47.動く
(フッ……。普段、運動してないツケが来たのかしら……)
OLの時もそうだが、レイラになってからもあまり運動はしていなかった。
きっと優美な生活ばかり送っていたレイラも、していなかったことだろう。
足以外にも、全身が重く感じる。
そんな自分に情けなさを感じていれば――私の急な体勢にビックリしたのか、側に居た子ライオンがいなくなっていることに気づく。
そして一方では、私の手を握っているノエルが、ザパッと浴槽から立ち上がる様子が分かった。
どうにか彼に心配ないことを伝えようと、口を開き。
「だ、大丈夫よ……。少し足がしびれただけ、だから……」
「っ!? 足が……!? 今すぐに医者を呼ばないと……!」
私の言葉を聞いた結果、ノエルはより驚きを増してしまったようで――室内にいるセスに大声で呼びかけていた。
するとすぐにドタドタと大きな足音が、こちらへやって来て。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
「僕よりも、お母様が……っ!」
「お、王妃様……!?」
足がしびれただけなのに、想像以上の大事になっていくことに申し訳なさを感じて。
「だ、大丈夫よ……私は大丈夫だから……」
「王妃様が重体だ! 急いで医師を……っ!」
私が声をかけるものの、伝わらず――。
なんなら、セスの声によって部屋の外で待っていたセインすらもこちらへ来たようで。
「ど、どうされて……!?」
相当、驚き青ざめているようだった。
そんなセインの様子に、そんな大きな問題じゃないと伝えようにも――足がしびれて動けず……弁解ができない。
自分の運動不足に後悔を持ちながら、ノエルが率先して介護をしてくれる様子に――さらに申し訳ないと……心が痛くなる。
(もっと運動すれば……良かった……)
私が悲しみを感じている中、浴室から大仰に――使用人たちによって丁寧に運ばれていくしかなかったのであった……。
■ジェイド視点■
「あら、私を呼んでくれるなんて……珍しいじゃない?」
「……先ほど、部下を寄越して報告してきただろう。そのことだ」
「はぁ……わかってるけれどっ! 少しでも明るく返してちょうだいよ」
「……」
レイラと別れたのち。
俺はレイヴンの部下から「とある報告」を受け取り、自身の執務室へ戻っていた。
そして報告をしてきた張本人であるレイヴンを呼び出して、窓から見える庭園の様子を立って眺めながら……彼の到着を待っていた。
そしていざ、レイヴンに執務室で話を聞こうとしたのだが。
相も変わらず――この茶目っ気がすごい幼馴染は、俺に茶々を入れたくて仕方ないらしい。
しかし無言で彼を見つめれば、やれやれと言わんばかりに真面目な顔つきに戻った。
「あたしもさっき知ったのだけれど……地下牢の衛兵の配員が変更されたわ」
「……母上の意向、か?」
「あら、察しがいいじゃない。そうよ」
レイヴンが寄越してきた報告というのは、フォン伯爵令嬢を捕えていた地下牢の監視役が代わったということだった。しかも、いつ変更されたのかは不明で――先ほど刑の執行人が向かおうとしたら、地下牢への入室を断られてしまったがために、事態が発覚した。
「上皇后様……前国王様には、退いた後も大権があるでしょう? そのせいで勝手をされても、何も言えないのよね」
「はぁ……ここのところ、ずっと自分の宮でおとなしくしていると思ったんだが……な」
「――あの方は、生涯現役を掲げてらっしゃったから……今の地位も、もしかしたら都合がよくて国王から退いたのかもしれないわね」
「――それは、俺が国王になった日から……ずっと分かっていた」
頭に思い浮かぶのは、先ほどレイラと庭園で出会った母親の姿。
年相応に貫禄はあれど、身体も妖精の力に至っても衰えを知らない人だ。
そして俺を自身にとって都合のいい国王にしたがっていることも……知っている。
ユクーシル国では、「万人に慈悲深い」と人気がある人物だが――その裏の顔……権力欲が強い人だと言うことは、王宮の人間しか知らない。そんな二面性があるがために、母が我が物顔で振る舞えてしまう要因ではあるのだが。
「しかも問題は……今、地下牢に私たちの騎士が行けない……ということよ。だから審問会で罪が確定した――伯爵令嬢は……」
「……母上によって解放されているだろう、な」
「ええ。大権によって、上皇后様が異を唱えることは国王の決定よりも重んじられる……ゆえにね」
母が持つ「大権」というのは、母が国王の時代に――上皇后に付与される権利として制定されたものだ。
今までのユクーシル国では、なかった制度だったのだが……ユクーシル国建国以来、最長の国王在任期間、そして母が現役の時は――右に出る者がいないほどの妖精の力が強いことを経て。
(母上の強い希望のもと、誰もが異を唱えることはできなかった)
母の力よりも――俺の妖精の方が力が強いこともあり、代替わりが起きたのだが……あくまで、年齢という枷によって、妖精の力が扱いにくくなっただけで、母の妖精の力はまだまだ盤石だ。
(俺がもっと、妖精の力が制御できれば……)
自分が持つ欠点のせいで、母を大きく凌ぐまでに至っていないことが――歯がゆかった。
このままでは、自分の周りにいる友や我が子を危険に晒す可能性だってある……そんな嫌な想像が頭をよぎった。
そして頭に浮かんだのは、庭園で母に絡まれていたレイラの姿だった。
「……今日、母上が――俺の宮の庭園へきた」
「! そうなの? それは……宣戦布告ってことかしら?」
「きっと、そうだろうな」
「国王に返り咲くことは無理だろうし……あなたを傀儡にしたくてたまらないってことなのかしら、ね」
「……妖精第一主義を掲げて、国を染めたいのだろうな。だが、母上が来た時……」
母は、俺に対して国王としての権力を行使しないように……圧をかけに来ていた。
しかも具合が悪いことに、俺の病も発症してしまって――絶体絶命の状況下だった。
(あの時は意識が朦朧としていたが――母上が、突然弱っていたようだった)
あれはいったいどんな理由だったのか。
レイラが母上と話していたが……彼女なら、何か知っているだろうか?
(いや、母上との確執に彼女を巻き込んでいいのか?)
俺の近辺にいると、母上に目をつけられる可能性が高い。
ただ今日の出会いで、そんな心配はもはや意味がないのかもしれないが……。
考えていくうちに、視線は下へとさがっていく。
(彼女のおかげで……症状が、いや、身体が軽くなった)
色々と無様な様子を見せてしまったが、それは彼女の責任じゃない。
むしろ彼女には恩しかなく、欲を言えばまた頭を撫でてほし……。
(!? 今、俺は何を――)
自分の考えに驚きを感じてしまう中。
「ちょっと、急に顔を下に向けて……黙り込んだら、続きが気になるじゃない!」
「……っああ、庭園での一幕を話そうとしていた」
レイヴンを前に黙ってしまっていたことに気づき、顔をあげてレイヴンを見つめると。
心配そうにこちらを見るレイヴンがいた。
「はぁ……いつもの不調かもとも思って、心配もしたんだから」
「……すまなかった」
「あら、今日は素直ね」
「……」
「しかもなんだか、今日の顔色はいつもよりも……良いようにも思うわ? いいことでもあった?」
「ああ、それは――」
レイヴンにレイラのおかげで、体調がよくなったのだと説明をしようとした矢先。
――コンコンコン。
「失礼いたしますっ! 急なご報告があり、参上しました!」
「もう……今日は、あなたに報告がたくさんなのね?」
執務室の扉の外から、騎士の焦った声が届く。
先に概要を聞き、今すぐ考えるべきか――検討しようと思い。
「なんだ、用件を言え」
「はっ、その……王妃様が、浴室にて倒れたとのことです」
「っ!?」
「そのため現在、ノエル殿下が看病を……」
――ガチャッ。
「ちょっと、ジェイド!?」
「それは本当か?」
「え、あ……」
俺は気が付けば、執務室の扉を開けて騎士の前へ出ていた。
そんな俺に驚いたレイヴンの声が聞こえてきて。
突然、執務室から出た俺を前にして――どこかギョッとした様子の騎士は、一瞬困惑を表しながらも。
「は、はい! 誠でございます。そのため王妃様は、ご自身のお部屋で安静に……」
「分かった。今から行く」
「かしこまりまし……え、あ……っ?」
「ジェイド、ど、どこに行くつもり!?」
俺は扉から、足を一歩踏み出してから――レイヴンの方をチラッと見て、声をかけた。
「王妃――レイラのもとへ今から、行く」
頭ではなく、本能的に……胸の中を突き動かす何かが、俺を動かしていた。
その気持ちのままに、俺は――廊下の方へ足を踏み出した。
お読みくださりありがとうございます!
⭐︎の評価を下さると、励みになります。
よろしくお願いします!




