えていた。
自分の部屋までの廊下が、こんなにも長いように感じたのは初めてかもしれない。
それほどまで、心ここにあらずな気分だった。
あとどれくらいで部屋に着くだろう……と、顔をあげた矢先。
「レイラ……?」
「……っ!」
同じく王宮の廊下を歩いていたジェイドに遭遇した。
ただでさえ、メンタルがぶれているタイミングだったので、ジェイドへ挨拶する反応が遅れてしまった。
「ご、ご機嫌麗しゅうございますわ、陛下」
「ああ、奇遇だな……どこか行っていたのか?」
「っ!」
挨拶をして、ササッとその場から去るつもりだったのに。
まさか彼が立ち話をしてくるとは予想外だった。
なんとか意識を総動員して、私は――いたって通常な態度で。
「ノエルに会いに行こうと思って……訓練場へ行ってましたの」
「……ふむ。ちょうど訓練が終わったころなんじゃないか?」
「ええ、そうだったんですが……」
こうやって話すことで、先ほどの嫌なイメージがよぎってしまう。
ノエルにとっては家族との時間を過ごすことに、なんら問題は無いのに。
私にとって、なんだか――そう、私……個人的に不快感を持つことで……。
「その、上皇后様が先にいらしていたようで……ノエルとは話せませんでしたの」
「母上が……?」
「ええ、なので――おとなしく部屋で過ごそうと思います。陛下、失礼しますわね」
「あ、ああ……」
私が話した内容に、ジェイドは一瞬眉をピクッと動かしたように見えた。
しかし私にとっては、そんなことよりも――この場にいると、「普通の顔」ができなくなりそうで。
足早にその場から、立ち去ろうとした。
そんな私を、ジェイドがじっと見つめていたような気がしたが――もはや、それどころではないので。
セインと共に、私は自室へと帰ることにした。
◆◇◆
自室へ帰ってきたのち。
首にかけていたカメラを置こうとすれば、録画機能が起動していたことに気づく。
あの時見た――ノエルと上皇后様の会話に、あまりにも気を取られ過ぎて、思わず手に変な力が入っていたのだろう。
録画機能を止めて、カメラの電源をオフにする。
そしてセインには、今日は出かけるつもりはないからと言葉を伝えれば、何かを察したのか――セインは部屋の外へ出て行く。
加えて、侍女たちにも今日はもう休む旨を伝えて――部屋から出て行ってもらうことにした。
部屋で一人きりになったのを機に。
私は自分のベッドへ。
――ボフンッ!
「はぁ~~~。私ってば、幼稚すぎる……」
つい、自分に愚痴を吐いていた。
「でも、私のことを嫌っている上皇后様と仲いいなんて……どう会話を広げればいいのか、わかんなくなっちゃった……」
最近、ノエルと心の距離が近くなったと――そう思っていたのだが。
もしかしたら、私以上に上皇后様と仲が良かったのかもしれない。
なんだかそのことで、異様にもやもやしてしまう。
「ノエルの幸せが一番。ノエルの幸せが一番なんだから……」
自分に言い聞かせるように、そう唱える。
しかし、ノエルが話しやすい大人の候補として――真っ先に、私ではなく上皇后様を選んだのでは……という、負の想像をしてしまう。
(ダメダメ……! これ以上考えても、何もいいことはないわ……!)
自分の思考に蓋をするように……。
私は、ベッドで早めの就寝をとるのであった。
◆◇◆
翌朝。
寝たら、すべてがスッキリ解決――なんてことはなく。
窓から見える晴天とは真逆に、私の心はどんよりとしていた。
そんな私のことは、侍女たちは気にも留めず――今日も今日とて、元気そうにキャッキャッと話を広げている。
(もしかして、何も注意しなかったから――そのまま……)
侍女たちの会話は、世間話くらいならいいかと――放置状態にしている。
あくまで広い心で許している……というのが、私のスタンスなのだが。
しかし今日は、注意なんて行動をするのにも億劫で。
侍女たちに支度を手伝われるがままの状態だ。
「ねぇ、聞いた? 昨日は、廊下でばったり……王妃様と陛下が逢瀬されていたそうよ」
「まぁ……! もしかして陛下が、時間を合わせて……?」
侍女たちは、私の心を知らずして――楽しそうな推理を披露していた。
(そんなわけないじゃない……)
しかし否定する根気すら、昨日に引き続き……今日の私にはなくて。
言われるがままの話を、聞き流していれば。
私の部屋の扉が、いつもよりも大きな音で開かれた。
そこにいたのは私の部屋付きの侍女で……。
こころなしか、慌てた様子で――手には高級そうな紙を持っている。
「どうかしたの……?」
「ぁ……あの……」
いつもとは違う彼女の姿に、そう言葉をかけると。
彼女ははくはくと、息を吸ってから
「へ、陛下から、王妃様へ……お出かけのお誘いを頂きました!」
「……え?」
私は、侍女が言っている言葉を聞いて――思わず……疑問の声を漏らした。
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