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42.もしかして



「ね、ねぇ、あなた……大丈夫?」


あまりにも呆然としながら、小刻みに震えている騎士の姿を見て。

私は思わず、立ち上がったのち――彼の方へ近づく。


そんな彼は、私から声をかけられてもなお――震えた声のまま。


「あ、い、いえ……私は大丈夫なのですが……セイン卿!」

「? どうしました?」


騎士は私にそう返事をしてから、セインの方へ声をかけた。

そして、何かを確認するように。


「セイン卿は、この屋根に加護が付いているのは……ご存じでしょうか……?」

「え? いいえ、知りませんが……」


以前とは違って騎士から、礼節を持ってセインが接されていることに気づいたのち……。 


騎士の口から出た「屋根」について、私はハッとなる。


先ほどはノエルやセインのすごさに気を取られていたが――間違いなく、これは器物破損。

というか、施設破壊だ。


(そうよね、だいぶ大変なことよね!?)


おそらく剣の鍛錬が勢いあまって、屋根を吹き飛ばしてしまった。

それにあの花火は――きっとノエルの妖精の力だ。


ノエルとセインの保護者は私、つまるところ……弁償の責任も……。


こんなに豪華な施設なのだから、きっと相当な額かかるはずだ。


けれど、これは不慮の事故……二人は屋根を壊すとは思わなくて、してしまったことなのだ。

だから……と意気込んだ私は、騎士に向き直り。


「屋根を壊してしまった責任は、私が取りますわ!」

「え?」


騎士が私をキョトンとした顔で見つめてきた。


そんな騎士の様子よりも――私は自分が持っている……レイラが集めていた宝石やアクセサリー類のことを思い浮かべる。


この世界に貯金という概念があるのかは分からないが……きっとレイラは全てを宝石やアクセサリーに使っていたはず。


そうした高価なものを売れば、屋根の修理くらい賄えるだろうか……。


(この国の修理代って……いくらなの!?)


小説内でも、あくまで給料くらいの描写なのに――その他の細々とした金銭感覚は未知数だ。


(もし……もしも、足りなかったら……)


私が責任を取ると言いながら――できないのはまずい。

けれど、その場合にとる行動は……。


(本当に申し訳ないけれど……ジェイドに土下座をして……一旦立て替えてもらって……どうにか金を稼ぐ手段を見つけて……)


いろんな場合を想定して、考え込んでいれば……騎士は、おそるおそるといった具合に、私に声をかけてきて。


「え、ええと……王妃様は、弁償なさらなくて……問題ありませんよ」

「っ!?」

「訓練場はもとより――激しい戦闘を想定して設計、そして壊れないように妖精の力を施しておりましたので……その見積もりミスとなれば、その統括を行っていた……レイヴン様の責任となりますので」

「え?」


騎士からそう言われて、私は虚を衝かれる。


(つ、つまり、弁償責任はない……ってこと……!?)


騎士から言われた言葉をゆっくりと理解すれば、私はホッと胸を撫で下ろした。


そんな私を見たノエルは――。


「お母様……僕が、力加減ができないあまりに……ご心配をかけさせて申し訳ございません……」

「えっ! そんなことないわよ! ノエルには伸び伸びと生活してほしいから……ね?」

「私も……心配をかけさせてしまい……」

「セ、セイン……! だ、大丈夫よ! ちょっと代金計算をしすぎただけなんだから……っ!」


二人に、いらない心配をかけさせてしまい――カアッと顔に熱が集まるのが分かった。


(訓練場がそんな設計だったなんて、全然知らなかったわ……! もっとちゃんと妖精についての描写も読めばよかったわ……!)


きっと、私が読み込んでいなかった箇所に――騎士が説明してくれた内容があったのかもしれない。


しかしこうして、どうにかなりそうな様子なので、ひとまずは安心だ。


「殿下とセイン卿の……レイヴン様よりも……お二人だから……まさか、な」


安心している私の側で、ブツブツとまた独り言を騎士が言っていたので。


「弁償はないのよね? 大丈夫なのよね?」

「あっ! 大丈夫でございます! ご不安にさせる態度申し訳ございません……!」


私が問いかければ、全力で「大丈夫だ」と騎士が答えてくれた。


そして騎士は「今から、訓練場の修繕についてレイヴン様へご報告してまいりますので」と言うと――訓練場から出て行った。


どこか焦った様子の騎士に、頭の中でハテナマークを浮かべていれば。


こちらへ、ノエルの執事であるセスが近づいてくる。

手にはふかふかのタオルを持っており……。


「遅くなりまして、申し訳ございません。こちらで汚れを拭かせていただきます」

「ああ、頼むよ。セス」

「それと――こちらは……セイン卿、どうぞ」

「感謝します」


セスはどうやら、剣の訓練で汚れた二人のことを思ってタオルを持ってきてくれたようだった。


たしかに部屋に戻る前にも、汚れを落とした方が……よさそうな汚れ具合。


「ノエル、今日はきっと身体が疲れたでしょうから――汚れを洗って、お風呂でゆっくりしてね」

「!」


私はノエルにそう声をかけながら、この国にある浴槽文化に感謝をしていた。


転生初日から知ってはいたのだが――ユクーシル国は、前世と同じくお風呂文化があるようだった。浴室には、大理石でできた大きな湯舟があって……毎日が温泉気分といっても差し支えない。


私の部屋でさえ、大きな浴槽があったのだから。

ノエルの部屋にもきっと立派なお風呂があるはず……。


そこで疲れを癒してほしいと伝えた――のだが、ノエルから返事が返ってこない。


「ノエル?」

「あっ、は、はい……お風呂ですね。お母様が言うのなら、お風呂に……」

「?」


てっきり、お風呂を楽しもうとするかと思いきや……答えを濁すノエルに、違和感を持つ。


(確か、彼は――早く独り立ちして、両親に認められようとして……お風呂も、使用人を伴わずに入っていた……って、少しだけ書かれていたわね……)


ノエルについての描写は、完全に記憶に叩きこんでいるから間違いない。


(けど――小説内でノエルが湯船に浸かっている所はなかったわね……もしかして、描かれていないだけで風呂嫌いなのかしら……?)


ノエルの様子に不思議に思って、彼を見つめていれば。

ノエルの衣服の汚れを拭いていたセスが、なんともいえない顔をして。


「殿下。湯あみをご希望とあれば……準備をいたしますが、いかがいたしますか?」

「そ、それは……」

「いつもはシャワーだけで、湯あみの準備は不要と伺っておりましたので……今からの準備となりますが……」


セスから聞いた言葉に、私は自分の予想が当たっているのではないかと勘付く。


隣で話を聞いているセインも意外そうな顔で、ノエルを見つめていた。


「お、お風呂……お風呂は……」


セスから問いかけられたノエルは、どこか歯切れが悪そうで……。

そんなノエルは、私の方をチラッと見て――うるうるとした目で見てくる。


今にも泣きそうなその瞳に私は目をかっぴらく。


(あ! 私がお風呂を強制してしまったのね……!)


まさかノエルが風呂を嫌いなんて知らないがばかりに、彼に辛い思いをさせてしまった。


きっとノエルなりに、風呂が嫌いな理由もあるのだろう。

今すぐに謝罪をして――ノエルを追い詰めてしまった責任を償わなければ……と思った矢先。


「お母様っ!」

「ごめ……え?」

「僕は……お母様が言う通り、お風呂に入りたいんです……っ! で、でも……」


私の方を精一杯、上目遣いで見つめるノエルに――私は目が奪われる。


「情けなくて、ごめんなさい……っ。その……僕……」


そして彼はぷるぷると震えながら、言葉を紡いだ。


「ひ、一人だと……溺れそうで……お風呂に入ることができないんです……っ」




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