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44.お風呂の大きさ




ノエルの了承を得て――彼の部屋へ、セスの案内のもと向かえば。


「お、お母様……! 僕は先に着替えてきますので……!」

「え、ええ……いってらっしゃい……?」

「のちほど、湯あみ場所へ……行きます。少しだけ、待っていてください……!」


着くやいなや――ノエルは脱兎のごとく、どこかの部屋へぴゅーんと行ってしまう。


そんなノエルの後ろを慌てて、セスが追いかけていく。

側についているセインも私と同じく、ノエルの背を見送ったあと。


「セス殿に聞きましたが――あちらが湯あみの場所のようです」

「え? ありがとう」


セインに言われた方向を向けば、ノエルが走っていった部屋とは真逆の部屋が見える。


着替える場所とお風呂場の場所が離れているなんて、不思議な構造だな……と感じた。


「侍女たちには、経緯を伝えまして……王妃様の湯あみ服を準備して、部屋の中で待っているようです」

「あ、そうなのね。先んじて、手配してくれてありがとう、セイン」

「お役に立てたのなら、幸いです」


セインから説明を受けて、私は状況を理解した。

そしてセインは、「私は殿下の部屋の外にて、護衛として立っておりますので――終わりましたら、お声がけください」と言った。


彼の厚意に感謝しながら、私はノエルの湯あみ部屋……浴室へ入って行けば、そこには私を待っていた侍女と――。


「わ、わぁ……!」


広々とした浴室――というだけでなく、幻想的できれいな空間があった。


(私の部屋の浴室と全く違う造りなのね……!)


レイラが使用する浴室は、OL時代に使用した浴室を豪華絢爛にしたデザインで……。

脱衣所と浴槽は扉を隔てて、入る造りだった。


しかしノエルの部屋は全く違った。


脱衣所と浴槽を隔てる壁はなく、代わりに薄い透明の幕――カーテンのようなものがあるだけ。


そして、ひらりとカーテンがゆらめいて見えたのは――奥にある大理石で作られた湯舟だった。目を凝らしてよく見れば、広々かつ少し深さがあるもののようだ。


(このカーテンは布……じゃないわよね? 妖精のなせるわざ……なのかしら?)


キラキラと光る幕に気を取られながらも、その奥の湯舟を再度見て。


(確かにここで着替えるとなると――怖いお風呂が目の前だものね……別室で気持ちを落ち着かせたかったのかも)


いったいどうして、このような造りになったのかは不明だが……前世とは違う世界なのだから、こうした造りもあるのだろうと自分を納得させる。


「王妃様、お着替えを手伝わせていただきます」

「あ、ありがとう。頼むわね」


室内で待っていた侍女たちが、てきぱきと着替えを手伝ってくれる。

そんな彼女たちのおかげで、私はドレスから湯あみ服姿へと変わり――半そでで、丈の長い紺色のワンピースとなる。


「完了いたしました。それでは、私たちは失礼します」

「ええ、助かったわ」


侍女たちは仕事を終えたとばかりに、浴室から出て行く。

きっと再びドレスを着替えるときには、戻ってくるのかもしれない。


そして湯あみ服に着替えた私は、早速とばかりに――浴室内をぐるりと見回る。


「……あら? シャワーは、ここにはない……のね?」


先ほどセスからは、ノエルはシャワーだけを浴びる生活をしていた……と聞いていたが、肝心のシャワーの設備が見当たらない。


自分の部屋と、とても異なる浴室の雰囲気をしげしげと観察していれば。


――コンコンコン。


「お、お母様……?」

「! ノエル……!」


背後の扉からノック音が響いた。

その音でハッとなり、返事をした。


「侍女たちから着替えた旨を聞いたのですが、入ってもよろしいですか?」

「え、ええ! 大丈夫よ」


なんだか私がお風呂に入るみたいな態度になってしまったが、今回はノエルのお風呂への恐怖心を少なくするのが目的だ。


だから今一度、決意をあらためて――出迎えようとすれば。


「ノエル……!? もうシャワーは浴びてきたの?」

「は、はい……! あちらの部屋で済ませてきました……! 準備は、ばっちりです……!」

「っ!」


ノエルの眩しい笑顔に、くらっと倒れてしまいそうになる中。

私はノエルが紺色の湯あみ服に着替えていることよりも、彼の髪がしっかりと濡れていたことに気づいたのだ。


(ノエルが向かった方に、シャワーだけの浴室があるのね……! そうまでして分けてるなんて……)


ノエルが言っていた「溺れそう」という気持ちは、思ったよりも根深いのだと感じた。


そしてそこまで、恐怖を持つまで――親が……私が何もできていなかったことに、心がぎゅっと締め付けられた。


(私の意識がない時は、仕方がないとしても……そうだとしても、小さな子が一人でこの大きな浴室は……)


私だったら、孤独に苛まれそうだと感じてしまった。

しかし、過去のことを悔やんだところで私が駆けつけることはできないため……奥歯をきゅっと噛みしめてから、意識を切り替える。


「お風呂に入る準備を、しっかり整えられて偉いわね。ノエル」

「あ、ありがとうございます! お母様」

「私も手をすぐに洗うから、少し待っていてね」

「はい……!」


浴室内にある手洗い場で、手を清潔にしてから。

ノエルの方へ駆け寄れば、ノエルは奥の方にある湯舟を見て――暗い表情になっていた。


「ノエル……? 大丈夫……?」

「あ……! だ、大丈夫です! い、行きます……!」


どうみても、湯船に対して良くない反応をしており。

心なしか、小さく震えている。


そうしたノエルを見ると、自分がやろうとしたのはいらないお節介なのではと思えてきて……。


(ノエルの恐怖心の深さを……私は分かっていなかったわ)


ノエルのためにと思って提案したことだが、見通しが甘かった自分に腹が立った。


浴槽の側で、溺れないことを実演したり……お風呂に浸かるために、姿勢のサポートをしようと思っていたが――それ以前の問題なのだと、理解した。


このまま無理に向かうよりも、やはり止めにしよう……そうノエルに言おうとした瞬間。


「お母様……」

「! どうしたのノエル?」


ノエルは私の方を、上目遣いで――うるうると見つめてくると。


「僕の手を……握ってくれませんか?」

「!」

「お母様が側に居てくれれば……手を引いてくれたら……僕、頑張れそうなんです」


彼は真っ直ぐに私を見つめながら、そう言った。



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