49.気遣い…?
ジェイドが言う「無理をするな」というのは、気遣いの言葉で合っているのだろうか。
他の人に言われたら、私の身体を心配してくれたと思うのだが――こと、ジェイドが言うと、勘ぐってしまう。例えば、「健康管理も王妃としての責務だ」という叱りの表れみたいな。
(いえ、で、でも……ひとまずは、言葉を返さないと……)
ジェイドの言葉に虚を衝かれてしまったが、すぐに返事をしようと口を開いて。
「温かいお言葉、ありがとうございますわ」
「……ああ」
そう声をかければ、ジェイドは淡々とした様子で言葉を返してきた。
そしてそのまま――。
「……それだけだ。失礼する」
ジェイドは扉の方へ向き直るとスタスタと、私の部屋から出て行った。
そんな彼の様子を見ると……。
(心配じゃないわね……社会人としての健康管理を言われていたのね……)
ジェイドの態度から、私はそう理解した。
というか、本当に今更だが――未だに、自室で言い合った時のため口のことを謝れていない。
もしかしたら、もうジェイドは気にしていないんじゃないかと……そう思っていたのだが。
(あんなにも周囲を冷静に見ている人だもの、早めに謝ったほうが……のちに気づかれて追及されるよりもマシなはず……)
ジェイドにはちゃんと謝るぞ……という気持ちを持ちながら。
「でも、今日は……もう……動けないかも……」
ノエルの剣の稽古見学から……庭園でジェイドとの話し合い、そしてノエルのお風呂克服。
(色々あったわね……あ、そういえば、どうしてジェイドはあんなにも焦ってここに……?)
いつも冷静沈着なイメージがあるため、珍しく思う。
しかしそうした疑問を、考え続けるよりも早く。
(いえ、今日は――早く、寝たほうがいいわね。もう脳も身体も動かせないわ)
自分の身体にあった疲労を休ませることに、頭がいっぱいになった。
最後にかけられたジェイドの言葉通りに、今日は無理をせず――ゆっくり休もうと思った私は――伸び伸びとベッドで身体を休ませるのであった。
一方で――レイラの自室から出たジェイドはというと。
ドアを閉めた後、数歩歩いて……廊下の中央で立ち尽くしていた。
「……」
「陛下?」
まだレイラの自室近くであったため――部屋の前で護衛をしているセインに、不思議そうな目で見られている。
そんな中――ジェイドは、片手で自分の顔を覆いながら。
「俺は……レイラに、何を言って……」
「へ、陛下……?」
「!」
セインの声がようやっと届いたのか、ジェイドはすぐさまセインの方を向いてから。
「……失礼する」
「は、はい……」
ジェイドの奇妙な行動に――セインは怪訝な視線を送った。
そんなジェイドの耳先が、ほんのりと赤くなっていたことに……レイラはもちろん、セインも知る由もなかった。
■ノエル視点■
「で、殿下……?」
「……大丈夫」
セスが心配そうに声をかけてくる。
そんな彼の声に、なんとか返事をするものの――内心は全く大丈夫ではなかった。
お母様の部屋から出て行き、レイヴン様に見送られたのち。
僕は自室に戻ってきていた。
レイヴン様に見送られているうちは、きっと“ちゃんと”した姿で接することができたはず。
今はというと――帰ってすぐさま、髪を乾かし夜着に着替えて。
ベッドの中央で、僕は――うつ伏せで寝転がっていた。
「う~~~! どうして、僕はお母様にカッコいい姿を見せられないんだっ!」
「……」
「セインとの剣の訓練だって、終わりがけの時だったし……風呂の時なんて……」
セスが側に控えている中。
お母様が側にいながら、自分の――長年使っていなかった浴室に入った……先ほどのことを思い出す。
僕は、風呂が嫌いだ。
というより、お湯――水が苦手なのだ。
僕個人がどうこうというより……。
「にゃあ~!」
「はぁ……お前のせいなんだからな?」
「にゃ?」
「まぁ、いいけども……」
ベッドでゴロゴロと悶えている僕の側に、小さなライオンがやって来る。
いつもは逞しい獅子の姿で現れるのだが――こうして、何気ない時は小さい子ライオンの姿なのだ。
(そうでもしないと、妖精の力で身体が高熱になってしまう)
火の妖精である守護妖精のライオンは、ずっと力を込め続けると――自分も高温になってしまうようなのだ。だから、火力を制限するように……普段は子ライオンの姿にとどめて、隠している。
そんな自分の妖精なのだが、大の水嫌いだった。
火と水は相性が悪い……というだけでなく、この妖精は水を見ると本能的に嫌がる傾向なのだ。
(だから、僕も引きずられて……いや、これは甘えだな。もっと僕が――制御できるほど、力が強ければ……)
シャワーくらいの短時間であれば、自分を騙して耐えられるのだが――風呂につかるとなると……生理的な嫌悪感と、言い知れぬ恐怖が湧いてくる。
しかしそうした部分も含めて、強くならなければ……。
悲しい顔じゃなくて、お母様の喜ぶ顔が見たいから……。
「だから、お前も僕に協力してくれよ?」
「にゃあ?」
僕の側で、ゴロゴロと身体を預けている子ライオンの頭を優しく――そっと撫でれば。
キョトンとした顔で、こちらをじっと見つめてくる。
(それに水への恐怖は……もう一つある)
きっと越えなければならない壁は、お風呂だけではない。
先ほど、お母様の部屋へ突如やって来た父上。
今日の剣の稽古だって――なぜわざわざ見学にきたのか……。
今まで一度たりとも、僕の授業に顔を出したことはなかった。
でもそれが逆にありがたかった。
(父上を目の前にすると……)
親としてというより――圧倒的な強者の存在感に気圧されるのだ。
そして父上の妖精の力から感じる……恐怖心。
(……父上は水の妖精だから……苦手意識をもってしまう、そう、それだけ……)
普通に話す分には、なんとか自分の気持ちを落ち着かせられるが――いざ、父上の瞳に射抜かれるとゾッとした……本能的に自分が負けているという、恐ろしさが湧くのだ。
だから、あまり考えすぎず――「苦手」という理由で自分を納得させている。
(――だけど悔しい……父上は、お母様を守れるほどの権力を、妖精の力を持っている、だから……)
その壁を乗り越えなければならないのだ。
つい、ベッドの布団をぎゅっと握りしめた時。
ベッドのスプリングが、ギシッと音を立てる。
「ん?」
思わず音があった方に顔を向ければ。
「にゃー!」
「え……わ……!」
――モフンッ!
子ライオンが、僕の顔にジャンプをしてから……勢いよく身体をスリスリと押し付けてきたのだ。
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