40.夜空
■レイラ視点■
夕方になりかけていた太陽が、すでに陽が沈みそうな前にまで差し掛かるころ。
バタバタバタ――。
庭園の入り口から数人の足音が聞こえてきた。
その音が聞こえた瞬間、私の意識はそちらへと向かい……ジェイドもまた、パチッと目を開けて音に気付いたようだった。
「十分に回復した。レイラ、ありがとう」
「は、はい……」
目を開けた彼はそう言葉をかけてきたので、私はそっと手を引っ込めていく。
そしてジェイドと一定の距離を取った矢先。
「陛下、失礼いたします。閣下から急な言伝を受けまして――参上いたしました」
「……レイヴンは、来られない状態ということだな?」
「はい、さようでございます」
庭園に現れたのは二人の騎士だった。
会話から聞こえたように、公爵であるレイヴンから派遣されたようで――眉間に皺を寄せ、難しい顔つきになっている。
そんな彼らの様子を見たジェイドは、顎に手を当て――少し考えた素振りをしてから。
「……レイラ。今日の時間は終わりとなる」
「は、はい。分かりましたわ」
ジェイドは淡々と言葉を紡いだ。
そんな彼を見やれば、先ほどの青白い唇に血色が戻ってきており――少しでも元気になったようなのが分かり、ホッとした。
そんな中、ジェイドは少し言いづらそうに口を開いて。
「だが……俺が――自分自身に納得していない」
「え……?」
彼が言った言葉に理解が追い付かなくて。
私は、ポカーンとしてしまう。
そんな私を見つめながらも、ジェイドは真剣そのもので言葉を紡ぎ――。
「また――俺に時間をくれないだろうか?」
「じ、じかん……」
「ダメだろうか……?」
ジェイドから言われた内容を、頭の中で何度か反芻していれば。
意味がようやっと分かり、私は慌てて。
「だ、だめじゃありませんわ! 陛下と過ごせることを光栄に思います!」
焦ったあまりに、普段のレイラなら絶対に言わないだろうことを――なんなら、まるでジェイドの部下のような口ぶりになってしまった。
何ならこの言葉と共に、深くお辞儀すらしてしまった。
OL時代の重要な取引先に対する態度が――出てしまっていた。
そんな私の言動に、側に居た騎士たちもギョッとしたように――私を見つめてくる。
(さっきから、変に緊張しちゃって……不敬にならないように意識しすぎているわ……)
騎士たちの露骨な反応に、げんなりとしつつも……私がそう返事をすると。
「ふ……」
「……え?」
「いや、そう言ってくれるのなら……またお前を呼びに行こう」
一瞬、普段ジェイドが発さないような声が聞こえた気がした。
(まるで笑い声のような……いえ、そんなわけないわよね)
私が驚いてお辞儀状態から、彼の方を向けば――いつも通りのクールなジェイドがそこにいた。
きっと今日あった色々で、私自身疲れているがゆえに、変な声が聞こえただけなのかもしれない。
「――俺に報告をするのは一人で構わない。だから、もう一人は……レイラを訓練場まで案内と――護衛をしろ」
「え? ……は、はい! かしこまりました!」
ジェイドが言った内容に、騎士が驚きの声をにじませながらも返事をしていた。
(そうよね……まだ、私に対する偏見は根深いのよね……)
騎士の態度に、なんともいえない複雑な気持ちになっていれば。
ジェイドは、騎士に声を再びかけて。
「……王妃だ」
「は、はい?」
「お前が護衛をするのは――この国で深く重んじられる王妃だ。生半可なことをしたら……たとえレイヴンの部下であろうと、容赦はしない」
「っ!」
「分かったな?」
「はいっ! 失礼を働き、申し訳ございませんっ!」
ジェイドから言われてた言葉に、私は目を見開く。
一方の言われた騎士は、先ほどとは打って変わり――背筋をピンと伸ばして、シャキッとした振る舞いになった。
(そ、その態度も……露骨すぎてどうかと思うけれど……)
騎士の態度に、苦笑いを浮かべて見ていれば……騎士は「失礼しまして、申し訳ございません……! 王妃様」と声をかけてきたので、早々に彼には「大丈夫だ」と伝えた。
「で、では! 責任をもって、ご案内いたしますっ!」
「あ、ありがとう。それでは陛下、失礼いたしますね」
「ああ……」
背中にジェイドの視線が刺さりながら、私は庭園をあとにすることになった。
そのため庭園に残されたのは――ジェイドとレイヴンの部下の騎士だけとなる。
「……レイラは」
「は、はい?」
騎士は自分が報告に来たのに、まさかジェイドから話しかけられるとは思わず……びっくりした様子で、ジェイドを見つめる。
そんな騎士のことなど気にもしないジェイドは、続けて。
「レイラは何が好きなんだ?」
「え? えっと……お噂ではアクセサリーやドレスをたくさん集めてらっしゃると聞いたことがありますが……」
「アクセサリー、ドレス……」
騎士の言葉を聞いて、ぽつりと口に出すジェイド。
そんなジェイドの態度に、騎士は本日一番の驚きと――信じられないとばかりに目を見開いていたことを……レイラは知る由もなかった。
◆◇◆
「王妃様、もうすぐ訓練場に到着いたします」
「そうなのね。案内と護衛、ありがとう」
「え、あ、いえ……当然のことですので」
ジェイドと庭園で別れたのち、騎士にエスコートをされながらノエルとセインが待つ訓練場へ歩いていた。
(思ったより時間がかかってしまったわ……二人とも、長い時間待たせすぎてしまったから……申し訳ないわ)
もしかしたら、自分を待たずに思い思いの時間を過ごしているパターンを想像もするが……。
ノエルは天使のように健気な王子様で、セインは真面目かつ丁寧な騎士だ。
そんな二人のことを想うと、時間をかけるのは仕方がなかったとはいえ――ぎゅっと胸が締め付けられる。
(早く、二人に会わなきゃね……!)
心なしか、速足で――騎士の案内もありながらも、訓練場の方まで歩く。
そして目の前に訓練場の入り口が見えてきて――。
「ノエル~! セイン~!」
思いのたけのあまり、声をかけながら入って行った時。
ただいま……そう言おうとしたその瞬間。
――ドォオオン!
「エ?」
とんでもない衝撃音が、訓練場の天井に鳴り響いた。
デカい火球が、大きな土壁を天井へ吹き飛ばし――天井ごと破壊。
そしてとんでもない大穴ができて……。
(は、花火……?)
私が見つめる、天井のそのまた先にある――暗くなった空に、赤い火の粉が舞った。
(わ、ワタシハ……ナニヲ……ミテルノ……?)
私の頭の中は……気づけば、フリーズしていた。
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