48.誤解
■レイラ視点■
「お母様、気分悪くありませんか? 無理をしておりませんか?」
「ノエル、心配してくれてありがとう。本当に、その……本当に大丈夫よ」
ノエルの浴室にて、大変不格好な姿をさらした私は――現在、自分の自室のベッドの上に、横になっていた。
侍女の助けもあって、湯あみ服から身体を温める効果が高そうな――ふかふかな夜着になった。
そして側にはノエルが、椅子に座ってうるうると悲しそうにこちらを見つめている。
扉の近くにはセインとセスもおり、こちらを心配そうに気遣ってくれていた。
(うっ……みんなの気遣いが……胸に刺さるわ……っ)
全ての原因は、自分の運動不足――というか、ずっと同じ姿勢が続いていたのを放置してたこと。
しかし浴室で失態を見せてしまったがために、こうして大げさに介護をされ……そして医者を呼ばれてしまっている始末だった。
「お医者様っ! お母様は、お身体に何か悪いことは……っ」
「い、いえ……脈も正常ですし……顔色も悪くなく――王妃様が言う通り、足がしびれて動けなかったのかと……」
ノエルに問い詰められた医者は、困惑しながらそう伝えてきた。
医者はすでに私の診察を終えており、鞄をまとめ始めている最中ではあるが――ノエルや周りの空気を察してなのか、帰ってはいけないのでは……と慌てているように見えた。
(お医者様……ごめんなさいね……)
近くに控える医者に、私は申し訳なさを感じた。
「ノエル、お医者様の言っていることは間違ってないわ。それに早くベッドで休めたおかげで、ほら……もうこんなに元気になったわ」
「お母様……」
「ノエルがすぐに動いてくれたおかげよ。ありがとう」
そうノエルに声をかければ、うるうるとした瞳で私の片手をぎゅっと握ってくれる。
(うっ……可愛い……強くなんて言えるわけないじゃない……っ)
こんなに可愛い天使――愛くるしいノエルにまっすぐに心配されると……。
胸がいっぱいになってしまう。
しかしここでだらしない顔を晒して、ノエルにマイナスの感情を持たせるわけにはいかないため、キュッと表情筋を総動員して、いたって普通の顔を維持することに努める。
「私は平気ですから、お医者様……来てくださいましてありがとうございます。お時間を頂いて、ごめんなさいね」
「あ、いえいえ……! 王妃様のご健康こそ第一ですので――それでは……」
「ほら、ノエルも……まだ湯あみ服のままだし、髪も乾いてないわ。ノエルが風邪を引いたら、私は悲しいわ」
「っ! それは……で、でも……お母様の元気を確認しないと……」
医者は、私に挨拶をしたのち――セスが帰りを案内してくれるようだった。
ノエルに声をかけるも、可愛いマイエンジェルの「私を気遣ってくれる」言葉を聞いて心が揺らいでしまいそうになる。しかしノエルが風邪を引いたら、私が自分を許せないため……。
セスが再び帰ってきたタイミングで、ノエルは着替えのために自室へ帰ることを提案しよう――そうしようと思った矢先。
――ガチャッ!
「レイラ……! 倒れたと聞い……た……」
「!? へ、陛下……っ!?」
セスが医者を見送るために扉を開こうとした――その前に、扉が外側から開けられたのだ。
現れたのは、少し息を切らしたジェイド。
そしてジェイドが現れたことに私も含めて――すぐ近くにいたセスと医者は時が止まってしまったかのような表情になっていた。
(ど、どうして、ジェイドがここに……!?)
本日のまさかの登場、二度目で私は口を開いたまま――動けなくなる。
そんな中、ジェイドの後ろから。
「ちょっと~! 急いで向かうのなら、あたしも……って」
レイヴンも急いで来たようで、私の部屋の中を見て――虚を衝かれたような顔になった。
それもそのはず――ノエルは湯あみ服を着ており、私は厚めの夜着。
そして驚いた顔の医者とセス……加えてセインもおり。
「いったい何が……あったの?」
レイヴンがぽつりと疑問をこぼした。
◆◇◆
なんともカオスな私の部屋の状況を、冷静に説明してくれたのは――セスだった。
ノエルの風呂の補助に、私が付き添っていたこと。
その際に私が同じ姿勢を取り過ぎて、足がしびれてうずくまってしまったこと。
そんな私を心配した周囲の人たちによって――今に至るということ。
「まぁ……そうだったのね……」
説明を聞いたレイヴンは、どこか呆れた様子だった。
レイヴンが言うには、おそらく自室へ運ばれていく私を見た騎士が、一大事だと思ってジェイドの執務室まで報告に来て…今に至るということだった。
「殿下、私は医師殿を先ほどと同じく、お見送りさせていただこうと思いますが……よろしいでしょうか?」
「う……うん、いいよ」
セスからそう聞かれたノエルは、少し歯切れが悪い回答をしていた。
一方でノエルから了承を得たセスは、医者を王宮から見送りに部屋から出て行った。
ノエルは何か悩んでいるのだろうかと疑問をもった矢先――レイヴンが声をあげる。
「事情は分かったわ。それなら、私はノエルを部屋まで送ろうかしらね」
「あ……で、でも……僕は、お母様がちゃんと元気になったか……」
医者が帰宅するということになったため、レイヴンはもう大丈夫だと判断したようだった。
そしてセスが医者を見送ることにもなっていたので――代わりに部屋まで送ってくれるとのことで。
それなら安心だと思ったのだが……肝心のノエルがまだ私を気遣っていたことに気が付く。すぐに私は、ノエルに安心して大丈夫だと―ー言葉をかけようとした……その時。
「ノエル。冷静さを忘れるべきではない」
「っ!」
「帝王学を通して――今のように振る舞えと学んだのか?」
ジェイドが淡々とした口調でノエルに話しかける。
するとノエルは、ビクッと声があったジェイドの方を向き……。
「……申し訳ございません、父上。学びを欠いた行いでした」
先ほどの心配そうなノエルの様子から――礼儀正しく振舞う姿へと変わる。
(子どもは伸び伸びと過ごすのが、いいかもと思っていたけれど……)
ジェイドがノエルに語り掛ける様子を、私はじっと見つめる。
彼自身子どもに興味がないのかと思っていたが……。
(一方的に叱るわけでもないし……あくまで距離を置いて――諭す感じなのね)
私にはできないノエルとの接し方だ。
教育について、深く研究したことは無いので確かなことは言えないが……。
(これが……ジェイドなりの……ノエルとの向き合い方、なのかしら?)
普段見たことがないジェイドの姿に、目を奪われる。
(ただ……言い方はもっと優しくしてもいいような気もするけど)
私が見つめる中、ジェイドは続けて。
「……レイラは医者が言う通り、大丈夫だ。だからお前は部屋に戻り、身を整えるように」
「……はい、父上。……お母様、失礼します」
「ノエル。助けてくれて、ありがとう。またね」
ジェイドに言われたノエルは、ピシッと姿勢を正して私の部屋から出ようとする。
私が声をかけると、最後に優しく微笑みを返してくれたような気がした。
部屋の扉が開かれると、レイヴンとノエルが出て行き――私の部屋の扉を外側から、セインが閉じてくれた。
先にセスと医者は部屋から出て行っていたため、部屋に残されたのは――私とジェイドだけになった。
「俺も、執務室へ戻る」
「はい、ご足労をおかけして……申し訳ございません」
「いや……それは、別に問題ない」
私はジェイドを見つめながらそう言葉を紡げば、彼はどこかバツの悪そうに下を向く。
そしてすぐにまた顔をあげたかと思えば。
「……するな」
「え?」
「無理をするな――静養を第一とするように」
そう彼から言われて――私はポカンと口を開いて……ジェイドを見つめていた。
(まさか……ジェイドが私の心配を……?)
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